勇魚と水樹とモテモテ危ないハーレム

第1話・ゲルちゃんの分裂変身で女ハーレム完成……かも?

「男なら、はっきりしなさいよ勇魚いさな! いったい誰が好きなの!」

 自分の部屋のベッドに、仰向けで寝っ転がって雑誌を読んでいたオレは、視線を幼馴染みの水樹みずきに向ける。


 Tシャツとスカート姿で、腰に手を当てて立っている同級生の水樹は、遠慮なくオレの部屋を訪れる。

(ガキの頃は色気も無く、男友だちと対等の扱いで一緒に遊んでいたけれど……色っぽい女になったな)


「なに、人の顔ジロジロ見ているのよ……もうすぐ、三ヶ月に一回やってくる〝聖バレンタインデー〟なんだから、勇魚にも好きな女の子を決めてもらわないと……本命チョコを渡すか義理チョコを渡すか、あげる方も困るんだからね」


「聖バレンタインデーなんて、チョコ菓子業界の陰謀だろう……だいたい、聖バレンタインデーの次の月に〝聖ホワイトデー〟が巡ってくるなんて忙しすぎるだろう」


 ほぼ一年を通して繰り返される、バレンタインデーとホワイトデーの攻防……菓子業界ふざけんな。

「オレ、今度のバレンタインデーは母親にチョコレート渡すつもりだけれど……日頃の感謝を込めて」


 オレの言葉に、頬をヒクヒクさせている水樹。

「変態! ホワイトデーに姉や妹にチョコレート渡すならともかく、バレンタンデーに母親にチョコレートなんて変態!」


「別にいいだろう、もともとはバレンタインデーもホワイトデーも感謝の気持ちを示す日なんだから……じゃあ、男に渡すのはどうなんだ」

「それは、ホワイトデーならオッケー……その日は男同士、バレンタンデーは女同士にチョコレートをプレゼントしてもいい日」


「菓子業界も、変なルール作って広めやがって……どの日に誰が誰に渡してもいいだろうが」

 オレは頭の中で、菓子業界が作った、ややこしいルールを整理する。


 バレンタンデー・女から男、女から女にチョコレートを渡して愛を告白しても良い日。

 姉妹、娘と母親、女友だち同士。


 ホワイトデー・男から女へ、男から男へチョコレートを渡して愛を告白しても良い日。

 兄弟、息子と父親、男友だち同士。

 

 水樹はオレの部屋のベランダから、自分の部屋のベランダに繋がっている、自作の簡易な架け橋に乗ると振り返っていった。

「とにかく、次のバレンタンデーまでに決めておいてよね」

 架け橋を渡って自分の部屋にもどっていく、水樹に向ってオレは少し呆れた口調の、怒鳴り気味に言った。

「家に出入りするなら玄関から普通に入ってこい。ベランダに勝手に架け橋作るな!」

「ふんっ」


 部屋のカーテンを閉めると、部屋の押し入れの扉が開いて、中からもう一人の水樹がでてきた。

「本当は、あたしのコトを好きなクセに素直じゃないなぁ」

「見ていたのか」

「隙間から」


 こいつの名前は【ゲル】なぜかオレを気に入って、部屋に住み着いている粘液スライム生物。

 どんな人間の姿には変身できる。

「いったい、おまえなんなんだ? だいたい性別あるのか?」


 四つ這いで、押し入れから出てきたゲル水樹。

「自分でも何者なのか、わからないんだ……性別なんてどうでもいいじゃない。あたしは勇魚のコトが好きなんだから」

 ゲルの水樹は手足をドロッと粘液化させる。

「キモいからその、不完全な変身やめろよ」


 立ち上がったゲル水樹が、オレに胸をすり寄せてきた。

「ほれほれ、幼馴染で一緒に風呂に入っていた子供の時と比べて、ずいぶんと大きくなっただろうぅ」

 ゲルの変身は見た目だけじゃなくて、感触や匂いまで再現できる。

 もっとも、性格まで忠実に再現しているのかは定かじゃないが。


 ゲルの水樹が、オレの後方から、粘液の両腕を回してきて耳元で囁く。

「勇魚は、数学教師の夕虹ゆうにじ先生も好きなんだろうぅ……いつも、職員室に数学の分からない所を、聞きに行っているもんな」

「あれは、試験に出そうな数式だったから……」


「他にも、下級生で妹ロリの甘え系穂波ほなみとか、クラス委員長のツンデレキャラの如月きさらぎとか、陸上部アスリートのショートヘアの東雲しののめとか……あっ、少しヤンデレの入った六花ろっかもいるね……このぅ、色男」

