第119話 顛末の報告

「ええと、つまり、どうにかギルド長にお金を持っていかれたことを私から隠そうとしていたということですか……」


「そう、そういう事じゃ!」


 イナリは酒場の机に両手を置いて立ち上がり、エリスに迫る。


「それゆえ、お主に見つかるのが不都合だったという事じゃよ。如何か?」


 イナリの必死の弁明に、エリスはため息をついて頷く。


「はあ。ひとまず、事情は理解しました。何か裏で危ないことをしようとしてたんじゃないかと思ったので、そういったことでは無いようで何よりです」


 エリスの言葉にイナリは安堵する。何とか、酒場で公開説教が行われることは回避できそうだ。


「しかしですね、そんな銀貨一枚ちょっとのために、右も左もわからないような街中を動こうとするのは危ないです。そもそも錬金術ギルドまで辿り着けますか?」


「お主、我を見くびっておるな?我は地図も読めるし、記憶力も凄まじいのじゃぞ?」


「イナリさん、結構誇張することも多いですから、一旦その発言の真偽は置いておくとしてですね、たとえ道はわかっても、道中何もないと保証できるでしょうか。例えば、不届き者がイナリさんを誘拐するかもしれませんよ」


「我を誘拐して何になるんじゃ?以前ディルと話した時、我の不可視術の力を狙う者が現れる可能性は示されたがの、それ以外に何かあるじゃろうか」


「イナリさんは黙っていれば、神聖さを醸したものすごい美少女ですから。……嫌な話ですから詳しいところは伏せますが、見た目だけでも十分、誘拐されて高値で取引される余地はありますよ」


 エリスは手を口に近づけて、声を抑えて話を続ける。


「何か今、とんでもない暴言を吐かれた気がするのじゃが……。して、高値とな?まあ、我神じゃしな、この体に秘める価値も、見る目のある者にはわかってしまうじゃろうな」


「そんなに前向きな話ではないです。……少し話は変わりますが、イナリさんは獣人の典型的な特徴が何かご存じですか?」


「確かハイドラ曰く、同族で固まって行動して……あと、あの言いようからするに、恐らく粗暴なのじゃろうな」


「まあ、大体そんな感じですね。獣人の特徴は、基本的に力が全て、仲間以外は会話の余地すらない敵、魔法が苦手な傾向が強い代わりに身体能力が高い、などです」


「なるほどの。しかし、ハイドラは当てはまらなそうじゃがな」


「まあ、あくまで典型的なものですからね、少なからず例外の方はいるでしょう。さて、ここで問題です。一般的に獣人と認知されているイナリさんはどうでしょうか?」


「む?」


「物理的言語を介さない会話が成立しますし、人間に対して敵対的というわけでもありません。それに、身体能力が面白いくらい低いですね」


「もうちょっと他に言い方は無いのかや……」


「つまり、希少価値が高いんです。そんなイナリさんが攫われて、この国以外のどこか遠くの地で奴隷として売られでもしたら、それはもう誰もが手に入れようとすることでしょう。まあそんなことになったら、私が全財産はたいて取り戻しますが」


「……その場合、我はお主の奴隷という事になるのかや」


「そうですね。……あ、いや、決して変なことは考えていませんよ。なので、黙って席を立たないでください」


 何故か寒気を感じて席を立ったイナリを、慌ててエリスが引き留める。


「コホン。ともかくですね。そういうわけで、たった銀貨一枚のために危険に身を晒すような真似はしないでください。銀貨一枚より、イナリさんの身の方が何億倍も大事です。特に今は、この街の治安も怪しくなってきているようですからね」


「ふむ。リーゼの忠告と合わせて肝に銘じるとしよう」


「……イナリさん、リーゼさんから言われていたのに夜中に出歩いてたんですか……」


「……あっ!?」


「全く、そんな絶望したような顔しないでください。以前のお話で、私が言いたいことは十分伝わったと信じていますから、それ以上何か言ったりはしませんよ」


「よ、良かったのじゃ……」


「じゃあ、ちょっと飲み物でも飲んだら、エリックさん達の方に行きましょうか。イナリさん、実は飲みたかったんですよね?尻尾の動きでわかりましたよ」


「な、なんと……」


 エリスは微笑みながら立ち上がり、茫然とするイナリの手を取って、酒場でリンゴジュースを注文し、二人で飲んだ。美味であった。




 リンゴジュースを堪能したイナリ達は、受付のアリエッタに声を掛けると、そのまま応接室へと案内される。


 アリエッタがその扉を三回叩いて声を上げる。


「ギルド長、『虹色旅団』のイナリさんとエリスさんがいらっしゃいました」


 すると内側から「入ってくれ」と声が返ってくる。


「ではお二人とも、どうぞお入りください」


 イナリ達はその声に従って部屋へと入る。すると、まずは右手奥側に座るギルド長のアルベルトが声を掛けてくる。


「おう、二人ともお疲れさん。まずは座ってくれ。席は足りるよな?」


 ギルド長の隣にはリーゼが座っており、その手には色々なことが書き留められた紙がある。恐らく書記のような役割なのだろう。


 その向かい側にはイナリを見捨てた薄情なメンバー三名が座っていた。


 ディルは何とも思っていなさそうに腕を組んで椅子に座っている一方、エリックとリズは気まずさ故か、イナリと目が合ってはすぐに視線が逸れる。イナリは少し悪戯心が沸き、わざと二人が目線を逸らした先に移動した。


