第二十三話 覚悟

「神南さん! そいつ、同じ技は二度と通用しないんだ!」

「……そんなことある!?」


 俺の言葉をすぐには信用しない神南さん。

 言葉で説明しても埒が明かないと思った俺は、再びライトニングを放った。

 外気法を使い、威力を最大限まで底上げしたバージョンである。

 たちまち稲光が宙を引き裂き、フェムドゥスの身体を紫電が走る。

 だが、フェムドゥスの不気味な微笑みを崩すことすらできなかった。


「見ました? 同じ攻撃は通らないんだ」

「……なんてことよ」

「恐らく、コウモリを攻撃するのに使った技はもう全て通用しなくなってる」


 最初に襲撃を仕掛けてきたコウモリの群れ。

 あれは間違いなくフェムドゥスの眷属だろう。

 吸血鬼と眷属は五感のすべてを共有することができるので、コウモリに対してつかわれた技もフェムドゥスは受け付けなくなっているのだ。

 自身の一部ともいえる眷属を使い捨てにしてでも、攻撃の無力化を図ってくるとは……。

 非情だが、極めて効果的な作戦だった。


「それだと、頼りになりそうなのは……」


 顔をしかめながら、神南さんは七夜さんの方へと視線を向けた。

 相手が空を飛ぶコウモリということで七夜さんは攻撃に参加していない。

 彼女の攻撃は基本的に素手で行うため、リーチが短いのだ。

 しかし、攻撃系のイデアのこと如くが無効化された今となっては俺以外で有効な攻撃を撃てそうなのは七夜さんしかいない。


「黒月さん! あなた、いつものあれは撃てる?」

「問題ない。けど、このままだと相手の動きが早すぎる」

「なら、俺が一時的に奴を止める」

「樹さんが?」


 名乗りを上げた樹さんに、俺は思わず首を傾げた。

 そう言えば、彼のイデアっていったい何だろうか?

 サポート系と言っていたが、これまでのところ発動させているのを見たことがない。

 時折、妙に小さな音を聞き分けていたので情報収集系の能力だと思っていたのだが……。

 俺があれこれ考えていると、七夜さんが渋い顔をする。


「……洞窟でやるの?」

「仕方ねえだろ、ほかにあの迷宮主を止める手がねえんだから」

「……やむを得ない! 全員、距離を取って耳を塞いで!!」


 樹さんの能力のことは、どうやらかなり有名らしい。

 神南さんがそう判断を下すと、後方支援の討伐者たちを中心に何人かが慌ててその場を離脱した。

 俺も近くの岩陰に身をひそめると、しっかりと耳に手を当てる。

 ……さあて、一体何が起きるんだ?

 俺が恐る恐る見守っていると、あろうことか樹さんはマイクのようなものを取り出して――。


魂の雄叫びソウルシャウト!!」


 ……うおっ!?

 洞窟全体に響き渡る、もはや音というよりも衝撃波と言った方が適切な雄叫び。

 意識して警戒していたにもかかわらず、意識を持っていかれそうになった。

 こりゃ、確かに洞窟で使うのは危ないぐらいの能力だな……!

 補助系とか言ってたけど、十分過ぎる破壊力だろこれ!

 さしもの怪音波に、フェムドゥスも感覚を乱されたのだろう。

 空中にとどまっていることができず、フラフラと地面に舞い降りる。


「この痛み、覚えたぞ……!」

「どうせこれっきりだよ。黒月、あとは任せた!」

「ん、あとはやる」


 樹さんと入れ替わるようにして、七夜先輩が前に出た。

 彼女は機動服の手袋となっている部分を掴むと、邪魔だとばかりに投げ捨てる。

 以前に見た十倍パンチの時にはなかった動きだ。

 もしかして、さらに強力な技があるのか……?

 俺が固唾をのんで見守っていると、七夜さんの目がカッと見開かれる。


「……百倍パンチ!!」


 手袋を外し、露わになった肌がにわかに緋色の光沢を帯びる。

 あれは、ヒヒイロカネか!!

