第200話 咲の決断

 再び転移ゲートで食堂に戻ると社長が話しかけてきた。


「心愛ちゃんは、さっきの話を聞いていてどう思った?」

「はっきりと答えは見えてないけど、麻宮社長を始めとして、みなさん凄く一生懸命だなって思いました」


「そうか、実際の所心愛ちゃんがクリスマスホーリーと一緒にダンジョンを攻略する動画でも流せば、百万人どころか一千万人なんていう数字は簡単に出るとは思う。だけどね、その手法を取ってしまうと一昨日、俺が襲われたような面倒ごとが、すべて心愛ちゃんに降りかかってしまう危険性も十分にあるんだ」

「それは……イヤですね」


「まあ、心愛ちゃんであれば即死するような攻撃をいきなり受けない限りは大丈夫なんだろうけど、わざわざトラブルを招き寄せる必要もないしね。麻宮社長の手を借りればきっと、麻宮社長たちが持つ登録者数と同等レベルまではかなりの確率で伸びると思う。日向ちゃんにしたって、Dライバー社で少し専門的に学べばダンジョン配信に関してのスキルアップは間違いないと思うし決して悪い話ではないだろ?」

「そうですね。でも……うちがDライバー社に提供できる事はなんなんですか?」


「それは、まず資金面での余裕かな。ある程度の規模になると設備投資にかかる金額も桁が変わってくる。それに配信事業の内訳は完全に理解してるわけではないけど、うちの関係企業だとスポンサーがこぞって広告を出して来るだろう事は容易に予測できるからね」

「なるほどー」


「後は、麻宮社長たちのシーカーとしての実力の底上げも提供できるだろ。今後うちが販売していく商品を動画の中で使ってもらう事で、広告宣伝にもつながるし、D-CANの事業ベースで考えても利点は大きいと思うよ」

「凄いですね、たったのあれだけの会話の中でそこまで考えつくとか」


「まあ、それが俺の仕事だからね。話は変わるけど心愛ちゃん。金曜日の放課後からイタリアのトリノダンジョンの攻略に協力してもらうけど問題ないかな?」

「はい、それは問題ありません。今回は希と日向ちゃんも参加で構いませんか?」


「勿論、大丈夫だ。イタリア政府との契約の中でD-CANとクリスマスホーリーのメンバーに関してはパスポートの印鑑やビザは不要になってるし、テレポで移動してもらっても問題は無いからね」

「わかりました。社長はイタリアまではどうやって移動するんですか?」


「ああ、クリスマスホーリーのメンバーとスリランカから飛行機で移動するよ。そんなに時間はかからないからね」

「わかりました」


「そう言えば中国から北京の結界構築に関しての報酬が振り込まれたよ。日本円換算だと一兆円だ。実質心愛ちゃんだけしか動いてないから、ほぼ丸ごと利益になるんだけど、日本政府からの要請で国内の運輸関係の株式を大量に保有する持ち株会社を作る事になったので、そっち関係の資金に使おうと思う。心愛ちゃんからの希望は何かあるかな?」

「そんなの私にわかるわけないじゃないですか。社長にお任せしますからいい感じで使ってください」


「そう言うとは思ったけど、了解したよ」


◆◇◆◇


「麗奈、百合、沙織さっきの冴羽社長の提案をどう受け止めるべきだと思う?」

 

 沙織のマンションに戻ってきた四人が早速D-CANとのミーティングを振りかえっていた。


「私は、咲の決定に従うから自分の意見としてはノーコメントだね」

「麗奈はいっつもそうだよね」


「でも結局それが一番うまくいってるじゃん。そういう百合は何か意見があるの?」

「今日ははっきり明言されていなかったけど、そもそも私たちが冴羽社長との会談を望んだのは、私たちの実力を底上げして実力重視のチューバーとしての道を探る事だったでしょ」


「そうだね」

「恐らく提案を飲めば、私たちの実力を引き上げる事なんかは容易だと思うよ」


「そうなのかな? 根拠はあるの百合?」

「ほら、心愛ちゃんを別にして希ちゃんと日向ちゃんっていたでしょ」


「あの子たちはまだ一年生なの。少なくともダンジョンで探索を初めて漸く二か月を過ぎた所だよ」

「うん、それがどうかしたの?」


「にも拘らず沙織の話では一、二年生合同の実習で班長に選ばれてるんだよね。最初に心愛ちゃんが呼ばれてたらしいから。実力順ではないかと仮定してるそうだけど、心愛ちゃんの次に呼ばれたのが希ちゃんで次が日向ちゃん。その次にブルーランカーで三百万位台である事を公言している。原田省吾君らしいの。だから、恐らく日向ちゃんはイエローランク以上、希ちゃんはもっと上の可能性が高いと思うの。探索を始めてわずか二か月でだよ?」

