第306話 余波 ※別視点
<とある傭兵集団視点>
ある日の夜。森の中で焚火を囲んでキャンプしている三十名程度の男女の集団があった。
彼らは、近頃ナイア・トゥエンツ間でしばしば問題を起こしている獣人の集団を鎮圧するために集められた、主に対人戦闘を生業にしている傭兵たちだ。
「獣人は百人程度。昼も夜も活動している個体がそれなりに居て、活動領域も広い。それに、何故かほぼずっと臨戦態勢。奇襲は成功し辛いかもしれない」
「逆に言えば、孤立している奴は倒しやすいってことだろ?」
「そうとも言えなくはない。森だから、罠も有効だと思う」
「うーん、でも正面から戦わないで百人抜きなんて大立ち回り、いくらなんでも楽観的過ぎますよね、リーダー。やっぱり今からでも引き返して、こないだの高等級の冒険者たちにも来てもらいましょうよ」
彼らは一度、直近で獣人の被害に遭った村に立ち寄って聞き込み調査をしていた。
主な被害は教会や家屋の損壊と神官の負傷、それに偶然村に滞在していた冒険者一名の誘拐の三点だということは分かっていた。その冒険者の仲間からこの一団に同伴させてほしいという申し出もあったが、リーダーの判断で断っていた。
その代わりにと冒険者の一人に渡されたのが、攫われたメンバーに持たせていた発信機に対応する羅針盤だ。そのおかげで幾らか仕事が楽になったのは事実だが、一体何故パーティメンバーに発信機を持たせていたのかという疑問は、どこか闇を感じさせるものだったため誰も触れずにいた。
ともかく、傭兵の一人はその話を掘り返してリーダーに提言しているのである。
「高等級の冒険者ってのは、基本的に決まった仲間との連携を極めてその地位にいることが多い。多少連携に気を遣ってはいるだろうが、俺たちのやり方と噛み合うかは未知数で、リスクにもリターンにもなる。それにあの連中、既に保護対象が居るようだった」
「つまりアレですか。危険だから来させたくなかった的な。リーダー、優しいですね!」
「黙れ、仲間を攫われるような冒険者が来たところで役に立たないというだけだ。分かったらさっさと設営をしないと、お前を囮にする作戦を組むぞ」
「ひえ、か、勘弁してくださいよ。それに彼らだって、遭遇戦だったらしいですし……な、何でもないです!」
「全く、これだからお喋りな奴は――」
リーダーの男がため息をついた直後、森がざわざわと音を立てて蠢き始める。
「な、何だ?」
「森が動いてる?……違う、成長してる!」
「お前ら、今すぐ近くの植物を刈り取れ、取り込まれないようにしろ!」
リーダーの男は指示を出しながら剣を手に取り、足に絡みつこうとしていた雑草を切断した。
突如始まった植物の急成長だが、それはほんの十数秒ほどで終わり、後には気を張り詰めた傭兵の姿が残った。
「……魔王、樹侵食の災厄か。ここ最近噂など聞かなかったが……」
「リーダー、どうする?」
「撤収だ。聞いた話だと、樹侵食の災厄は大量のトレントを生むらしい」
「うげえ、それは嫌だな」
「荷物は最低限でいい。早くここを離れるぞ」
リーダーの言葉に、傭兵は一斉に身支度を整え、素早く森を離脱した。
<エリス視点>
私は、リズさんとハイドラさんが、サニーさんや村の子供に綺麗な魔法や魔道具を見せて遊んでいる様子を眺めていました。
さらに別の方に目を向ければ、ディルさんがカイトさんに剣を教えている様子もあります。イオリさんはそれを見て応援しているようです。
一方の私は、イナリさんの事を考えるあまり、何をするにも手に付かない日々が続いています。
イナリさんが攫われてしまったあの時のことが夢に出てきて、朝を最悪な気分で迎えています。神託でイナリさんの声を聞くことで相殺していますが、サニーさんにも少し気を遣わせてしまっているのが中々に心に来るものがありますので、一刻も早く合流を果たしたいところです。
現状、イナリさんを救う手立ては獣人の対処に向かう傭兵団だけで、私達は作戦に支障が出ないよう、待機することを余儀なくされています。実力自体は確からしいので、情報と発信機を託して引き下がりましたが……。やはり、自分が動かないと不安が拭えません。
それに、先日イナリさんから神託を通して助けを求められた際、対応できたのは良かったのですが……その内容が獣人同士での和解を求める話のようで、何やらイナリさん側でも何かが起こっていることは明らかです。
当人が大丈夫とは言っているので、それを信じたいとは思うのですが……イナリさんの「大丈夫」は、ちょっと不穏な部分があると言いますか……。
そんなことを考えていると、滞在の対価として村の見回りをしていたエリックさんとウィルディアさんが戻ってきました。
「聞いてくれ。傭兵が戻ってきた」