 あまりに貴重な素材の登場に、俺はたまらず眼を剥いた。

 ヴェノリンドでは、神々の金属ともされている超貴重品である。

 圧倒的な硬度と不滅と言われるほどの耐久性を誇り、さらにとにかく重い。

 そうか、鉛よりさらに重くて硬い金属なら威力も上がるってわけか……!!


「いける!」


 あれが当たれば、あの吸血鬼を倒せる!

 俺がそう確信した瞬間であった。

 急に七夜さんがバランスを崩し、前のめりに倒れて行ってしまう。

 ――ズゥンと重い地響き。

 拳の軌道は大きくずれて、フェムドゥスではなく洞窟の地面にクレーターを作った。


「黒月さん!?」

「おい、どうした! ……うっ!」


 樹さんが急いで駆け寄ろうとしたところで、彼もまた胸元を抑えて倒れてしまった。

 こんな時に、一体何が起きた!?

 二人とも急に倒れるなんて、あいつが何か仕掛けたのか?

 いや、もしかすると……さっきの……。

 俺の脳内である考えが浮かぶが、今はそれどころではない。

 まずはフェムドゥスをどうにかしないと!


「……天は我に味方をするようだ。喰らい尽くせ!!」


 フェムドゥスの翼から、無数のコウモリが飛び立った。

 たちまち数名の討伐者が群れに呑まれ、悲鳴と共に血を吸われていく。

 まさに地獄絵図というのが相応しい状況に、討伐者たちも混乱に呑み込まれる。


「……撤退だ!!」

「クッソ、あんな化け物がいるなんて聞いてねえよ!!」


 ここでとうとう、戦線が崩壊し始めた。

 後方にいた討伐者たちから、次々にその場を離脱していく。

 二十名ほどいた討伐者が、あっという間に俺たちを残していなくなった。

 俺は七夜さんと樹さんを両脇に抱えると、どうにかフェムドゥスから距離を取る。

 一方、まだ前線に残っていた神南さんはギュッと唇をかみしめた。


「もう無理か……!!」

「神南さん、俺たちも逃げましょう!」

「ダメ! 誰かが足止めしないと、あいつはすぐにみんなに追いつく!」


 ……確かに、神南さんの言う通りだ。

 人間が走る速度よりも、コウモリが飛ぶ速度の方がよほど早いだろう。

 加えて、俺たちは身動きの取れない七夜さんと樹さんを連れて行かねばならなかった。

 ここで誰かが足止めしなければ、全員がやられてしまう。


「……発破用の爆薬があったでしょ、あれを使う」

「え?」

「洞窟の一部をぶっ飛ばして、あいつをこの場に閉じ込める。モンスターはダンジョン内の物質はすり抜けできないから」

「そんなことしたら、残った人は確実に死にますよ!」

「だから、私がやる」


 そう言うと、神南さんはすぐに資材の置かれている空洞の端へと走った。

 あまりにも迷いのない行動だった。

 どうしてそんなに簡単に、命を捨てるような決断ができるんだよ……!

 俺はすぐさま身体強化魔法を発動すると、彼女に追いついてその手を掴む。

 ……こうなったら、覚悟を決めるほかない。

 前世も含めれば、俺よりはるかに年下の神南さんが死ぬのを黙って見るわけにはいかなかった。


「……離して」

「そんなことしなくていい。俺が倒す」

「無責任なこと言わないで。できるわけないでしょ……!!」

「できるさ」


 俺は神南さんにそう言うと、改めてフェムドゥスの方を睨みつけた。

 おーおー、こちらが何もできないと思って高みの見物をしてたみたいだな?

 吸血鬼らしく整った顔には、俺たちを見下すような厭味ったらしい笑みが張り付いていた。

 ……すぐにこれから、吠え面をかかかせてやるけどな!

 

「何をするつもりだ?」

「力を隠すのはやめだ。正々堂々、お前を叩き潰すことに決めた」

「どうやって? 我に同じ痛みは通用せんぞ?」

「簡単だよ。俺の魔法は千種類あるから」


 そう言うと俺は、右手と左手にそれぞれ火と水を出現させるのだった――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る