鬼天狗の花嫁
天羽ヒフミ
八尾比丘尼の娘
第1話
太古から妖というものは存在していた。人間と交わりを持たぬ種族であった。
交わりを持つようになったのは「陰陽師」という特殊な力を持つ人間たちが生まれたときからである。
陰陽師は人間でありながら妖と同じ力を持っていた。
故に、彼らは考えた。私たちなら人間と妖の中立になれるのではないのかと。
それが妖と人間が共存する社会ができるまでの話だ。
やがて人間の中で100年に一度、生まれながらにして人魚の呪いと特異体質を合わせ持つ娘が誕生するようになる。
その娘たちはその呪いと体質のせいで代々人間からひどく虐げられてきた。けれど妖からしてみればその娘を娶れば一族に繁栄をもたらす宝であった。
娘を知る人々はこう呼ぶようになる。「
◆
私、
いつもは親友と歩いている道だけれど彼女は今日は休みだ。
(今日は父親と姉からから暴言に、父親の蹴りが5回。まだマシな方だな…)
私の通う学校は
右肩に乗せている式神が目に入った。私は生まれつき声が出せないのでこの式神を普段使って会話をしている。
登校しながら自身の朝の出来事を思い出していた。
私にとって、家族からの暴言や暴力は日常茶飯事のことである。
家族だけではない。私が生まれた一族、
それは私が
八尾比丘尼とは人魚の肉を食べて呪われてしまったとされる尼のことだ。
どのような呪いを受けたのか、詳細は分かっていない。
妖がその娘を娶れば一族に繁栄をもたらす存在。けれど人間は違う。
人間からしてみれば特に恩恵を受けることはないのだ。
代々の書物を読み漁ったから間違いはない。
何より特徴的なのが八尾比丘尼の娘は特異体質を持つということ。
どんな怪我でも痛みでもすぐに治るというものだった。
そして理由は分からないが人魚から呪いを受けており、声が生まれつき出ないのである。
そのため国家機関である
陰陽寮は陰陽師が所属する場所であり、妖と人間の中立を守るための機関である。
妖が人間に罪を犯せば罰し、逆に人間が妖に罪を犯せば罰する。
これが陰陽寮の主な役割である。心霊現象などにも対応することもある。
この陰陽寮があるからこそ妖や人間は共存することが出来るのだ。
私もまた、陰陽師の1人であった。16歳になってから陰陽寮で働くように父から厳しく命じられていた。
(大人になったら陰陽師なんてやめてやる。私は私だ)
今日から出勤日となっている私はそう決意した。
一族に決められた人生を歩むなんて愚かなことはしたくはなかった。
授業中、私はとあることを思い出していた。
小さい頃に天狗の一族である
烏丸遼という男は私より4歳年上の妖であり幼馴染だった。小さい頃からとても仲が良く、一族からの暴言や暴力からよく守ってくれた恩人ともいうべき存在だった。
妖だから打算的な優しさなのかもしれない。それでも私は救われていた。
彼がいたからこそ、私はどんな酷い扱いを受けようが強気な姿勢でいることができたのだから。
放課後、友人達と話をしながら重い気持ちで私は帰路についた。
いくら酷い扱いに慣れたからと言って家に帰りたいとは到底思うことは出来ない。
友人達と別れた後、重い足取りで帰路に着いていた。
トン、と突然軽く肩を叩かれた。
悪鬼の類か?と気配を全く感じなかった私は警戒しながら印を組みながら恐る恐る振り返る。
すると、悪戯に成功したかのような子供の表情で烏丸遼がそこには立っていた。
式神を使って話す。
『ちょっとびっくりさせないでよ兄ちゃん。気配消すだなんて卑怯だよ』
「ごめんごめん。ちょっと驚かせたくなっちゃって」
誰もが振り返るであろう美貌の持ち主の男だった。
短い漆黒の髪に浮世離れした整い過ぎている顔。
そして196㎝もある高身長。
彼こそ選ばれた新たな妖の主、『鬼天狗』と呼ばれる最高位の妖だった。