 ゲルの水樹は、なぜか嬉しそうだ。


「おまえ、どうしてそんなに詳しく知っているんだ?」

「勇魚が学校に持っていく、スポーツバックの中に忍び込んで学校で見てきたから……ちなみに今、言った女性には全員変身できるよ。性格まで完全コピーできているのかは、わからないけれど」

 水樹はオレが見ている前で、床に崩れて粘液化した。


  ◇◇◇◇◇◇


 次の日──オレは学校の運動場の水飲み場で、ランニング服姿で水を飲んでいる陸上部の『東雲』に遭遇した。


 上向きにした蛇口から出ている水道水を、飲んでいるショートヘアの東雲がオレに気づいて顔を上げる。

「勇魚、あたしがトラックを走っている時に、お尻ばかり見るのやめてくれない」


「なに言っているんだ、東雲と会ったのは今日は初めてで……」

「ウソ、さっきグランドの木陰の下に立って見ていたじゃない。あたしに向って手を振って」

「そんなコトしてな……あっ!」

 オレは気づく、ゲルが変身したオレだ。


 口元を手の甲で拭き取った東雲が、オレに向かって言った。

「あたしが好きなら、好きってハッキリ言えばいいのに……この優柔不断男」


 それだけ言うと、東雲は去って行った。

 東雲の姿が校舎の陰に消えると、背後から走ってきた東雲がオレに抱きつく。

「勇魚、大好き! ほれほれ、乳当て」

 グイグイと体操着の胸を押しつけてくる、東雲をオレは突き離す。

「学校で勝手に、他人に変身するなと言っただろ! ややこしいコトになる」

「えーっ、勇魚はこの女じゃなかったの? じゃあ、こっちの子」


 ゲルの東雲がドロッと溶けて、今度は小柄なロリ系の同級生に変身する。

「お兄ちゃん、大好き! バレンタインデーには『穂波』に告白してね」

 潤んだ目で見つめてくるゲルの穂波に、オレは呆れ気味に言ってやった。

「穂波は同い年なのに、妹キャラ演出だから……どう、接したらいいのか良くわからない」

 

「じゃあ、大人の女性なら……勇魚も相手できるかな?」

 ゲルが三回目の変身をする、今度はインテリ眼鏡をかけた『夕虹』先生に変わった。

「勇魚くん、特別補習の時間です」


 いきなり、ゲルの夕虹先生がオレに抱きついてきて、オレの唇を奪う。

 慌てるオレ。

(冗談だろう、あの夕虹先生がこんなコトをするはずは? もしかして、これはゲルがコピーした夕虹先生の潜在意識?)


 息が詰まるほどのキスをされているオレは、背後で何かが落ちる音を聞いて振り返る。

 そこに呆然と立ち尽くしている、水樹の姿をオレは見た。

 水樹が落としたのは、何かが入った手提げの紙袋だった。


 震える声で水樹がオレに向かって言った。

「不潔! 最低!」

「ち、違うんだ! 水樹、これは」

「勇魚が、そんな男だなんて知らなかった!」

 落とした紙袋をオレに向かって投げつけると、水樹は泣きながら走り去って行った。


 投げつけられた、紙袋の中にはラッピングの包装紙が入っていた。

 振り返ったオレは、夕虹先生に変身したゲルに向かって怒りを示す。

「どうするんだよ、水樹に誤解されたじゃ……」

 そこには、誰もいなかった。

「逃げたな」

 オレはしかたなく、水樹から投げつけられた紙袋を手に帰路についた。



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