「もしかして、獣人に敗れてしまったのですか?怪我人が居るなら、治療に向かいます!」
「いや、大丈夫。その必要はないよ。ただ……魔王が出たみたいで」
「曰く、昨晩に獣人拠点近くで野営していたところ、植物が急成長したそうだ。……我々には心当たりがあるな?」
「……確かに、心当たりしかないですね」
それは樹侵食の厄災、つまりイナリさんしか起こせない現象です。
「それで、向こうから僕達に同行してほしいと打診があったんだ。獣人との戦闘はしなくていいけど、森の中の移動の援護と、キャンプ地の見張りをしてほしいんだって」
「もし君たちがそれに同行するのなら、勇者やサニー君らの面倒は私が引き受けよう。大丈夫だ。こう見えて、子供の扱いは本で読んだことがある」
「な、なるほど?」
お世辞にも、あまりウィルディアさんの言葉に頼もしさは感じられませんが……イオリさんやハイドラさんが居れば大丈夫でしょうか。
「ともかく、そういう事であれば是非とも同行したいところですね」
「ただ、少し問題があって……イナリちゃんがどうして能力を使ったのかは考えておくべきだと思ったんだ」
「それで、イナリ専門家の君に話を聞いてみようと思ってね。どうだろうか?」
「うーん、そうですね……」
考え得る可能性は大まかに二つです。
一つは、単純に植物を育てたかったからという順当な理由。
もう一つは、イナリさんの身に危険が降りかかり自衛を余儀なくされた時。例えば、魔の森が誕生したきっかけでもある、イナリさんがゴブリンに追いかけられた時のようなケースです。
イナリさんが脱走しているところを獣人に見つかってしまった可能性や、森で魔物に襲われた可能性、あるいは、傭兵と何らかの理由で戦闘になってしまった可能性……何にせよ、後者を採用するべきでしょう。
その場合、どのケースかを確認しておくことが重要になります。ここは一つ、本人から聞いてみることにしましょう。
――イナリさん、少し聞きたいことがあります。今、大丈夫ですか?
――どうしたの。
――イナリさんが成長促進を使ったことが原因で、そちらに向かっていた部隊が撤退してきました。何があったのか教えて頂けますか?
――ん?植物育てたかった。
――そうですか。
……私は世界で一番イナリさんを理解しているつもりでいましたが、それが自惚れであったことを悟りました。
<???視点>
茂みをかき分け、森の中を一人進む少女が居た。しかし、彼女が一歩進むたび、蔦が足に引っかかったり棘を持つ茎が服に引っかかって、全然前に進めていないのが現状だ。
「もうっ、何なんですかこれ!」
少女は怒りを露わにすると、手を広げて結界を展開し、それを前面に放って草木をなぎ倒して、強引に道を作った。
「ふうっ。どうせ誰も居ませんし、最初からこうするべきでしたね!……グレイベルさんなら、もっとうまくやれたんですかねえ」
少女は呟きながら腰に提げていた鞄から地図と羅針盤を取り出す。
「ええと、方角的にはこっち、ですかね。うう、地形が全然わからない……」
一晩にして樹海に成長を遂げた森に、少女はうんざりしつつも目的地を目指した。
結界を使って森を歩くのが快適になったところで、目的地までの道のりが容易くなるわけでは無かった。時には魔物を結界で叩き潰したりもしながら、少女は日が暮れるまで森を彷徨い歩き、漸く目的地である集落が見える場所まで到達した。
「はあ、やっと着いた。これで成果が出なくても、もう知らないです……」
「おい、人間が何故ここに居る!」
「はい?ああ、私、先日手紙を出した者です。集落に案内してくれませんか?」
犬の獣人二人組に発見された少女は、半ば自棄になりつつ返した。
「はあ?手紙だ?何を言って――」
「なあ、アレじゃないか?長が昨日言ってた奴」
「……覚えていない……」
「とりあえず連れて行こう。違ったらその時はその時さ」
少女は獣人に抱えられ、あっという間に集落の小屋へと連れて行かれた。
「ほう、そやつが件の使者かや」
「わかりませんが、手紙がどうとか言ってました」
「きっとその者で間違いないでしょうが……人間を送り込んでくるとは……」
少女が顔を上げれば、鳥の獣人が顔を顰めている様子が目に付く。そしてさらに隣にいる狐の獣人に目を向け、それがかつて見た事のある少女であることに気が付いた。
「イナリさん?」
「……イオリじゃ」
「いや、その口調はイナリさんですよね!?」
「そんな者は知らんのじゃ。我、イオリじゃ」
「そ、そうですか。あれぇ、おかしいですねえ……?」
意地でも別人ということにしたがる狐獣人に、少女は混乱した。
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