「凄いわね」


「きっと心愛ちゃんと一緒に行動する事で、その実力を身につける事が出来るのでは? と思う」

「そっか、でも一体心愛ちゃんはどれ程の実力を持ってるというの?」


「どうなんでしょうね。最低でもレッドランク以上のランカーとみて間違いないでしょうね。沙織はこの話をどう思ってるの?」

「私は、二百万人の登録者がいて、そこから入る収入だけでも一生暮らしていけるだけの額が手に入るとは思うんだけど、冴羽社長の言った登録者十億人を目指す! って言うのを聞いた時に背中に電流が流れたような衝撃を感じたの。なんだか負けたくないよ……って思った。それなら心愛たちに負けないように頑張るしかないから、一緒に行動する事に意味があると思う」


「心愛ちゃんたちと仲良くやっていける自信はあるの?」

「うん、それは大丈夫。三人とも凄くいい子だから。自分が自己嫌悪に陥らないように頑張る事だけが課題かな」


「それで咲は結局どうしたいの?」

「みんなが付いてきてくれるなら、D-CANの傘下に入って私自身もシーカーとして大成したいわ。それが出来れば必ずDライバー社が業界一位の実績を誇る事が出来るはずよ」


「でも冴羽社長が言っていた、心愛ちゃんに十億人のファンが付くと言う話は、どんな前提条件があるんだろうね? ただのふかし話では無いと思うんだけど」


 そう咲が言うと沙織が答えた。


「咲さんは心愛ちゃんの動画は見てますか?」

「ええ、勿論アップされている動画はチェックしてるわ。料理回も攻略回も魅力的ではあるけど、エンターテイメントに欠けるかな? と言うのが素直な感想だね」


「コメントは読んでますか?」

「いえ、流石にそこまでは読んでないわね」


「外国人の視聴者がとても多いんですよね。しかもアラビア語やスペイン語圏の人たちもいるし、聞いた事のないようなアフリカ大陸やインドの言語を使う視聴者もいるんです」

「それは凄いけど、そこに何か秘密があるの?」


「心愛ちゃんたちは私が見る限り日本語で話してるのに、その外国人の人たちにちゃんと話の内容が伝わってるようなんです」

「えっ? アフリカやインドの人たちにもって事?」


「そうです。それでおかしいなって思って、私の知り合いのアメリカの子に心愛ちゃんの動画を視て貰ったら、ネイティブなアメリカンイングリッシュで話してくれるから、とっても見やすいわ。ってべた褒めだったんです」

「それはおかしいよ。どう聞いても日本語で話してたよ心愛ちゃんたちは」


「でしょ、でも、全員ではないんです。心愛ちゃんと希ちゃんはネイティブイングリッシュで聞こえるけど、日向ちゃんは日本語で聞こえるらしいです」

「一体どういうことなの?」


「恐らく……言語理解スキルを心愛ちゃんと希ちゃんは持ってるんじゃないかな? って思います。だとすれば視聴者の幅は一気に世界中に広がるから、内容が刺されば十億人は夢物語では無いと思いました」

「凄いわね、沙織の予想通りだとすれば、冴羽社長の発言も全然荒唐無稽な話じゃなくなるわ。むしろ私たちもその能力を手に入れる可能性があるのならば、それだけでも凄い話だわ」


 その話が出て、少し考えていた咲が決断した。


「DライバーはD-CANの傘下に入る事にします。明日、所属のチューバー全員に事務所に来てもらって話しましょう。嫌だという子がいれば無理強いはしないわ。その場合は独立を無条件で許可します。どう? みんなは賛成してくれるかな」


「勿論よ」

「私はむしろ、咲が反対意見を出したらどう説得しようかと思ってたわよ」

「私も、世界を相手にダンチューバーをやりたいです」


 こうしてDライバー社がD-CANグループの一員となる事が決定した。

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