鬼天狗とは名の通り、鬼が母親で父親が天狗の間に生まれた子のことだ。
大抵は妖力の強い方の天狗として生まれる。しかし、ごくまれに両方の姿と力を持つ鬼天狗として生まれることがある。とても貴重な存在なのだ。
鬼天狗は最高位の妖と言われるほどに強い妖だ。
陰陽寮にも影響を与えるほどの妖だった。
兄ちゃんは今年になり、当主の座を受け継いだのだという話を両親が話をしているところを私は見ていた。
おめでとうの言葉も言っていたなかったな、と思い出す。
『今更だけど、当主就任おめでとう』
「ありがとう。雫に言ってもらえるのが1番嬉しいよ」
お世辞だとしても、私はその言葉が嬉しかった。
『それにしても急にどうしたの?当主の仕事で大変なんじゃない?』
私は疑問に思ったことを話した。
烏丸一族の当主であり鬼天狗。暇なわけがないのである。
それに兄ちゃんはその類まれなる容姿を活かしてモデル業もやっているくらいだ。
忙しいということは聞くまでもなく分かっていた。
「来週、雫の家にお邪魔しようと思ってさ。それを知らせに来たんだ。もちろん、このことは無理に家の人に話す必要はないよ。話す価値すらないと思うしね」
『なんだ、そんなことならスマホに連絡してくれれば良かったのに』
「16歳の誕生日を当日に祝えなかったからね。直接言いたくて来たんだ。僕も今更だけど、おめでとう」
『…ありがとう』
そういえば、誕生日なんてものがあったな。
そんな風に冷静に、どこか冷たく私は思い出していた。
家族から誕生日を祝ってもらったことなんか1度たりともない。
毎年のように祝ってくれたのは兄ちゃんだけだった。
スマホだって15歳の誕生日の時にくれたものである。
そう思うと、いつも強気な姿勢で居られる私なのに思わず涙が溢れ出そうになっていた。
こんな弱い自分はいらないのに。居たらいけないのに。
そんなことを思ってしまうが、兄ちゃんの笑顔で暗い思考はふっとんだ。
(打算的な優しさだとしても、嬉しい。本当に良い妖と私は巡り合えた。)
兄ちゃんの優しさに、胸が温かくなっていた。
『兄ちゃん、ごめん。今日から出勤なんだ。だからもう行かなくちゃ』
「あー…そんなこと聞いたな。困ったことがあったらいつでも言ってね」
『うん。ありがとう。じゃあまたね』
振り返ることなく私は走って家路につく。
兄ちゃんの温かい言葉で胸はいっぱいになっていた。
怖いものなど何もなかった。
帰宅後、早々に父親から私は罵声を浴びた。
「今日から陰陽寮に出勤だとあれほど言っただろう!本当に馬鹿な奴だ!一族の恥め!」
「うわー…時間さえ守れないの?ダサッ。生きてる価値あるの?」
「傷の治りが早いくらいしか取り柄がありませんものね、姉さんは。」
いつものように罵声の嵐がやってくる。父親からは腹に蹴りを何度も入れられた。
姉の舞もや弟の累も容赦はない。
けれど兄ちゃんと会ったことで私の心は平穏そのものだった。
何も感じることはない。
『そんなに大きな声を出さずとも聞こえてるよ。耳が遠いの?それと、まだ時間に余裕はあるから。ダサいのはどちらなのかな?』
それだけ言う式神を使って言うと自室に行き、鍵を閉めた。
そして仕事に行く準備を始める。
罵声が聞こえてたが関係ない。私は無視を決め込んだ。
30分後、鍵を開けて誰とも会話もせずに家を出る。
外に出ると夕焼けがやけに眩しい。目が痛い。でも殴られた時よりは痛くない。
今を生きている実感がした。
歩いて15分ほどすると陰陽寮に到着。摩天楼ののごとき建物が目の前にある。
陰陽寮は警視庁のすぐ近くだ。警察ともごく稀にだけれど連携することがあるからである。
(今日から成人するまでここで働くのか…)
重い気持ちのまま、建物内に入っていった。
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