第六話 星空の都

「ぐへへ、いい写真がいっぱい……!」


 その日の夕方。

 ダンジョンを出たところで、さっそく撮影データの確認をする来栖さん。

 その顔は緩み切っていて、どこか危ない雰囲気すら漂わせている。

 ……傍から見ると、風景写真ではなくエッチな写真でも見ているようにしか見えないな。


「その顔、犯罪級だからちょっとやめてよね」

「いやいや、私は美少女なので無罪ですって!」

「自分で美少女って言うな! ったく調子いいんだから……」


 やれやれと呆れた顔をする神南さん。

 そうしているうちに、来栖さんは今日のベストショットを決め終えたらしい。

 彼女はノートパソコンで簡易な編集を済ませると、自慢げその画面を見せてくる。


「これでばっちり! フォロワー千人は増えますね!」

「へえ、流石ね。写真自体は最高じゃない」

「おおぉ……儚げでいいですね」


 パソコンの画面には、夕日に照らし出された浮島が完璧な画角で撮影されていた。

 二百枚以上の写真から選び抜いただけあって、実に荘厳かつ繊細。

 夕日の光条と浮島の組み合わせは、さながら天上世界の一端のようである。

 流石、ダンジョン内の写真で十二万人もフォロワーを獲得しているだけのことはある。


「あとはこれをアップして、よしっと! 今日一日の作業終了です!」

「なかなか大変だったわね……。いつもこんな感じなの?」

「はい! 撮影に出かける日はだいたいこうです!」

「そりゃ、これだけこだわってれば伸びるわけね」


 半ば呆れたように呟く神南さん。

 するとここで、来栖さんが何やら格言めいたことを言う。


「インフルエンサーには狂気が必要ですから! 無茶苦茶をやり続けた者だけが勝つのです!」

「何となくだけど、言わんとすることは分かるわね……」

「もちろん、細かいテクニックはいろいろとあるんですけどね。まずはお二人にそこを分かってほしかったんです」


 それでいきなり、ダンジョンの前で待ち合わせをして撮影に同行させたという訳か。

 小手先の技術を教えてもらうよりは、ある意味でためになったかもなぁ。

 その手の方法論なら、ネットを漁ればどこかに転がっているだろうし。

 けれど、今日のような経験はなかなかできるものじゃない。


「そうね、今日はいろいろためになったわ。ありがとう」

「いえいえ、こちらこそ! しかし、ダンジョンイーターを倒すなんてほんと凄いですよね! もしかして、桜坂先輩と一緒なら……」


 急に、何か考え込み始めた来栖さん。

 眉間に皺を寄せて、何やらずいぶんと真剣な様子である。

 一体どうしたのだろうか?

 俺が話を聞こうとしたところで、彼女は懐から一枚の写真を取り出す。


「これを見てください」

「何ですか、これ? 星……?」


 写真に映し出されていたのは、星空に照らされる廃墟であった。

 星々の煌めく空に、遺跡を思わせる廃墟群が浮かび上がっている。

 これはひょっとして、ダンジョンの中の風景なのだろうか?

 あいにく俺に見覚えのない場所だが、日本の光景には思えない。


「数あるダンジョンの中でも最も美しいとされる、入鹿ダンジョンです」

「入鹿って、あのカテゴリー4の?」

「はい!」

「あんたまさか、写真を撮りに行きたいから同行してくれって言うつもり?」


 頬をピクピクとさせながら、顔を引きつらせる神南さん。

 その表情からは、微かな怒気すら感じられる。

 しかし、来栖さんは全くひるむことなく言う。


「その通りです! この入鹿ダンジョンは、現存するダンジョンの中で最も美しいと言われ続けてきました! でも、内部を撮影した写真はこの一枚だけ! これだって私が修正しなきゃ、手振れしまくりで見れたもんじゃないんです! そんなもん、ダンジョンに失礼でしょうがぁ!!」


 よほど思うところがあったのか、来栖さんは感情のままに叫んだ。

 彼女の写真にかける情熱は本当に半端ないものがあるな……。

 流石の神南さんもその迫力に一瞬気圧されてしまうが、すぐに反論する。


「そうは言っても、カテゴリー4よ? どれだけ危険か分かってるの?」

「わかってます。お礼は十分にしますし、写真さえ取ればすぐに引き上げますから!」

「……お礼って言ってもねえ」

「前に見つけたアーティファクトがあります。耐性系の腕輪で、市場にもほぼ出ないやつです!」


 アーティファクトの価値がよくわからない俺だが、かなりの代物ものではあるらしい。

 完全に否定的だった神南さんが、腕組みをしてうんうんと悩み始めた。

 やがて彼女は、どうするとばかりに俺に眼を向けてくる。

 

「……とりあえず、入鹿ダンジョンってどんなところなんですか?」

「古代都市の遺跡ですね。ギリシャとかローマとかそんな感じの街並みが広がっていて、さらにその上には常に満天の星が煌めいてるんです。星空の都とか言われてます!」

「いや、風景の話じゃなくて……んん?」


 そんな場所の話、どこかで聞いたことがあるな……?

 それも今世ではなく、恐らく前世での話だ。

 常に闇に閉ざされた古代都市イル・バザンだったか?


「そこ、もしかして遺跡の中心に図書館とかあります?」

「そうです! 未知の言語で記された本が数十万冊、ここもフォトスポットです!」

「やっぱり……!」


 イル・バザンの魔法図書館。

 異世界ヴェノリンドでも非常に有名な場所である。

 古代魔法文明の叡智を記した書物が無数に保存されている夢のようなところだ。

 しかし、そこへ至る道のりは非常に困難。

 天涯の山脈と底なしの樹海、さらに死霊の湖を超えて行かねばならない。

 そのため賢者と呼ばれた前世の俺ですら、一度は訪れたいと思いつつも行ったことはなかった。


「俺、そこ行ってみたいです」

「ほ、ほんとですか!? やった!!」

「その図書館の本に、すごく興味あるんです。危ない目に遭っても見たいぐらいに」

「…………ま、カテゴリー4と言っても迷宮主以外ならあの吸血鬼よりは弱いか。私もいいわよ」


 渋々と言った様子ながらも、そう言って許可を出す神南さん。

 たちまち来栖さんの顔がほころび、凄い勢いで神南さんに抱き着いていく。


「二人とも、マジ神!! 世界で一番愛してます!!」

「二人なのに一番とは?」

「細かいこと言わないで! さっそく、予告ツイートしちゃいますね!」


 すぐにスマホを取り出して、入鹿ダンジョンの撮影を予告する来栖さん。

 「詩条カンパニーの協力で」と頭につけているのは、流石にSNSに慣れている。

 こうして俺たちは、入鹿ダンジョンへと向かうこととなったのだった。

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