第22話:壊れたルビー
一方、本陣営では。
肩の処置を終えたフォクスが、オウルに担がれていた。ようやく正常な呼吸を始めたガルガの元へ歩いて行く。
馬族は、八人が犠牲になった。何とか生き延びた長も、軍医がつきっきりで銃弾の除去に当たっている。
焦げた尻尾に欠けた耳。眼鏡はとっくに壊れている。小柄なローブに身を預けたフォクスが、苦い顔で吐き捨てた。
「ああもう、痛い! くっそー、王族警備隊め」
「フォクス、致命傷にならなくて良かったな」
「それこそ砂に潜ったお陰よ。めっちゃ怖かったんだから!」
話によると、タカマガハールの湖畔には本当に白銀の石楠花が密生していた。馬族は、いつも通り王族警備隊の
隙を狙った、ガルガとフォクスが動いた。
ところが、急に蒸気自動車が走ってきたと言うのだ。
一度は、草むらに姿を隠した二人。だが、自動車に積まれた鉄の檻が状況を一変した。
中に鉄の鎖で手足を拘束されたペリドットがいた、と言うのである。
後は、馬族が報告した通りだ。
ガルガに盛られた毒が威力を発揮。見越したかのように、王族警備隊が銃を放った。
そして、白銀の
意識のないガルガを連れ、フォクスは砂の中に待避。それでも王族警備隊は、執拗にガルガを探した。
怪我まみれの狐を担いでいたオウルは、ペリドットの名を聞いて固まってしまった。
夜空を仰ぎ、シュクフクを睨みつける。
「……娼館での話も筒抜けだったのか? 俺はここで、ペリドットの国は出したが彼女の名は出してないぞ」
「前にスラムへ行った時も、様子がおかしかったわよね。獣人族同士で仲違いをさせたいのかなって、あの時は思ったんだけど」
話ながら歩いているうちに、二人はガルガの目の前に到着していた。彼の側では焚き火が起こしてあり、未だ横たわる身体を暖めている。
手が離せない軍医の代わりに、オウルがありもので薬を煎じた。
それが良く効いたのだろう。酷くやつれた様子だが、ガルガの意識はハッキリとしていた。
揺らめく炎を、ぼんやりと見つめている。
彼の周囲には、帝国軍兵士が集まっていた。昼の見回りを終えた者達も帰ろうとしない。皆、隊長の安否を心から心配しているのだ。
輪から百メートルほど離れたところで、紅が一人、悲嘆に暮れていた。泣き叫ぶ声は、獣人の耳に嫌でも響く。
「ガルガ、別の薬を持って来た。かなり吐いたからな。身体が強ばって動けないだろ」
「済まない、オウル。その……紅は、どうしてあんなに泣いているんだ?」
言い過ぎてしまったと唇を噛んだオウルが、顔を曇らせる。肩を借りていたフォクスが溜め息をついた。
「瑠璃国の事、喋っちゃったんでしょ」
「まるで俺達が内通者みたいな言い方をするから……つい」
煎じ薬を口に含んだガルガは、改めて焚き火を見つめた。揺らめく炎が金色の瞳を照らし出す。
「ボクとガルガが落馬した時、あの子が助けてくれたのよ? ボクは割に放っておかれたけど。ガルガには、そりゃあ必死だったんだから」
フォクスの言葉も虚しく。紅が獣人族に向けた疑念は、あっという間に陣営を伝播していた。あからさまな悪口は言わぬものの『やはり、彼女はヒトなのだ』と皆、表情で語っている。
ガルガは、獣人達を見渡すと膝を強く叩いた。いい加減にしろと、帝国軍を
「紅は、
獣人族を束ねる長の言葉に、全員が俯いて押し黙った。
◆
紅は、ただひたすらに泣き続けた。
これ以上、泣けないくらいに泣いて、声も
未だ立ち上がれぬ紅。そんな彼女の抱えるルビーが手の中で急に振動を始めた。勢いのついた宝石を押さえるだけの余裕がない。
掌から飛び出したルビーが宙を浮く。
そして、紅の頭上でビシッと最後の音を立てた。
「え、何……いや、嫌だ」
涙でくちゃくちゃの顔が、必死に手を彷徨わせる。
彼女はくノ一だ。感情を揺さぶられた先にあるのは『死』ただそれだけ。生き抜く為に、沢山の感情を殺した。
けれども今の紅に、これ以上の負荷は余りにも酷だ。
全ては妹、楓の死から始まった。
里での処刑。
そして、砂漠の地でシュクフクとセイショクを見た。
心臓の薬を巡って、大事な人が死にかけた。
猜疑心にかられ、仲間を失望させてしまった。
故郷は何百年も前に消えてなくなった。
その上、アイヤの魂まで何処かへ行ってしまうのか。
「アイヤ……? 行かないで! 私を置いて行かないでよ!」
悲鳴を上げる、紅。
ついに耐えきれなくなった身体が、どさりと崩れ落ちてしまった。
「……紅!」
ガルガは堪らず走り出していた。平衡感覚を失った身体は、動かすだけで吐き気がする。だが、そんなものはどうでも良い。ガルガは砂を蹴り思い切り走った。
誰よりも早く紅の元へ。
オウルやフォクス、獣人兵士らも後を追う。
辿りついたガルガ達は、その光景に息をのんだ。
目の前に紅がいるというのに、身体が上手く動かない。
倒れてしまった紅の上をルビーの欠片が渦を巻き、くるくると回っている。
アイヤの贈り物である小さなルビーが、紅の頭上で
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます