第157話 決別

「グラヴェル、グラヴェルじゃないか!完全に死んじまったと思ってたぜ、生きてたんだな」


 ボスは両手を上げながら近づいてくる。一方、イナリとグラヴェルの背には冷や汗が流れる。


「それに獣人のガキまで一緒とは大したもんだ」


「あの……ボスはどうしてここに?」


「ん?ああ、拠点は制圧されたから逃げてきたんだよ。ここは偶然見つけただけだ」


「そう、なんですか」


「おう。そもそも、爆発騒ぎの前に、ゴーストから街の冒険者が俺たちの潜伏場所を嗅ぎまわってるっていう話が入ってたんだよ。その時点ではゴーストに冒険者を処分してもらおうかと思ってたんだが……その獣人のガキが自爆して地下が崩れ始めた時点で、お前がやられたと思って見切りをつけて、隠し通路で逃げたんだ」


「隠し通路?そんなの造った覚えは……」


「ああ、ゴーストに秘密裏に作らせたからな、そりゃ当然さ。本当はゴーストも合流する予定だったんだが……捕まったか、魔獣どもの餌になったかってところか。あいつは便利なやつだったから、残念だ」


 ボスの言葉にグラヴェルは息をのむ。


「……そんなショックを受けるなよ。お前のことは頼りにしてるが、隠し通路の存在が割れたら馬鹿が使い始めるし、敵を騙すにはまず味方からっていうだろ?そういうことだよ」


「なるほど、そうなんですね」


「逆にお前はどうしたんだ?完全に死んだものと思ってたんだぞ」


「爆発の衝撃で運よく地下の空洞に落ちましてね。はるばる抜けてきたんですよ。ここに来たのも奇跡みたいなものです」


 グラヴェルは嘘をついた。


「ついでに言うと、この獣人は自爆していません。レイトが逆恨みでこの獣人を殺そうとして、所持していた爆弾を起爆しました」


「……あのバカ、とっとと処分するべきだったな」


 ボスは殺気の籠った声で吐き捨てるように呟いた。


「まあいい。お前が戻ってきただけでも十分だし、それどころか、上物の獣人が無傷で生きている。例え二人だろうが、そいつを売れば、その資金を元手にやり直せるだろう。一晩休んだら出発する。そのガキは縛ってその辺に寝かとけ」


 イナリが不安げな面持ちをグラヴェルに向けると、彼はそれを一瞥した後、意を決して口を開く。


「『ダートクリエイション』」


 グラヴェルは返事に代わって魔法を発動し、ボスの足元に深い穴を生成した。ボスは抵抗することもできず、自然の理に従って落下していく。


「ッ!?てめえ、自分が何してんのかわかってんのか!?」


 穴からはとてつもない殺気が籠った怒号が響く。


「はい。もうあの組織に属していた者で自由に動けるのは俺と貴方だけ。そして、ここには殆ど誰も近寄らない。この森に拠点を構えるとき、ボスはそう言っていましたよね?」


「まさか、お前」


「……俺はアンタの都合のいい駒じゃない。そもそも、俺を脅して勝手に引き入れたくせに、どうして信頼関係が築けるなんて思う?」


 グラヴェルは穴の中を見下ろして話す。


「今ならアンタの頼れるお仲間もいないし、お前が口癖のように言っていたバックについているお方とやらの監視の目も届かない。こんな絶好の機会、活かさない手が無いだろう?」


「待て!俺は今まで散々お前に良くしてやっただろ!?それでいい思いをしたことだってあるはずだ!今なら許してやる。さっさと俺を引き上げろ!」


「良くしてやったって……一体いつの話してるんだ?もしかして、工事費と称して他の連中よりちょっと取り分が多かったことを言ってるのか?……アンタが俺に声をかけてなければ、俺は善良な市民として働いて、あの程度の額なら簡単に稼げただろう。代わりに俺が貰ったのは劣悪な環境、話の通じない仲間、泣き喚く女子供のメンタルケア……どの辺に良い要素がある?」


