第十話 戦いの前

「……ふぅ、お腹いっぱい大満足です!」


 撮影開始からしばらくした後。

 ここでようやくカメラを置いた来栖さんは、心底満足げな顔で呟いた。

 その眼はすっかり蕩けてしまっていて、どこか性的な物すら感じさせる。

 ずっと憧れていた場所で撮影できたことは、彼女にとってよほど嬉しいことだったらしい。

 

「あれ? 何ですかこれ?」


 俺たちの方を見た来栖さんは、ここでようやく周囲の変化に気付いたようだった。

 彼女は俺が生やした蔦の壁を見ながら、はてと首を傾げる。


「見てないだろうとは思ってたけど、ほんとに見てなかったのね」

「いやぁ、ずっと上を見てたので」

「ナイトアーマーを倒すために、俺がアーティファクトを使って作ったんですよ」


 そういうと、俺は古びた銀の指輪を来栖さんに見せた。

 複数の能力を使っていることを誤魔化すために、あらかじめ用意したものである。

 実際にはアーティファクトでも何でもなく、フリマアプリで買った何の変哲もないものだ。

 しかし、イデアに類する能力が複数使えるなどという考えにはなかなか至らないのだろう。

 来栖さんはあっさりと、俺の言うことを信じてしまう。


「凄い! 植物を操るアーティファクトですか!?」

「まあ、そんなところ」

「やば!! そんなの一体どこで手に入れたんですか!?」

「カテゴリー3の本格探索でね。こいつ、めちゃくちゃ運がいいのよ」


 そういうと、神南さんは俺を肘で小突いて来た。

 彼女もこの指輪がアーティファクトでないことは知っているはずだが、なかなかの役者である。

 羨ましそうに俺を見る眼は、演技とは思えぬほど真に迫っている。


「へえ……。桜坂先輩って、めっちゃ幸薄そうに見えてたんですけど意外です!」

「それ、ちょっと俺のことディスってない?」

「そ、そんなことあるわけないじゃないですか!」


 ちょっと動揺しつつも、首をブンブンと横に振る来栖さん。

 やがて彼女は、まだ魔石になっていなかったナイトアーマーの残骸を見て言う。


「あれ全部、桜坂先輩と神南先輩が倒したんですよね?」

「そ、私は動けなくなったところをやっただけだけど」

「うっはーっ!! やっぱすごいです!! お願いして正解でした!」


 来栖さんはそういうと、俺たちの手を握ってキラキラと目を輝かせた。

 こうまで褒められると悪い気はしない。

 俺は来栖さんの視線にちょっぴり照れながらも、死骸から変じた魔石を回収する。


「さてと、星空はだいたい撮り終えましたし場所を変えますか」

「図書館へ行きません? 早く、蔵書を見たいです」

「ああ、そう言えば本を見たいとか言ってたわね」


 こうして俺たちは、図書館を目指して本格的に遺跡の中へと足を踏み入れた。

 古代魔法文明時代に作られたであろう街並みは、今なおしっかりとその原型を残している。

 写真で見て想像していたよりも、保存状態がかなりいいな……。

 白い石材で造られた壁や柱は、ところどころが欠損しつつも長い年月を見事に耐えていた。

 ともすれば、まだ住民がここに残っていそうに思えるほどに。


「何だか異世界みたいですね」

「……ぶっ!?」

「え、どうかしました?」

「何でもない。それより、あれモンスターじゃないですか?」


 そういうと、俺は通りの先にある広場を指差した。

 その中心には、悪魔を模したような石像が鎮座している。

 黒い石で出来たそれは、白い石で出来た街の中にあって異様な存在感を放っていた。

 さらにその赤い眼は、わずかながら動いているように見える。

 ――ガーゴイル。

 古代魔法文明の作成した高性能な魔法生物である。

 ゴーレムよりも賢く、さらに様々な魔法を使いこなす厄介な相手だ。

 しかも、背中に翼が生えていることからして飛行能力も備えていそうである。


「気を付けてください。あいつ、近づいたらすぐに攻撃してきますよ」

「……んん? ちょっと変じゃない?」


 ここで、神南さんが急に怪訝な表情をした。

 彼女は周囲を見渡すと、さらに眉間に皺を寄せる。


「見た感じ、図書館へ行くならあの広場を通るしかないわ」

「ええ、そう見えますね」

「だったら、私たちより先に来た千鳥の連中はどこへ行ったのよ?」

「言われてみれば……」


 イル・バランの都市遺跡は、やはり何と言っても図書館が目玉である。

 遺跡の攻略を掲げる千鳥の討伐者たちなら、真っ先に向かっていてしかるべきだろう。

 他の場所を攻略している可能性はもちろんあるが、俺たちだって結構な時間を撮影に費やしている。

 この広場をまだ通っていないのは、少し不自然なような気もした。


「撮影してて、まだ来てないとかじゃないですか? 俺たちが追い抜かしたのかも」

「うーん、こっちもだいぶ時間かけてたんだけどね」

「とにかく、図書館へ急ぎましょう。連中が撮影を始めたら、十分に書物が読めないかもしれないですし」


 先ほどのあの様子なら、撮影に邪魔だから移動しろぐらいのことは平然と言ってきそうである。

 素直に従う義理はないが、彼らとトラブルを起こすのもいろいろ面倒だろう。

 それよりは、さっさと図書館に入って本を確保してしまうに限る。

 

「とにかく、あれを倒すしかないか」

「ええ、やっちゃいましょう」

「私が援護します!」


 ここで来栖さんが、はいはいと手を上げた。

 彼女のイデア『完全なる眼』は戦況の把握にはこの上なく役立つだろう。

 空を飛ぶガーゴイルと戦う上で、かなり心強い。


「よし、行きますよ!」


 広場に向かって走り出す俺たち三人。

 こうして、ガーゴイルとの戦いが始まるのだった。

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