第308話 激戦? ※別視点あり
<イナリ視点>
翌日の昼下がり、イナリとベイリアは集落のはずれにある開けた場所に集合していた。
周囲には、ここで暮らす獣人ほぼ全員が決闘を観戦するべく集まっている。ある者はイオリのフリをしているイナリを応援し、またある者はベイリアに野次を飛ばしている。
そんな事は気にも留めず、ベイリアはイナリの前に立って口を開く。
「負けても恨みっこ無しですよ?」
「そちらこそ、我に負けて泣き言を吐くでないぞ」
二人は一言ずつ交し合うと、距離を取って向かい合った。
「――両者、始めッ!」
鳥の長の号令と共に、ベイリアは自身を囲むように結界を展開する。本職が結界術師ということもあり、結界の大きさや厚さも目を見張るものがある。
「さあ、先手は譲りますよ」
「随分と余裕そうじゃが、我の攻撃を前に何時まで立っていられるかが見ものじゃな」
イナリは挑発に返しながら、懐から細工済みのブラストブルーベリーを取り出した。これには、以前パウセルに採ってきてもらったテルミットペッパーを塗った上に金具を装着しているので、炎を伴う激しい爆発を起こすことができる、立派な破壊兵器と化している。
イナリはそれの安全ピンを抜くと、躊躇なくベイリアに向けて放り投げた。結界にコツリと音を鳴らして地に落ちたそれは、数秒の間を置いて激しい炎とともに爆発する。
イナリは耳を塞ぎながら風を操り、爆風と熱を軽減してその場に留まる。既に何度も爆破を経験してきたので、この辺の対処についてはかなり慣れていた。
「……これ、ちとやりすぎたやもしれぬな」
イナリが先手を取り、結界を展開したベイリアに対して最も強い攻撃を行うこと。これが八百長作戦の第一段階である。最初の煽り合いの時点から、全てが仕組まれた流れである。
故にイナリの行動は作戦に忠実に従ったものではあるのだが、人一人に対する攻撃としては明らかに過剰火力である。いくらベイリアが結界術師であっても、無事では済まないかもしれない。
そう思ったイナリだったが、煙が晴れてくると、傷一つない白銀色の半透明な壁があることを認めた。
「ふふ、中々やりますね。ですが私の結界を破るには足りませんよ?」
ベイリアは余裕を装っているが、表情は明らかに引き攣り、汗も浮かんでいた。果たしてそれは炎の熱によるものなのか、焦りによるものなのかは、本人のみぞ知るところだ。
「さあ、今度はこちらの番ですね!」
ベイリアは声を上げると、イナリを囲むように円状の結界を展開した。上空には、円錐のような形状の結界がいくつも浮かんでいる。
話は変わるが、彼女曰く「結界は守るだけが能じゃない」らしい。
結界というのは要するに空間上に生成し操作できる物質なので、結界を棒状にしてぶつけたり、板状にして押し潰したり、粒状にして射撃ができたりと、攻撃に応用することができるのだそうだ。
つまり何が言いたいかと言うと、イナリの頭上にある結界は全てイナリに向けて放たれるということだ。
「行きますよ!そりゃー!」
ベイリアのどこか気の抜ける様な掛け声とともに、上空に浮かんでいた結界がイナリに向けて高速で動き始める。一度避けても、それは軌道を曲げて再びイナリに向かってくる。
しかしそんな理不尽とも言えるような状況に対し、イナリは上半身を傾けたり、片足だけ動かしたりと、最小限の動きで避けて対処した。
「すげえ!姉御、あの攻撃を全部避けてやがる!」
「私でも見切るのがやっとなのに……すごいわ!」
「ああわかったぞ!チビだから当たりにくいんだな!」
「くふふ、我はこういうのが得意なのじゃ。……あと、最後に喋った者は後で名乗り出るのじゃ」
イナリは、観衆の失礼な言動もしっかり拾い、余裕綽々といった様相で攻撃を避け続けた。
