砂時計

スミンズ

砂時計

 「あ、宇多くん」


 今日は授業が早く終わったので帰り道、寄り道をして小さな本屋で漫画を探していた。すると偶然居合わせた高校のクラスメイトの薫凪かおる なぎが話しかけてきた。


 「あ、薫さん」自分よりも身長の高い薫さんの顔を見ると軽く会釈する。


 「なに探してるの?」


 「えーと、それは……」恋愛漫画だったので僕は素直に言えずにいる。


 「えー、気になる!誰にも言わないから教えてよ」薫さんは満面の笑みで言う。仕方がない。そんな顔をされたら断れそうもない。


 「『砂時計』って漫画だけど、知ってる?」


 砂時計という漫画は男女2人ずつ、計4人がそれぞれ性的、スペック的なコンプレックスを抱えながらも恋心を押し殺して友達でいようとする様を描いた作品だ。結構マニアックな漫画だから知らないだろうとは思うが、一応訊ねた。すると、薫さんは予想外の反応をする。


 「砂時計!?知ってるよ。私は電子書籍だけどさ、発売日に買って読んでるよ」


 そう嬉々として言う。以外だと思った。薫さんはようのグループで、こんな陰湿な漫画共感すら出来ないだろ、と思ったからだ。一体彼女はこの漫画をどんな気持ちで読んでいるんだろう?ふとそう思った。それに薫さんは彼氏がいたはずだ。それこそ、恋愛になんて何も苦労してなさそうなはずなのだ。そんなことを考えると薫さんは少し笑ったように言う。


 「もしかして、この漫画読んでるの意外だと思った?」


 図星をつかれる。


 「うん」


 「それじゃあさ、私がこの漫画にすっごい共感してるっていうのもあんまり信じられないよね?」


 僕は返答に困り、無言になった。


 「だよねー」そう言うと薫さんは苦笑いした。それから、少し間をおいて、畏まったように訊ねてきた。


 「ちょっとさ、これから時間ある?」


 「別に、何もないけど」


 「じゃあさ、私に付き合ってくれないかな?」



 僕が『砂時計』の新刊を買うと、薫さんは本屋を出てすぐにあるカラオケ屋を指差した。


 「え、僕も一緒に?」


 「駄目かな?」


 「駄目じゃ無いけど、ほら、薫さん彼氏いるしょ」


 「あー、はは。それも含めて、ちょっとさ、内密に宇多くんに話したいことがあるんだよね。だからさ。お願い!」


 薫さんは手を合わせて言う。まだピンとは来ないが、話だけでも聞こう。


 「分かった。良いよ」


 そう言うと薫さんは笑って「ありがとう」と言った。



 そのカラオケ屋はセルフレジだった。どうやら既に薫さんはスマホで部屋を抑えていたようだ。


 「えーとさ、まだ制服のままだし、やっぱりクラスメイトにバレたら厄介だから、念のためにね」


 僕はそう言われて先にカラオケ屋に行くように指示された。ドリンクバーでドリンクを継ぐと、指示された部屋へと入り、椅子に座った。


 しばらくしてから、薫さんも同じ部屋へやってきて、テーブルを挟んで向かいに座った。


 「宇多くん、なんか歌う?」


 「うーん。取り敢えず、まだなんで薫さんとカラオケに来たかも呑み込めない…」


 「まあ、そうだよね」薫さんはリュックからチョコレートの個装入りファミリーパックを出すと「食べていいよ」と言った。


 「あ、ありがとう」


 「そんな畏まら無くていいのに。じゃあまあ取り敢えず、なんで宇多くんをカラオケに誘ったか、だよね」


 「うん」僕は頷くと息を飲む。


 「誘いたかったからだよ」


 「え?」


 「なんとなく、今日は宇多くんあの本屋に居そうだなあって思ったんだよ。クラスメイトからさ、ちょくちょくあの本屋で宇多くんの目撃情報があってさ。みんな宇多くんが少女漫画を買ってるって言ってネタにしていたんだよ」


 「えぇ……」それは知らなかった。


 「いやいや!私はネタにしてないよ!それでよーく話を聞くと『砂時計』を買っているって話だったんだよ。キモい恋愛漫画だーとかみんな言っていたんだけどさ。あー、こいつらそんな感想なんだあ、ってボケーっと思ってたんだけれどもさ」


 「結構暴露してきますね」裏でそんなことを言われていたとは思わず少しショックを受ける。


 「あ、ごめん。と、取り直して…。それで、今日は『砂時計』の発売日だから宇多くんが授業終わったらまっすぐ本屋に来るっていうことに賭けて本屋に行ったんだよ。」


 「そうなんだ。でもなんで僕をカラオケに誘いたかったの?」


 「それはね。相談?そうだね、相談。きっと宇多くんとしか出来ない相談をしたかったんだよ」


 「僕としか出来ない相談?」


 「そう」そう言うと薫さんはスマホを出した。そしてあるファイルを出すと僕に見せてきた。


 「これは」


 「ドン引きするかも」


 そう言って見せてきたのは、小さい男の子が裸で描かれた漫画だった。少し性的にも描かれている。同人なのだろう。


 「もしかして、薫さんってショタコン?」


 コクリと頷く。


 「そう。だから今の彼氏は別に好きなわけでもなくて、彼が私に告白したのを気に周りから煽られて付き合っているだけなんだよね。デートだってどっかのファミレス行って買い物をちょーっとだけ手伝ってあげるくらいでね。正直タイプでもないし、性的なお願いとかも全部拒否ってる。取り敢えず自然消滅を狙ってんだ。品性悪くしたくないし」


