第162話 若手聖騎士の実力

 聖騎士団本部を訪れるだけのつもりが、あれよあれよという間に王城へと連れて来られた。


 謁見の間だと思われる場所には、既にニコライ団長を始めとした聖騎士団関係者が勢ぞろいしていた。映える真っ白な鎧姿であったが、帯剣はしていなかった。恐らくこの場は近衛騎士以外の武装を許されていないのだろう。


 俺たちも武器や所持品は事前に置いてきた。


(盗まれないか心配だなぁ……)


 まぁ、この国の上層部はある程度信頼している。下手な真似はしないだろう。


 俺たち“白鹿の旅人”の四人は、エイルーン王国の頂点であるアルバート・ロイ・エイルーン陛下がお越しになる間、頭を下げたままその時を待ち続けた。


『うー、緊張するなぁ……』

『シグネ、作法は頭に叩き込んだな?』

『うん! 王様とは直接話しちゃ駄目。話して良い時以外は頭を上げない』

『OKだ。それ以外で王様からの頼まれごとや褒賞については、基本的に俺が話をする』

『あのフランクな王女様を思うと、勘違いしちゃいそうよね……』


 王が来るのを待っている間、俺たちは念話で会話をしていた。


 佐瀬の言う通り、フローリア第三王女が異質なだけで、本来王族とは気軽に話せるような気安い存在ではない。謁見時の作法は国によって異なるらしいが、仮にもこの国のトップにいる相手だ。礼を失すれば、王が寛容でも周囲がそれを許さないだろう。



「――国王陛下、御入室!」


 やたら声の通る兵士の一声に俺たちとその隣にいるケイヤたちに緊張が走った。誰かが玉座のある方向へ歩いている音が聞こえる。他にも複数の者の気配を感じるが、索敵スキルは使っていない。そんな真似をすれば最悪、不敬罪だと言われかねないからだ。


 国王と思われる人物が着席したのに合わせて、その近くにいるであろう者から言葉が発せられた。


「陛下の御前であられる……が、この度は非公式の謁見である。各々、王に対する敬意を払った上、直答並びに拝謁を許可する」

「「「はっ!」」」


 俺たち四人以外の全員が一斉に応答した。


『え? これってどういう事?』

『……無礼講って事じゃないのかな?』

『え!? じゃあ、もう顔を上げてもいいの?』

『……もう少し様子を見ましょう。顔を上げただけで無礼打ちなんて、私は嫌よ!』


 王国の作法を知らない俺たちがそのまま頭を下げ続けていると……


「おい、白鹿の。もう頭を上げてもいいぞ。無礼を働いても決して罰しないことは余が保証しよう」


 聞き覚えのある王の声に、俺たちはようやく頭を上げた。


 俺たちの正面にある玉座には国王が座っており、その付近には五人の人物が控えていた。その内の数名は見知った顔だ。


(フローリア王女にケールズ王子!? あとは……前にも王様の隣にいた親衛隊の人かな?)


 残りの青年とご老人には見覚え無いのだが……恐らく青年の方も王族で、老人も相当な位の者だろう。


「久しいな、白鹿のゴーレム使い。随分と名を挙げたそうだな」

「はい。恐れ多くも、過分な評価を――」

「――だから、普通に話せって……。慣れねえ言葉で会話しても、意思疎通が図れなくなるだけだしな。第一、お互い面倒だろう?」


 随分と乱暴な口調に俺は一瞬呆気に取られるが、そういう事ならお言葉に甘えさせていただく事にした。


「……かしこまりました。最近は出会いにも恵まれて、毎日楽しく冒険者活動をしております」


 だから、国に召し上げるのは止めてよね? と、取れなくもない意味を込めて返答した。


 その俺の意図を正確に汲み取ってくれたのか、王は笑っていた。


「クク……やはりそういう性分か。安心しろ。冒険者に冒険するなとは言わねえよ。それに王国の戦力なら、そこの優男一人で十分だからな」

「……恐縮です」


 国王に視線を向けられたニコライ団長は微笑みなが返答した。


「今回お前らを呼びつけたのは、簡単に言えば興味本位だな。“ゴーレム使い”とは前に会ったが、“雷帝”に“暗弓”、“天駆”にも一度会って直接見たかった。お前ら、一体どんな冒険すればこの短期間でそこまで強くなれるんだ? これも女神アリスによる恩恵ってやつなのか?」