「……ならこれからはもっと待遇を良くしてやる!金も女も好き放題させてやる!それでどうだ!」


「アンタのそばにいたところで、最後がどうなるかなんてわかりきってる。それよりも自由の方がよっぽど魅力的だ。……もういいよな?」


「待て!まだ話は――」


「じゃ、今までお世話になりました、ボス。『ダートクリエイション』」


 グラヴェルは穴を作る際に持ち上がった土を全て穴に戻して埋めた。ボスの悲鳴のような声が一瞬聞こえたのを最後に、耳に付くボスの声は一切聞こえなくなった。


「はあ、仲間が居ないとこんな簡単に殺せる小物だったとはな……」


「……」


 一連の流れを見届けたイナリは、何を言うべきか迷いながらその場に立ち尽くす。グラヴェルは、イナリに振り返って口を開く。


「……子供には刺激が強かったかな。あるいは軽蔑したか?……俺は結局、ボスの仲間の一味として犯罪の片棒を担いでいたのに、いざ自由になれる可能性が浮上したら、自分の行いは棚に上げて牙を向ける屑野郎なのさ」


「……ふむ……」


「もし今からでも俺と一緒に居るのが嫌になったら、そう言ってくれ。森の中でも、どこかに穴を作って寝るくらいはできるだろうからな……」


「人間の尺度においてどう思われるのかは知らぬが……我は、お主を軽蔑するようなことはせぬ。約束通り、ここでしばらく休むがよい。ただ……」


「ただ?」


「この土地にあんな男が埋まっていると思うと虫唾が走るのじゃ。あとで土を入れ替えてくれたもれ。これは絶対じゃ」


「お、おう……君も大概だな……」


 予想のはるか斜め上を行くイナリの言葉に、グラヴェルは面食らった。


「ところで、こんなにも簡単に倒せるのなら、どうして今までやらなかったのじゃ?」


「さっきも少し言ったが、ボスの背後にはデカい組織がある……らしいな。ボスに歯向かうってことはその組織を敵に回すことと同義になるんだ」


「……今お主はそのボスとやらに手をかけたわけじゃが、大丈夫なのかや?」


「大丈夫……のはずだ。俺とその組織の接点は殆どないからな」


「その組織というのはどのような物か聞いても良いかの?」


「多分、組織について知ると常に周囲に怯えて生きていくことになるが……その覚悟はあるか?」


「なら結構じゃ。……しかし、お主一人でなくとも、あやつに反感を抱く者もいたじゃろう。そういった者と結託するのは……」


「いや、いないさ。殆どが元々社会に居場所がない人間で構成されているんだからな。少なくとも、そいつらにとっては十分な金が手に入り、女も抱けるとなれば不満も出ない。あるいは、不満が出る前にお縄になるなり何なりするのかもしれないが。とにかく、不満を抱く者は、俺が知る限りはいなかった」


「そうか。何というか……大変だったのじゃな」


「俺たちの被害に遭った者に比べれば全然さ。……悪いが、そろそろ限界だ。土の入れ替えは寝てからでもいいか?」


「うむ。ただし、土を入れ替える場面には必ず我も立ち会うのじゃ」


「わかった。じゃあ、ちょっとその辺を借りて寝させてもらおう」


 グラヴェルはそう言うと近くの岩に葉や服を使って簡易的なベッドを作り、横になる。そして間もなく寝息が聞こえ始める。相当疲れていたのだろう。


「さて、我は……今のうちに体を洗っておくとするかの」


 イナリは一時的に不可視術を発動し、川へ向けて歩を進めた。




 そしてその日の夜明け前。


 月明かりのみが照らす小屋の中、イナリが畑で育てていたトウモロコシを齧っていると、グラヴェルが顔を出す。


「君、こんな暗いところで食事をしているのか……」


「うむ。ここではいつもこんな感じじゃ。時には火を着けることもあるのじゃが……生憎、そのために使う剣を持っておらんのでな」


「そうか。ひとまず、土の入れ替えをしようと思うが……他に誰か来たりは?」


「いや、せいぜい小鳥が数羽程来ただけじゃ。時折冒険者が来ることもあるが……運がよかったのう」


 イナリは立ち上がり、家の外に出ると、早速グラヴェルが作業に取り掛かる。


「ええっと、確かこの辺だったよな。『ダートクリエイション』」


 グラヴェルがボスを埋めた辺りを魔法で持ち上げると、うっすらと人の体らしきものが埋まっているのが確認できた。


「……疾く、これをどこかへやってくれ。不快じゃ」


「わかった」


 グラヴェルはボスが埋まっている部分だけを器用に取り出し、森の茂みの方へと運んでいった。


「……遠くに埋めてきた。これで大丈夫だろう」


「うむ、よかろう。して、これからどうするのじゃ?」


「これから夜が明けるだろうから、それに合わせて君を街に送ったら、俺はそのままどこかに立ち去ろうと思う」


「わかったのじゃ。我はいつでも行ける故、お主の準備が出来たら呼ぶが良いのじゃ」


「わかった」


 グラヴェルは出発に向けて準備を始めた。

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