「あの、イナリさん。座りましょうか」


 そんなイナリの意図に気づいてか、エリスはイナリを抱き上げて、空いている椅子に座る。当然のようにイナリはエリスの膝の上である。


「で、今は……そうだ、皆が狐っ子の家に到着した辺りまで聞いたのだったか」


「そうですね」


 ギルド長の問いかけにリーゼが頷く。


「本人もいることだし聞きたいんだが、何故狐っ子の家の周辺は安全なんだ?たまに酒場の冒険者連中が噂しているみたいだが」


「それは僕達も聞いたんですけど、本人もわからないようです」


「うむ、然りじゃ。一応、冒険者が我の家を荒らさないことを条件に、一日程度滞在するくらいなら許してやるのじゃ」


「まあ、狐っ子に迷惑が掛からないように、大々的な告知みたいな真似はしないでおくが、その意思表示はありがたく受け取っておこう。きっと魔の森に入る依頼の遂行のリスクが下がるだろうな。何か見返り的なのも用意出来たらいいんだが……すまん、今は思いつかない」


「まあ良いのじゃ。今度、賽銭箱でも作ってみるかの」


「その箱が何かはわからんが、まあ、冒険者が狐っ子の敷地をどう利用するかなんかも様子を見ながら考えるとしよう。で、問題はこの後だな……」


「はい。最終的にトレントを全滅させたとのことですが……」


「……俺には意味が分からない。視界を埋め尽くすほどのトレントが居たんだろ?それが全滅できましたって?いくら魔女っ子が強いって言ったって限度があるだろう」


 どうやらギルドの二人は、森での出来事について懐疑的なようだ。


 確かに、詳しい事情を端折って端的に言えば、「トレントの群れに囲まれたけど、何とか全滅させて帰ってきました!」という報告になり、聞いた者は遍く首を傾げることだろう。二人の反応はもっともである。


 しかしここでトレントをどう倒したか説明する上で問題になるのは、トレントが全部イナリの方に向けて動いていたということを説明しないことには、どのようにトレントを全滅させたのかを説明するのが困難であるということだ。


 もしくは地道に安全圏からトレントを根絶やしにしたと言ってもいいかもしれないが、流石に三日四日で解決できるようなものではないことは明らかであるから、これも無理があるだろう。


「……実は我、トレントをおびき寄せてしまう特性があるようでの、それを利用したのじゃ」


 イナリは、自身の特性を若干ぼかし、説明する上で必要な部分だけを伝えることにした。


 これなら最悪、この街からつまみ出されるだけで済むだろう。魔王と結びつけられるよりはマシである。


 イナリの言葉を聞いて、ディルがそこに補足する。


「ああ。こいつを俺の背に括りつけて、安全地帯を囲んでいたトレントを一か所に誘導した。その過程でトレントが同族を踏みつぶしたりして数を減らしたのもあって、リズの大規模魔法で一網打尽に出来たんだ」


「なるほど?狐っ子も難儀な性質を持っちまったなあ」


「……何も言わないのかや?」


「まあ、実害がでなけりゃいいさ。この街の冒険者や兵士だってヤワじゃないんだ」


「そうかや」


 イナリの存在は、既に割と洒落にならない規模で実害を及ぼしているが、それは一旦置いておくことにした。


「俺たちも、別にむやみやたらにその性質を言いふらしたりはしないから、安心してくれ」


「ふむ、助かるのじゃ」


「感謝されるような事じゃない、秘密保持はギルド員としての務めさ。……それで、全滅させた後はそのまま戻ってきたと。……これ、教会は何ていうんだろうなあ」


 どうやら、イナリの神の力を取り込んだトレントの事は無かったものになっているようだ。


「ところで、何故教会の名が挙がったのじゃ?」


「魔の森の異変は、未だに実態がつかめない樹侵食の厄災の動向を知る足掛かりとして、教会などは常にその様子を観察していますから、この報告はかなり重要になるのですよ」


「まあ、そういうこったな。遂に魔王の姿が明らかになる!なんて言って喜んでる奴もいたくらいだし。しかし、今回もその姿は見れなかった訳だが……気に食わない報告に機嫌を損ねられるとめんどくせえんだよなあ……。何か、そういうのは無かったか?」


 ギルド長は頭をガシガシと掻きながら質問してくる。


 エリック達が苦笑する中、イナリは少し思案したのち、口を開いた。


「守秘義務とやらがある事前提に話させてもらうがの。トレントの中に、妙に大きく、再生能力を持った個体がおったのう?」


「おっ、狐っ子から面白そうな話が出たじゃねえか。おいエリック、何でそんな話を言わねえんだ?」


「ああいや、こやつらを責めないでやってくれたもれ。実はそれを倒す際に我が持っていた神器を使ったからの、話すのはちと都合が悪かったんじゃな」


「あ?神器?マジ?」


「い、イナリさん!?」


 イナリの言葉にギルド長は不意打ちを食らったような表情をし、エリスは慌ててイナリを抱く力を強める。


 イナリの口から零れた「ぐぇ」という声が部屋に響いた。

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