026:願い

「テオはなんで、あの家に?」


 住居区を抜け商店街の道を歩いていると、オスクさんがそう問いかけてきた。実家だから。と言えばそれまでなのだが、そうではないとは流れでわかる。


「……メッセージが来たんですよ、」


 兄の任命記念パレードにかこつけて、戻ってこい。というメッセージ。今になって思えば、『帰ってこい』とは言っていない点からしても、父上の最後の表情からしても。


「操り人形にするために、戻そうとしたんです」


 形だけの社長にするために。利益を受け取り続けるために。あのまま捕まっていたとしたら――考えただけで、身震いがした。


「ディーデリヒのことがなかったら、テオはここに帰らないだろ?そこを突いて、囲うことは想像できただろ」


 見に行ってよかったよ。と言われてしまったら、申し訳ない気持ちになった。前を歩いていたオスクさんは、その気持ちを察したのか、後ろを振り返る。


「まあ、なんとでもなるさ。……これとかな」


 端末を放って投げられ目線を向けると、画面がついていることに気が付いた。表示されていたのはメッセージの一つ。送り主、は。


「あ、ああ……」


 目の前が、滲んで、画面が見づらく、手元が濡れていく。

 目の前からオスクさんが来て頭に手をのせられるが、払う気にもなれなかった。


「……ディーデリヒはな、お前に自由でいてほしいんだよ」


 ――パイロットになりたい。そう宣言した日から、ずっと。



 * * *



「……テオは出られたかな、」


 リビングに向かいながら、そんなことを思う。家のことを考えず、自由に動いてしまったが故に弟にも自由にしてほしいと思うのだ。それに、この家は窮屈すぎる。

 名前を呼ばれてから、側仕えに端末を渡される。そこには、旧友のメッセージが新着として表示されていた。一通り読んで、微かに笑うと側仕えに「どうされましたか、」と聞かれる。


「いや……あいつらしいな、って思ってね」


 首を傾げる側仕えに、気にしないように。と伝えると、真面目な彼は「そうですか」と一言だけ言い、黙ってしまった。


「あいつに任せておけば、大丈夫だな。ああ、あとはあいつの懸賞金を外すよう根回ししないと……」


 いや、いっそのこと弟に撃墜されて、捕まるまで放置しておくか?――そんな楽しい考えが、頭の中に浮かんでは消えていく。


「この楽しさが、テオにも伝わったらいいんだけど」


 細めた目は、目の前の扉に向けられていた。



 * * *



 テオドールは困惑していた。

 兄であるディーデリヒからのメッセージを読んで、しばらく佇んでいたら周りを囲まれたのだ。

 一瞬僕が目的か。と思ったが、どうやら違うらしい。それもそのはず――。


「オスク、お前そいつどうするつもりだ!」


 目の前にいる人物――『マーシナリー』のまとめ役、グラウンさんがオスクさんに向かって話して――怒鳴っている。おおよそ、僕が涙目なところを見てしまったのだろう。それを察してか、オスクさんも言い返す。


「いや、これは不可抗力っ!」

「じゃあなんでテオドールは泣いてんだよ!」

「だから不可抗力!」


 ――というか、二人は知り合いだったのか。すこし輪から外されたような気がして拗ねていると、後ろから肩を叩かれる。振り返ってみれば、アーロンさんがそこにいた。


「久しぶりだね」

「お久しぶりです。って、なんでここに?」


 テオドールを助けに行ってくれ、なんてメッセージ貰ったらしくてさ。から始まった話に、私はオスクさんの方を見た。……不器用なこの人に、何度助けられたか。


「ま、目元は赤いけど大丈夫そうだね、後で冷やしな」


 そうアーロンさんは言って、未だに言い合いしている二人に向かって入っていった。

 ――コラァッ!いつまで言い争いしているんだい!

 ――こいつが……!

 ――どうでもいい!とりあえず――、


「言い合いは、ヴァルキリーでしな!」


 アーロンさんは、二人に鉄槌を落とした。他のメンバーにも、アーロンさんが一声かければ撤収という言葉とともに、エレベーター方面――ドッグへと進んでいく。僕はそのやり取りについ笑ってしまった。ちらりと途中、オスクさんの方を見れば疲れたような、呆れたような顔をしながらも、僕に向かって言う。よかったな、と。

 僕はそれに対して、笑って返事した。


 * * *


 その後、空母『ヴァルキリー』に移動し、そのままガルア星系を脱した。僕の小型戦闘機がアルカナリア・ステーションに置いてあることもあって、一度ルミノウス星系へと戻ることにしたのだ。

 しばらくはルミノウス星系でお金稼ぎ、と行きたいところだったのだが、目的が『マーシナリー』の面々と被ってしまったため、今は次の目的地を探している。いるところなのだが――。


「オスクさん、どうしたんですか」


 アルカナリア・ステーションのパイロット用休憩室。その向かいのソファに座るオスクさんがじっとこちらを見ているのに対して、問いかけてみる。


「……んー、いやー」


 にこにこ。という擬音でも付きそうなぐらい、笑顔の彼に、疑問を抱きながらも僕は端末で次の目的地探しと同時に仕事を探す。

 中型の輸送機体をこのステーションで作ったこともあり、できれば輸送の仕事を受けたいのだが、どうも視線が気になる。

 ちらり、と端末越しにオスクさんの方を覗けば、「なあ、」と話を切り出された。

 思いのほか、真面目な顔をしていたので、僕も自然と姿勢が伸びた。


「なあ、テオ。連邦領に行ってみないか」


 連邦。この宇宙での三大勢力のうちの一つ。最大勢力を持っているが、現在ではその規模を縮小している。という噂だったが――。


「連邦領星系、ブルーホライゾン。輸送任務なんだが、少し遠くてな」


 どこで宇宙海賊に襲われるか分からないから、俺は護衛として。テオは輸送屋として。


「どうだ、いい話だろう?」

「まあ、オスクさんと、ってところを除けばいい話ですね」


 端末に視線を戻して、検索を再開する。が、いい仕事が見つかるわけでもなく。

 一つ大きくため息をついて、端末を置く。オスクさんの方に、手を伸ばして、名前を呼んだ。それに対して、オスクさんは「どうした」と言わんばかりに、首を傾げる。


「連邦領。行くんでしょう?」


 そう言えば、オスクさんは自身の横に置いてあった端末を取り、こちらへと画面を向ける。


「これだ、中身は――」



 西暦五〇二一年四月二十日。

 テオドール・ハイネンがパイロット養成機関を卒業し、約一か月。

 そしてオスク・ハースキヴィの懸賞金が手続きが済み、失効されてから一週間後。

 ――独立パイロット同士の、奇妙な任務が始まろうとしていた。

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プラネットログ 紅莉 @Lidy

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