死んだことに気づかぬ幽霊、恋をした。
HASUKI
第1話
早朝の花畑には、深い霧がかかっていた。
私達は二本の木の傍を歩いていた。
一瞬、一瞬が宝物だった。
彼が立ち止まる。
無言の時が二人を支配する。
「似ているものは遠くから見たら、同じものに見えるよ」
彼はひとひらの花びらに触れた。優しい触れ方だった。花びらが落ちてゆく。
胸の内が、太陽に触れたように暖かくなった。
「相手になりたいのに相手になりきれない歯がゆさを持って、寄り添っているほうが僕は好きなんだ」
ひとひらは、私の手から落ちてしまう。呆気なかった。
彼とは久しく顔を合わせていなかった。何も変わっていなかった。
私達は笑いながら今宵の月を待った。
私は山を指さす。
「真っ黄色の実を輝かせる木があるわ。あれはきっと杏の木ね」
桜の花と杏の花はそっくりだ。
この時期になると、あの金色の実は、やがて爆弾と化して爆発するのではないかと思われるほどまんまるに熟しているだろう。
今、騒音が聞こえた。
これは花嫁が婿の家へゆくための儀式の、
音だ。
彼の、花嫁がきたのだろう。
「今だけはあなたと過ごしたい」
満更でもない、といふうに、彼は神妙な面差しで私を見つめる。
次第に泣きそうな、とろんとした目になっていく。
私の手に彼の手が重なった。はずが。
彼の手は宙を彷徨っていた。
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