 当然、俺たちの素性は王も知っていた。以前会った時は現地人であるように偽装していたが……


「前はすっかり騙されたぜ。【翻訳】スキルを隠していたのは【偽装】スキルか? んん?」

「はい。あの時はとんだ無礼を……」

「全くだな。余の前でステータスを偽装するとは……死刑だ、死刑」


 物騒な台詞を吐く王だが、その顔はニヤついていた。


(冗談……だよな?)


 死刑になってすぐ【リザーブリザレクション】で復活したら許してくれるかな?


「お言葉ですが陛下。それですと、そこで偽装中のニコラス殿も死罪になりますが……」


 俺が不憫だと思ったのか、王の傍に立っている青年が軽口を挟んできた。ニコラスも常にスキルを偽装しているようだ。


「そうだったな。じゃ、お前ら二人とも死刑な」

「それは困りましたな」


 ニコライ団長は両手を上げ、大げさに困った感じを装った。


『ねえ……この茶番、いつまで続くの?』

『イッシンにい、首ちょんぱされちゃうの?』

『いやいやいや、ロイヤルジョークだから!』


 冗談だよね!? そうだよね!?


「しかし、さすがに聖騎士団長を死刑にする訳にもいかねえしなぁ。そこでだ、白鹿の。死罪の代わりに条件を飲んでもらう」

「……条件とは?」


 これ、断ってもいい案件だよな?


「火竜討伐の件は俺も耳に入れている。聖騎士団を辞めて冒険者に転職したがっている三名を連れて行くって話もな」


 ん? なんか話が違うような……?


(ああ、そうか。非公式の謁見とはいえ、形式上はそういう話にしないと不味いのか)


 火竜が居座っている島は獣王国の領土だ。そこで活動する以上、王国の騎士階級身分だと国際問題に繋がるのだ。それを避ける為に、今回ケイヤを含んだ三名の若手聖騎士が選抜され、一時的に聖騎士職を解かれるらしいのだが……そういう筋書きだったらしい。


「余としても、その三名を失うのは惜しいが、将来有望な冒険者になりそうだと聞いている。だから白鹿の。死罪が嫌なら、その三名を何としても生還させろ! 当然、お前らも含めてだ。それが条件な」


 あー、なるほど。ここまでが全部茶番で、ただの激励だったようだ。


「委細承知致しました。誰一人欠けることの無いよう、死力を尽くします!」

「よし! 違えんなよ? 成功報酬は、そうだな……フローリアを嫁にやるか?」

「お、お父様!?」


 おい、待て! 最後に爆弾発言をするんじゃねえ!?


 王国に取り込む気満々であった。


「と、とても魅力的なご提案ですが……さすがに恐れ多く……。それに、私は冒険者稼業を辞める気はありませんので……」

「冗談だ。火竜の首如きで大事な娘をやれるか」

「…………」


 この王様、一発殴っていいかな? グーで……



 その後は、火竜討伐に赴くメンバーに激励の言葉や、その他の注意事項など、当たり障りない会話を続けた後、王族の方々は早々にご退席された。どうやら彼らも忙しい身のようだ。


