第九話 ナイトアーマー

「我々はいろいろと準備があるからね、一足先に行かせてもらうよ」


 俺たちを押しのけて、先に進もうとする千鳥のメンバーたち。

 モンスターを撮影するための機材だろうか?

 バスから降ろした大きな機材を、何人かのメンバーが神輿のように担いでいた。

 こりゃまた、ずいぶんと大掛かりだな……。

 俺が半ば呆然としていると、神南さんが呆れたように言う。


「ちょっと、あなたたちその人数で行くの?」

「そうだが?」

「合同討伐を除いて、カテゴリー3以上のダンジョンはモンスターを刺激しないように少人数で向かうのが鉄則でしょう?」

「うちのカンパニーの戦力なら、単独でも問題ないさ」


 よほど自分たちの実力に自信があるらしい。

 男はそう言って神南さんの提案を一蹴すると、そのままメンバーを引き連れて扉の中に入っていった。

 無視されたことがよほど悔しかったのか、神南さんはぐぐっと歯ぎしりをする。

 

「何なのあれ……! 人がせっかく注意したのに!」

「千鳥は昔からああなんですよ、気にしたら負けです」

「前にも何かあったんですか?」

「私もいろいろ活動してるので、ヤバい噂とか聞くんですよ」


 なるほど、業界の噂ってやつか……。

 意外とそういうのって当たってたりするんだよな。

 火のない所に煙は立たぬというが、あれは結構正しい。


「千鳥のことはほっときましょ。関わるだけストレスたまるわ」

「気を取り直していきますか」


 俺たちは扉の中へと入ると、そのままダンジョンの入り口へと向かった。

 こうしていくつもの隔壁を超えて進むと、やがて大きな門が姿を現す。

 カテゴリー4というだけあって、その大きさはこれまでのダンジョンとは明らかに異なっていた。

 さらに門柱や扉に装飾が施されていて、豪華さも大幅に上がっている。


「おぉ、めっちゃカッコいい……!!」


 門柱の上に座るように据えられた悪魔の彫像。

 それが気に入ったのか、来栖さんはさっそくカメラを出して撮影した。

 まだダンジョンに入ってすらいないのに、すっかりテンションが上がってしまっている。


「こっちの天使の像もマジ美人!! ヤバいな、止まらない!」

「……そろそろ行かない?」


 数分経過したところで、しびれを切らすように神南さんが告げた。

 そのどことなくピリついた口調に、流石の来栖さんも異変を察知したのだろう。

 彼女は撮影を辞めると、改めて門全体をまっすぐに見据える。


「じゃあ、行きましょうか!」

「ええ」


 こうして門を潜ると、いつもの浮遊感が身体を襲った。

 永遠のような、一瞬のような。

 表現しがたい独特の時間が流れると、たちまち俺たちの視界が一変する。


「すごい……」

「想像以上だ……」


 悠久の歴史を感じさせる乳白色の広大な遺跡。

 その上に広がる星降る夜空。

 群青色の空に無数の星が煌めき、どこまでも果てしなく続いている。

 白い星に青い星、さらに赤い靄のような天の川。

 夜空は想像していたよりもずっと多くの色に彩られていて、俺たちはたまらず眼を奪われる。

 

「……撮らなきゃ」


 来栖さんはただ一言そういうと、ザックからカメラを取り出した。

 そしてすぐさまファインダーをのぞき込み、一心不乱に撮影を始める。

 普段はとても騒々しい彼女なのだが……。

 ここに至っては、言葉など不要と言わんばかりに無言で撮りまくる。

 興奮が度を過ぎると、逆に無口になってしまうようだった。

 俺と神南さんは彼女が安心して撮影に打ち込めるように、すぐさま周囲の警戒に当たる。


「油断しないでよ。いつ何が来るか分からないから」

「もちろん」


 来栖さんの周囲を、円を描くように回りながら魔力探知をする。

 流石カテゴリー4だな、思った以上に周囲のマナが濃い。

 実体化するほど濃密なマナが、さながら水のように魔力の通りを阻んできた。

 これだと、索敵範囲は普段の半分ってとこだな。


「……来たわ! ナイトアーマーよ!」


 やがて姿を現したのは古めかしい鎧をまとった騎士……ではなく、鎧のモンスターであった。

 本来、人の肉体があるべき場所には得体のしれない黒い塊が詰まっている。

 鎧に強い怨念が宿り、モンスター化したというところか。

 ヴェノリンドにも、似たような系統のモンスターがいたな。

 虚ろな魂を宿した鎧が、次々と廃墟の中から立ち上がりこちらに向かって歩き出す。


「流石カテゴリー4ね、いきなりこんな強敵が来るなんて」

「強いんですね、あいつら」

「ええ。ナイトアーマーは一体一体が剣の達人よ。縮地まがいの動きをするし」

「それなら……」


 俺は地面に手を当てると、木属性の魔力を注ぎこむ。

 たちまち地面から無数の蔦が伸びて、ナイトアーマーたちめがけて殺到した。

 すると連中は驚くほどの速さで剣を振るい、蔦を切り落としていく。

 神南さんが達人と評するだけあって、その速さは人間離れしていた。

 いや、実際に人ではないわけなのだが。


「やりますね!」

「この程度、問題ない」


 ズンッと地面を踏込み、一気に飛び出していく神南さん。

 剣が燃えて、赤い輝きが夜空を照らす。

 俺は彼女の援護をすべく、ここぞとばかりに蔦を向かわせた。

 すると、熱気に晒された蔦が燃え始める。


「…………!!」


 炎を纏い、威力を増した蔦にナイトアーマーたちはわずかながら動揺した。

 その隙をついて、神南さんが一気に鎧の隙間へと剣を差し入れる。

 ――ガシャン!!

 騒々しい金属音とともに、ナイトアーマーの身体がバラバラになった。

 神南さんは続けて二体目、三対目と処理していく。

 対するナイトアーマーたちは、脅威の優先度付けが上手く行っていないのだろう。

 神南さんに対する対応が後手に回り、防戦すらままならない。


「片付いた」

「流石ですね」

「あなたのおかげよ。おっと、また来た!」


 話しているうちに、再び押し寄せてくるナイトアーマー。

 流石はカテゴリー4、ハードな討伐になりそうだな。

 俺たちは撮影を続ける来栖さんを横目で見ながら、再びモンスターの群れと対峙するのだった。

 

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