そう、これこそ、盗賊もお墨付きを与えるほどのイナリの回避術によって実現された業……なんてことはなくて、ベイリアがうまいこと制御しているので絶対に当たらないだけである。
実際、攻撃の半分以上はそもそもイナリを狙っていない。多分、棒立ちしていても当たらないのではないだろうか。
真相を知ればガッカリでしかないのだが、それでも観衆の様子が好感触なことは事実なので、第二段階、ベイリアにそれなりの実力があることを示すことにも成功しているだろう。
「さて、お遊戯もこの辺にするとしようかの」
イナリは己を囲む結界に手を伸ばし、風刃を使って結界を破壊した。
次が作戦の段階としては最終段階……裏があることが露呈しない程度に戦闘を長引かせた後、決闘の決着を有耶無耶にする必要がある。
裏ではパウセルが、この会場の何か所かに、軽く小突くだけで倒れる木や葉を集めた緩衝材を作ってくれているはずなので、そこを利用することもできるだろう。
「さて、どうしたものかのう」
果たして、どうすれば激戦を演出できるだろう?イナリはベイリアに対して身構えつつ思考を巡らせた。
<とある傭兵集団視点>
同時刻、傭兵の一団は獣人の集落から少し離れた場所にあるキャンプ地点に戻ってきていた。
「うへえ、俺たちの飯が食い荒らされてら。こりゃひでえ……」
「魔物に漁られちまったかあ。ゴブリンやらに武器を盗られていないのは幸いだが……」
「ひとまず、軽く態勢を整えてすぐに行くぞ。周辺の様子はどうだ?」
「軽く見てきた限り、変異型のトレントが歩いていた形跡が沢山ある。でも動きは遅そうだし、魔王は夜中にしか活動していなさそうだから、しばらくは問題無さそう」
「逆に言えば夜がタイムリミットってところか。あまり時間を掛けていられないな」
偵察に向かっていた女盗賊の言葉に、傭兵のリーダーは顎を触りながら考える。
彼らは先日、村に滞在していた冒険者パーティの助力も得ながら一日がかりで村人をトゥエンツまで避難させた。仕事内容に村人を護ることは含まれていないが、依頼主の信頼を得るためには必要な事なのである。
ここには今、傭兵団に加えて、村に居た冒険者パーティの四人組と、何故かそれに付属する自称勇者の少年とその付き人の狐の獣人、計四十名程度が滞在している。
「トレントに関してはあの冒険者たちに対処させるか。魔物に関しては、俺たちより経験豊富なはずだ」
「それはいいんですけど、あの勇者君はどうするんすか?」
「あっちの冒険者についていく分には好きにさせたらいい。勇者ってのが本当なら、役に立つことがあるかもしれんしな。……ただ、万が一こっちに来ようとしたりされても困るから、お前も同行しておいてくれ」
「わかりました、お任せください!」
傭兵らの間での勇者に対する第一印象は、概ね「なんか歪な奴」ということで一致している。
勇者の証とも言える神器は持っているらしいが、その扱いはまるでなっていない。正義感に実力がまるで追いついてらず、道中の魔物の襲撃も殆ど仲間の冒険者や付き人の獣人の少女に頼り切り。なのに体つきは場数を潜ってきた人間のそれ。何処をとっても奇妙の一言に尽きる。
当然そんな人物を信用できるわけもなく、勇者云々の真偽がどうであれ、出来れば関わりたくないというのが本心である。むしろ、どうして高等級の冒険者が勇者と行動を共にしているのか疑問にすら感じていた。
「リーダー、集落の偵察部隊から情報が届きました」
「早かったな。どうだ?」
「人間と獣人連中の首領が決闘しているみたいです。今なら警備はザルですし、一網打尽も狙えます」
「ほう、それは都合がいい。……お前ら、予定変更だ!襲撃部隊は今すぐ準備を終わらせて出撃する!」
傭兵に課せられた今回の依頼の最低要件は獣人を撃退することだが、首領を捕獲することができればさらに巨額の報酬が約束されている。
リーダーの言葉を聞いた傭兵達はすぐに武器を背負い、列を組んで集落へと歩を進め始めた。