 俺たちと聖騎士団の面々は場所を城内の一室に移し、そこで更に話し合いが行われた。




「おつかれ、イッシン君。色々と災難だったな」

「はぁ……。マジで疲れましたよ……」

「ハハ。我が国の王様はあれだ。気になる娘にちょっかいを出すタイプなんだ」

「団長、問題発言ですよ」


 ニコライの軽口を副官のイザイラが咎めた。


「さて、そろそろ気になっているだろうし、そこの三人を紹介しよう。ケイヤは知っているだろうが、彼女を含むこの三名が火竜討伐隊の選抜メンバーだ」


 謁見の間に入った時から気になってはいたのだが、ニコライたちの他に、副官イザイラと副団長のおっさん(名前不明)、その他にケイヤと見知らぬ男女二人がいたのだ。


「まずは私からだな。改めて、ケイヤ・ランニスだ。魔法も扱えるが、基本的に剣の方が得意だな。宜しく頼む」

「よろしく、ケイヤ」

「ケイヤねえ、よろしくねー!」


 俺以外のメンバーも、一時的にとは言え一緒に行動していた仲だ。ケイヤが選抜メンバーにいると聞いて正直安心した。



 続いて自己紹介してきたのは、ケイヤと同じく女性の聖騎士であった。


「レーフェンだ。アンタらの事はケイヤから聞いてるよ。よろしく!」


 男勝りな女傑といった雰囲気の女性だ。年齢は俺より僅かに下、ケイヤより上といったところだろう。


「よろしく。“白鹿の旅人”のリーダーを務めているイッシンだ」

「佐瀬彩花よ。よろしく」

「名波留美です! よろしくね」

「シグネ・リンクスだよー!」


「うんうん。若くて元気そうな連中だね」


 レーフェンは人当たりの良さそうな女性だ。


 聖騎士団は主に貴族の三男以下といった家督を継ぐ可能性が低い者が志願したりする。彼らはまず、王都の士官学校で文武を学び、そこで聖騎士見習いの資格を得る。そこから更に研修課程を積み重ね、ようやく聖騎士団に入隊できるそうだ。


 この国でもトップクラスのエリート集団であり、その為自尊心の強い者が多いと思っていたのだが……


(割と気安いんだな。けど……レーフェンはなんで家名を名乗らないんだ?)


 もしかして彼女は平民出で、貴族以外も士官学校に入れるのだろうか。


 王国は貴族階級がしっかりと存在する国だが、決して貴族が無法を働けるわけでもなければ、平民が蔑ろにされているわけでもない。まぁ、貴族相手に無礼を働いたら、それだけで罰せられる法律は存在するそうだが……。


 今の王になってからは、どうもその風潮も廃れつつあるらしい。



 最後に紹介してきたのは、ケイヤと同じくらいの20代前半だと思われる青年だ。


「ロイ・ラインベルだ」

「えっと……よろしく」


 レーフェンとは打って変わり、ロイの方はかなり不愛想だ。不機嫌そうな顔を隠そうともしない。


 俺たちも一応最低限の挨拶をしたが、彼の口からはそれ以降、一言も挨拶が無かった。



「さあ、これで互いの紹介が済んだね! 今から君たち三名は、火竜討伐を成すか辞退するまで、一時的に聖騎士団を辞めてもらう。当然、騎士団から支給されているその鎧も使えない。事前に通達されていると思うが、自前の装備を身に着け、あくまで冒険者の一員として活動してもらうから、そのつもりで宜しく」

「「「ハッ!」」」


 ニコライ団長の説明にケイヤたち三名は敬礼した。


「急な謁見などで疲れただろうから、今日は顔合わせだけで、明日から行動するといい」

「そうですね。イッシン、君たちの方もそれで構わないか?」

「ああ、こっちも問題ない」


 互いに見知った仲である俺とケイヤで相談し合い、明日の朝に彼らを王都まで迎えに行く運びとなった。



 俺たちは一旦エアロカーでブルタークにある“翠楽停”へと戻った。








 翌朝、待ち合わせ場所である王都の郊外、冒険者ギルド支部の前に向かうと、既にケイヤたち三名の姿が見えた。


「へぇ、なんか斬新な姿だなぁ」


 ケイヤは普段の鎧姿ではなく、冒険者風の軽装姿であった。ただし、身に着けている装備はいずれも一級品だ。いかにも高貴な身分の訳あり冒険者といった装いに、他の冒険者たちは関わりたくないのか三人を避けていた。


