03 心優しき人々
「………?」
人々が大勢いる状況を見て、女は戸惑う。
そんな中、人々は口々に言った。
「へぇ、この人が噂の人。それに記憶喪失…なんだね」
女を見て、そう1人の少年が。
「この人が噂の記憶喪失の女の子なの?可愛い顔してとんでもない目に遭ってるわね……」
赤髪の女性が。
「司祭が運んだのはこの人だったんですね!」
神官と執事の服を合わせたような翡翠色の髪の青年が。
そしてそのざわつきを収めたのが、集団の先頭にいた紺色の髪に花飾りをした女性だった。
「はいはーい、皆少し静かにしてね。それとシェル、貴女が言ったのはこの人ね?」
「そうだぞ!記憶喪失らしくてな」
「そう……」
花飾りの女性は、ちらりと医者の方を見る。
「ヒョゼルさん。実はシェルからそこの彼女について知らせを受けて住民全員とはいかないけれどこの私たちで話し合ったの。そこの彼女を、この街に向かい入れてあげようか、って」
その言葉を受けた医者……改めヒョゼルは、花飾りの女性とその後ろの住民たちに目を向け「そうですか…」と呟き、すぐに
「その考え、いいかも知れませんね」
と言った。
「え……それは、どういう…」
女はヒョゼルに聞く。
ヒョゼルはそんな女に対し簡単に言った。
「この街に、住む、という事ですよ」
「この街に、住む……?」
女は少し驚きを交えて言った。それは、身元の分からない自分をこの街へ住まわせるという行動に、理解ができなかったからだ。
「それは…」
どうしてですか。そう女が言おうとした時。
「どうしてそんなことするのか、って?」
「!!」
女が言おうとしていたことを、花飾りの女性は言った。
「え…」
図星をつかれた女は、花飾りの女性を見つめる。花飾りの女性は少し考えて
「どうして、ねぇ。それは、皆が優しいからとしか言いようが無いわよ。この街の人達はみんな根が優しくて鬱陶しいくらいお人好しなの。勿論私もね。だから、困っている人を放っておけないのよ」
それはもう、どうしようもないくらい。
「でも……そんな…」
「遠慮しないの!記憶は、落ち着いてからゆっくり探せばいいと思うの」
そんな花飾りの女性の言葉の後に続くように、後ろの人々も
「そうだよー。遠慮は要らないよー」
「そうよ!遠慮なんて要らないのよ。まずは落ち着かないと!」
「そうですよ!遠慮なんて要りません!何事も冷静に落ち着いてから行動しないと!」
「ほんとそうだぞっ。遠慮するなよな!」
「遠慮は要らないけど休憩はいるわね~」
「街に人が増えるのは嬉しいからな。遠慮するなよ」
と。
なんて、温かい人達なのだろう。女は心がじんわりとした。
「……でも…」
でも。
女はひとつ、自身について疑問に思った。
もし自分が、悪者だとしたら?
記憶が戻って、自分の正体について知り、悪者だとしたら。
「でも、も何も無いわよ。で、住んでくれるの?」
「……」
女が色々と考えていると、ヒョゼルは女に言った。
「どうしますか。決めるのは、貴女ですよ」
「決めるのは……私…」
今は、もし自分がなんなのかを考える時じゃないのかもしれない。今目の前にある選択を、決める時だ。
「……」
この街でお世話になるか、一人記憶を探して…歩き回るか。
花飾りの女性が言う通り、落ち着いてから自分の記憶について探るのが、いいのかもしれない。……自分の正体がどうであれ、後に知る事となるだろうから…。
暫くの間考えて、女は決めた。
「この街でお世話になりたい、です」
女がそう言った瞬間、花飾りの女性をはじめシェルリア、その他の人々は一斉に歓喜した。
「よく言ってくれたわ!なら早速氷刃龍様の所へ行きましょう!」
「へっ……?」
氷刃龍様、この花飾りの女性はそう言った。
氷刃龍様……、どこか、 覚えのある 響きだ。
「氷刃龍様はこの街を守護する龍神様なんですよ」
「そ、そうなんですか……?」
「善は急げよっ!」
花飾りの女性はそう言うと、女の手を引き歩き出した。
「ちょ、ちょっと……」
「あ、自己紹介してなかったわね。私はラービスって言うのよ。花屋やってるから機会があったら来てみなさいよ!」
「いや、そうじゃなくて…っ」
「え?じゃあ……うーん…、分からないわね!まぁ、早く氷刃龍様の所へ行きましょ。はら、歩いた歩いた!」
「………………」
そうして、女は強引にカルフスノウの主 氷刃龍様 という者の所へと連れていかれるのだった……。
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