<エリス視点>
「エリス、どう?」
「検知無し、ですね」
傭兵の皆さんが獣人の集落に向かっている間、私達はキャンプ地を確保するためのトレント退治に勤しむことになりました。
今回は、トレントの擬態対策も兼ねて、広域結界を使って魔物を検知する方法を採用しています。
「あーあ、二度とトレントと戦わないってあの日心に決めたのにな。ね、森ごと燃やしちゃダメ?」
「気持ちはわからんでもないが、俺たちも巻き込まれるからやめろ」
「だって退屈だし。出来ることなら傭兵さんの方に同行したかったよ。イナリちゃん、絶対心細い想いをしてるでしょ?」
「それはそうだろうが……俺達でも勝手がわからない部分が多いのに、元一匹狼ちゃんのお前があの傭兵と連携できるとは到底思えん」
「は?何、燃やされたい?」
「いつもの冗談だろうが。杖をこっちに向けるな!」
以前の魔の森の一件以来、リズさんのトレントに対する殺意は著しくなっています。それに、強い魔法で一発で終わらせようとしたがることが増えたような気もします。あまり変な方向に育ってほしくないというのが本心なのですが。……あ、ディルさんに対して殺意が高いのはいつものことです。
「勇者様、疲れてませんか?何かあったらすぐに私に――」
「だ、大丈夫だよ!それに魔王がいるかもしれないから、気を引き締めないと。……それと、あんまり過保護にされると、僕が何もできない人みたいだからやめてほしい……」
「そ、そうでしたか。ごめんなさい……」
カイトさんにやんわりと拒絶されたイオリさんが、目に見えてしゅんとします。
そう言えば、魔王と勇者の関係にあるイナリさんとカイトさんは今後どうなるのでしょうか。近いうちに、お互いにどう思っているのかを探るべきかもしれません。
……それと、私が普段イナリさんにしているお世話は、実は疎ましく思われていたりするのでしょうか。いや、私とイナリさんの仲です。そんなことは……無い、ですよね?
私があれこれ考えていると、傭兵団の方から派遣された男性が口を開きます。
「何か余裕そうっすね。冒険者っていつもこんな感じなんですか?それとも、高等級の賜物とか、そういう感じですか」
一瞬、「俺たちは大変なのにお前らはお気楽だな」という皮肉かと思いましたが、彼は純粋に疑問に思っているだけのようです。エリックさんも似たような事を考えていたのか、一瞬の間を置いて彼の言葉に答えます。
「普段は高等級とかは関係なく、警戒を怠らないように心掛けているけど……実は『樹侵食の厄災』に遭遇した経験があるんだ。その経験がかなり活きていると思う」
「マジっすか!?それはすごいっすね」
「はは、ありがとう。要するに、慣れと……あと、結界のおかげってところだね」
エリックさんが男性に返すと、彼は納得したように大きく頷きます。
「ああ、やっぱりそれはデカいですよね。この結界、マジで便利ですもん。うちも一時期、結界術師を引き入れようと頑張ってたんですけど、全然人が居なくて断念したんですよねえ」
「私は回復術師なので、本職には遠く及びませんよ。それに、結界術師は大体どこかの街や教会の支部で抱えられますから、フリーの方はそう居ないでしょうね……」
「つまり、本職はもっと便利ってことですか?」
「そうです。もし私が結界術師なら、あの子が攫われることも無かったのです……」
「あっ……ええと、それについては、俺達に任せておけば間違いないっすよ!」
誘拐の時から四日ほど経ち、イナリさん成分が欠乏状態にあるとはいえ、初対面の方にまで気を遣わせてしまうようではいけませんね。
傭兵の方が、滞りなくイナリさんを見つけてくれると良いのですが。
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