 他の二名も同様で、新品の防具や剣を装備していた。


「すまん。待ったか?」

「いや、そうでもない。私はともかく、二人はあまりギルドに馴染みがないようだからな。先に冒険者登録を済ませておいたんだ」

「そうなのか」


 むしろ、聖騎士なのにギルドに詳しいケイヤの方が異端なようだ。彼女は以前にギルドを通して伝言を残したりもしていたし、普段から足を運んでいるのかもしれないな。



「さて、昨日も簡単に挨拶したが改めて……。俺はイッシン。A級パーティ“白鹿の旅人”のリーダーをしている。宜しくな」

「ああ、宜しく」

「宜しく、イッシン」

「…………」


 うーん、相変わらず一名は無言のままだ。


「今回、君らは冒険者として火竜討伐に挑む訳だが、俺たち“白鹿の旅人”とはあくまで同盟関係だ。パーティ名はそちらで自由に決めてもらって構わない。俺たちのパーティに加入するって形だと、手柄を独り占めしてしまうかもしれないからな」


 今回、聖騎士団が火竜討伐に一枚噛んできた理由は主に二つある。


 その一、火竜討伐……すなわちドラゴンスレイヤーの称号を得る。


 ただし、火竜は獣王国領に存在する為、それを成す為には一時的に聖騎士団を除隊し、ドラゴンスレイヤーの称号を得た後に原隊復帰する予定だ。竜を狩った大型新人の聖騎士誕生、という筋書きが欲しいのだ。所謂、売名行為である。


 その二、若手団員に戦闘経験を積ませる。


 これはニコライ本人にこっそり聞いた話なのだが、最近の聖騎士団は命のやり取りをするような危険な任務が減少傾向にあるようだ。


 それ自体は良いことのように思えるが、ニコライの考え方は真逆で、有事の際に本領発揮出来なくなることを危惧していたのだ。演習や盗賊退治なんかでは得られない、空気がひりつくような緊張感のある戦場を若手にはもっと経験して欲しいと彼は吐露していたのだ。



 そういった背景もあって、今回の火竜討伐の人員派遣に踏み切ったらしい。


 故に、彼らには“竜槍”や“白鹿の旅人”のオマケではなく、きちんとパーティを設立して、自分たちの名声や実力を高め、戦闘経験を積んで欲しいのだ。



「ふむ、パーティ名か……。二人は何か希望はあるか?」


 ケイヤは特に何でもいいらしく、レーフェンとロイに尋ねた。


「私は別に何でも構わないが……ダサい名は勘弁だねえ。ロイは?」

「俺もどうでもいい。だが、その前に……」


 ロイは言葉を止めると、俺に視線を向けた。


「団長から聞いたが……お前が今回の討伐隊のリーダーを務めるらしいな。あの“竜槍”やケイヤを差し置いて……! 俺は……それがどうしても納得できん!」


 どうやらロイは俺たちの実力に疑問を抱いているようだ。


 すかさずケイヤが割って入る。


「待て、ロイ。その話は事前にしていただろう? ディオーナ様がイッシンをリーダーに指名したのだ。君もそれには納得していた筈だが?」

「話を聞いた時点ではな。だが、実際に見てみれば……この少年は俺よりも年下ではないか!」


 あ、そこか!


(うーん、やはりこの幼い見た目はトラブルの元だなぁ……)


 彼の気持ちも分からんでもない。


「あー……俺も正直、ディオーナさんがリーダーの方が良い気もするが……。あの婆さん、多分意見を曲げないと思うぞ。別に俺の指示に逐一従えとは言わないけれど……肝心なところで勝手な行動をされるとこちらも困る」

「ふん。ならば、お前がリーダーを辞退してケイヤに譲ったらどうだ? ディオーナ殿もケイヤなら認めるはずだ!」


 成程……彼は自尊心も高そうだが、一応同僚であるケイヤの事は買っている様子だ。ケイヤが貴族の娘で、俺たちが平民だから毛嫌いしている可能性も否めないが……


「ロイ、それはない。恐らく……今のイッシンは私よりも強い」

「はああ!? ケイヤ、何を言って……!」


 ほう? それは初耳だ。


 俺は一応知り合いのプライベート情報ということで、シグネからケイヤのステータスは敢えて聞いていなかったのだ。


『シグネ。ケイヤの言っている事は本当なの?』


 佐瀬も気になったのか念話で確認してきた。


『うん。そだねー。単純に闘力や魔力、スキルの数だけなら、イッシンにいの方が上をいっているね。でも、そんなに離れてないよ』


 マジか!?


