第2話 馬鹿と鋏は
「おいおい、何で、追い、かけて、来てるんだよ!」
ぜぇはぁと息を切らしながらぼやいてみる。
先に走り出した分多少の差はあるが、速度がそれほど違わないのか蠍との距離が開く様子はない。
――このままでは追い付かれるのは誰の目にも明らかだった。
「ああクソっ!分かったよ!やってやるよコンチクショウ!」
適当に走ったところで根元から折れ曲がった道路標識を発見し覚悟を決める。
「通行止め…なんか縁起が悪い気もするが…」
両手でつかみ一気に持ち上げると意外なほどにあっさりと標識は根元から千切れた。
「食らえっ!お前こそここで通行止めだッ!」
直線的に走ってくる蠍に思いきり標識をたたきつける。
じーん、と。
腕にこれでもかというくらいの痺れが走った。
「硬った!こいつ…こいつ何なんだよ!」
蠍の殻には傷一つついていない。
しかし多少は効いたのか少なくともこちらに向かって走ってきてはいないようだった。
―――とりあえずこれで止めてはおけるか?―――
咄嗟のことで驚いたが、止まっている蠍を見て少し余裕を取り戻せた。
「ん?」
よく見てみると道路にできた段差で蠍は前足と鋏をばたつかせているようだ。
―――こいつひっくり返せば動けないんじゃないか?―――
先ほど標識を取りに降りたときにはそこにあることすら気付かなかったような。
そんな些細な段差に足をとられている様子を見てふと思いつく。
「そうと分かれば早速…ってあれ?」
考え込んでいるといきなり両腕にかかる力が高まる。
「しまっ…あぶねっ…うおぁ!」
蠍の方も動けないことに不満を感じたのか標識を鋏でつかんできていた。
標識を持っていかれそうになってかなり焦ったが、何とか持ち直し力比べになる。
夢中で頑張ってはみるもののどうやら力負けしているらしい。
―――このままじゃマズい!―――
そう思った時、咄嗟に大きな力を入れて蠍ごと標識を引き、
「うらぁっ!」
腕をねじって蠍をひっくり返した。
自分自身でもなぜこれほどうまく事が運んだのかはわからなかった。
しかしひっくり返ったことで標識を離した蠍を見て。
自由になった鋏を使えば蠍は再び起き上がりそうだな、なんてことを考えついて。
…次の瞬間、考えるよりも早く標識を蠍の腹に叩き込んでいた。
――――――どれほど蠍を殴り続けただろうか。
腹の方は意外と柔らかかった蠍は、殻だけを残してとっくに原形をとどめていなかった。
その、蠍だったものを見て。ぐちゃぐちゃの…もう液体と言った方が良いようなそれを見て。
登は。
「死んだよな…流石に…」
呆然としたままそう呟いた。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
ようやく我に返っては見たが。
自分の体を見て。
「うえぇ…気持ちわるっ」
返り血がべったりとついていることに気づいた。
手には何か柔らかいものを潰した感覚がしっかり残っている。
「ああ…何とか洗いたいけど…」
勿論自宅のシャワーは消えてなくなった。
近くの銭湯も望みは薄いだろう。
「この際だ。水なら何でもいいかな。」
今はとにかく、この罪の意識を洗い流してしまいたかった。
出鱈目に逃げたうえ道もあちこち壊れておりどっちにあるのかもわからなかったが。
「近くに公園があったな…そこに池がある筈だ…池まで埋まってないよな?」
ゆっくりと。
再び、歩き出した。
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