左手首

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第1話

「困るよ、齋藤さん。今回はお客さんに反論したんだって?いくら言いがかりをつけられたからってね、すみませんって五文字を言っておけばいいんだよ。以後気をつけますって。」




いつものように店長に怒られた。

私は怒りを抑えるように左手首を掻く。

癖になっていた。

なにかイラつくことがあると、左手首を掻くこと。






「齋藤さん、あなたはいつになったら家賃を入れてくれるのかね。困るのよ、ちゃんと払ってくれないと。あなただってね、もう社会人。いい大人なんだから、ちゃんと期限までに払ってくれないと。」




家に帰ると大家のおばあちゃんが怒る。

私はまた左手首を掻く。






そして翌朝。



「齋藤さん、あなたでしょ。ゴミ出しはちゃんと決まった日に分別して出してくれないと、ゴミ収集の方に怒られるのは私なんだから。大人にもなって分別もゴミ出しの日も分からないなんて。」




私はまた左手首を掻く。

大家のおばあちゃんの声を聞くだけでイラつく。

顔を見るだけでイラつく。




確かに私にも非がある。

ゴミ出しに関しては私の非しかないくらいだ。

家賃に関しては、店での私の態度が悪いとよく言われ、店長に給料を下げられるせいだ。

私の態度はそんなに悪いのか?と思う。

店長の言うことは意味がわからない。

言いがかりつけられて、すみませんって言えばいいなんて、私の非を認めろってことだ。

あのときは私に非があったとは思えない。





『いらっしゃいませ。何名様ですか。』

「え、見ればわかるっしょ。どう見ても3人だろ、なぁ。」

「え、何この店員おもしろー。」

「人数も数えられないんでちゅか?」

『席へご案内します。』

「えぇ、無視ぃ?ははっ。」

『席へご案内します。』

「え、お手数お掛けして申し訳ございません、とか無いわけ?」

『こちらに非があったとは思いませんので。席へご案内し...』

「は?え、なにこの人、めっちゃ上からじゃん。ウケる。」

「反論してくるとか普通に態度悪くね?この店員。」

『席へ...』

「だから席へ、じゃねえよ。謝れっつってんの。日本語わかる?」

「あー、もうこの店で食う気無くしたわぁ、帰ろ帰ろー。」

「え、まず謝ってもらおうぜ。」

『私が謝る理由がわからないんですけど。』

「えぇ、まさかの。もういいや、店長にチクるから。」

「店長ー!!」

『店内で大声を出されると他のお客様の迷惑になります。』

「え、まだ生意気じゃん、ウザ。」





ざっとこんな感じ。

どこに私の非があるの?

思い出すだけでイラついてくる。

私はまた左手首を掻きむしる。






そして1週間後。



何度も店長に怒られて。

何度も大家さんに怒られて。

その度に私は左手首を掻いて。

あのときは大きな瘡蓋があるくらいだった。

少し血が出るくらいだった。

でもいつの間にか掻く力が強くなり、強くなり。

左手首の周りは皮膚が全て剥がれていた。

でも無意識に掻いている私は、それに気づかない。




『齋藤さん、何度も言ってるよね。笑顔で接客って。またクレーム入ったよ。もうこの店辞めてくれないかな。店長として言うけど、迷惑なんだよ。齋藤さんが来てから売上が下がりっぱなし。クビだよ、クビ。明日から来ないで。あと、その左手首。気持ち悪いから包帯でも巻いてくれよ。』




また私は左手首を掻いていた。

だが店長に言われてやっと気づいた。

自分で見ても気持ち悪かった。






『齋藤さん、もう出ていってちょうだい。ちゃんと家賃の払える新しい人に住んでもらうから。今週末までには出ていってよ。』




大家さんに怒られ、また左手首を掻く。

ぐちゃぐちゃの左手首。

でも癖だから、今更掻くのはやめられない。

掻いて掻いて、掻きむしって。

ボロッ剥がれたなにかがベチャっと落ちた。




「あはっ、肉、取れちゃったぁ。あはは。」




私は肉片を血だらけの右手に持ち、左手首の骨を見つめて、いつまでも笑い続けた。

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