 「けれど、ショタコンってことは、結構儚いよね」ポロッと僕は言った。


 「え」突然の僕の言葉に薫さんは戸惑ったようだ。言葉を紡ぐべきか悩んだが、正直に話し続ける彼女に応じて、思ったことを喋ることにした。


 「いや、だってさ。恋愛感情の対象が小さな男の子だということは、薫さんがこれから大人になっていくにつれて……、対象の年齢との差が大きくなるってことでしょ。それにたとえ小さな男の子と仲良くなれたとしても、その男の子はいつかショタじゃなくなっていく。いずれその子は大人になって、いずれおじいちゃんになっていく。ということは薫さん的にはとても辛いことなんじゃないかな?」


 「……」薫さんは沈黙した。それから少し間をおいて、言う。


 「全くその通りだよ。私がおもっていることの全てと言っていいかも。『砂時計』を読んでいるから、もしかして私のこと分かってくれるんじゃないかって思っていたんだけど、やっぱりそうだった」そう言うと顔を綻ばせた。


 「だってさ。僕もショタコンだから」


 僕は誰にも言ったことがないことを、薫さんに溢した。


 「宇多くんが?」予想外だと思ったらしく、綻んだ顔をまた驚きの顔へ変えた。


 「うん……。といっても同性愛というわけでは無いんだけれどね。例えば、同年代の女の子にはとても興奮するし、だから分類的には異性愛者になるんだろうね。けれども、なんていうのかな。小さな男の子には目を奪われてしまう。差別じゃないんだけど小さな女の子じゃ駄目なんだよ。そう、天使のようだって、そう思っちゃう僕が、自分で言うのも何だけれど、気持ち悪かったんだ」


 「……そうなんだ。ありがとう。そんなことまで喋ってもらって、ごめん」彼女はとても神妙な顔で言った。


 「いいよ。きっとさ、お互いに打ち明けたかったんだろうし」


 「確かにそうだね」そう言うと薫さんはドリンクを飲んだ。「だからこそ、私は感情的な恋愛をしたいって思ったんだ。それはそれこそ砂時計のような。砂時計は、何もしていなかったら、いつかは時間を刻まなくなる。終わるってことだからね。けれども、その人の見方を変えて、例えば逆さまに見てみるとか?そうするとまた砂時計は時を刻み始める。見た目が性的に合わなくなったと言うなら、似ているところを探してみる。似ているところを探しきったら、その人の長所を探してみる。そうやってその人の感情を探し続けるっていうのが感情的な恋愛だと思うんだ。」


 「感情的な恋愛か。そうだよね。結局人間ていうのは感情的な恋愛が出来る生き物だものね。だからこそ大変だけど、だからこその救いもある」


 「そう。けれどこんな気持ちが芽生えたところでさ、一見してこの人が感情的な恋愛ができる人だって言うのはわからないもんなんだよねえ。だから取り敢えず私はクラスで一番見た目的にタイプで……素直に言うとショタっぽくて、それでいて『砂時計』を読んでいるっていう共通点がある宇多くんに取り敢えず話をふってみようと思ったんだ」


 「ショタっぽい……」向かいの薫さんをみる。確かに、座っててもわかるぐらい僕の身長は小さい。それに童顔だから、たまに女子からいじられることもあった。


 「でもそれは一面にすぎなかった。こうやって宇多くんと話をして、ああ、ようやく私のことをわかってくれる人ができたって、ホッとした。ようやく、砂時計をひっくり返せた気がする」


 そう言うと薫さんは今度こそ、しっかりと笑った。


 「助けになったなら良かった」僕も笑みを返した。


 そんなことを話していると、薫さんのスマホにラインが届いた。


 「彼氏からだ。薫とは馬が合わなそうだから別れないか?だってさ。ね、言ってるそばからだ。一面からしか見てない恋はいつしか終わるって言うことだよ。ほら、すなわち美人は3日で飽きるってやつだよね」


 「自惚れてるなあ」思わず僕は言葉をもらす。慌てて口を隠した。


 「なんて言った?」薫さんはジト目で僕を睨んできた。


 「あ、いや。すみません」


 その顔が、とても可愛かったとは言えなかった。


 ふと時計を見る。もう、いつの間にか予約した1時間を迎えそうになっていた。僕たちはとてもじゃないけど歌う気力なんて残ってなかったので、二人でカラオケを出た。それからは、地下鉄の駅まで二人で歩いた。


 駅で、別方面へ向かう薫さんと別れることにした。


 「今日はありがとう」薫さんが言った。


 「いや、こっちも。素で喋ることができて気が楽になった」


 「それなら良かった」そう言うと薫さんは不意に呟いた。


 「ねえ、もしかしたらさ、君となら砂時計を刻めるのかな?」


 「どうだろうね」僕は笑顔を作って言い返した。


 「それは、次ひっくり返すときに考えればいいよ。それまでは……。友達。そうだ、ショタコン仲間ってことで」


 「いいね、それ。それじゃ、ライングループ作ろうかショタコン同盟で」


 「でも、あの、バレないようにしてね」


 「大丈夫だって」そう言うと、僕らはラインを交換した。少し、ドキドキしたのは気が付かれなかっただろうか?


 「じゃあ、また明日ね」薫さんが言った。


 「うん、じゃあね」そう言うと僕らは改札口で別れた。自分の秘密を知られたのに、いつもよりも気持ちは晴れやかだった。

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砂時計 スミンズ @sakou

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