 俺が成長したと喜ぶべきなのか、あれだけ飛躍した俺たちに近いステータスを持つケイヤに驚愕するべきなのか……判断に迷うな。


 しかし、これから火竜という強敵を相手するのに、一緒に戦うメンバーがぎくしゃくしているのは宜しくないな。


「えーと、ロイ君。一応こんななりでも俺は30才だ。君よりは年上だと思う」

「……本当か? い、いや……この際年齢は別にいい! それよりも……アンタの実力は本当にケイヤより上なのか?」

「そいつは俺にも分からないが……なんなら試してみるか?」

「……面白い!」


 ニヤリとロイが笑みを浮かべた。


 彼も聖騎士団に入るだけの実力があり、しかもその中から今回の選抜を勝ち取った有望な若手聖騎士なのだ。当然弱い筈もなく、腕に相当の自信があるのだろう。


「さすがにここでは悪目立ちするな。場所を変えないか?」


 ケイヤの提案で俺たちはエアロカーに乗って、普段魔法の練習などで利用しているブルターク郊外に赴いた。


 その際、空を飛ぶ乗り物に初めて乗った二人は目を輝かせていた。


「空を飛ぶって……こんなに速いのね!」

「凄まじいな……!」


 これにはロイも素直に感心していた。どうも根は素直な青年のようだ。ただ、どうしても聖騎士としての矜持が、冒険者でしかない俺たちの下に付くのを拒むのだろう。


(ならば……こちらの力を見せて納得してもらおう!)




 郊外に到着すると、早速俺たちは戦う準備運動を始めた。


 ロイは見たところ、ケイヤと同じオーソドックスな剣士タイプのようだ。聖騎士団の殆どが剣士らしいが、中には変わった武器を所持する者もいるらしい。


「ルールはどうする?」


 俺が尋ねると、それに答えたのはケイヤであった。


「何でも有り。ただし、致命傷は負わせない事。それと、明らかに勝負が決したと思ったら直ちに戦闘を止める事。これでどうだろう?」


 聖騎士団内の模擬戦でも採用されているルールらしい。


「問題ない」

「ああ、俺もだ」


「よし! ならば…………始め!」


 ケイヤの合図と共に俺たちは互いに接近した。両者とも剣士なので、当然と言えば当然だ。


「ハア!」

「むっ!」


 ロイの鋭い一撃を俺は剣で受けた。


 かなり重い斬撃だ。おそらく、闘力2万は確実に超えているだろう。


 剣術の方もかなり洗練されている。今まで積み重ねてきた努力の結晶か、はたまた高レベルな剣術系スキルを保有しているのか……おそらく両方だと思われる。


(驚いた。これが若手レベルなのか!? 王国の精鋭……やはり侮れないな!)


 若手聖騎士の中でケイヤ一人が突出しているのだと思っていたが大間違いだ。さすが、あのニコライ団長が火竜討伐隊に抜擢しただけの実力者だ。


 だが、こちらも成り立てとは言えA級冒険者。負けてはいられない!


「せい!」

「くっ!?」


 俺は少しずつギアを上げていった。


 今の俺の闘力は6万を超えている。剣術はあちらの方が上でも、こちらにも【剣使い】スキルがある上に、そもそもの馬力が違う。


 段々とロイの表情が苦しくなってきた。


「くそ! こうなったら……!」


 ロイは後ろに跳躍して俺から離れようとしていた。だが、あれでは些か飛び過ぎだ。


(下手打ったな!)


 こちらの瞬発力を侮っていたのか、俺は彼が着地する前に急接近して斬りかかろうとした。


 だが、侮っていたのはこちらの方であった。


 ロイは地面に着地する前、なんと空中で二段ジャンプし、俺の側面に回り込んだのだ。


「なにぃ!?」


 思わぬ彼の動きに俺は目を見開いた。


「あー! 私のエアーステップぅ!!」


 そう、今のは間違いなく風の魔法【エアーステップ】だ。


 それを見たシグネが声を上げていたが、何もこの魔法は彼女の専売特許ではない。魔法書によると、その使い手は全世界でも100人以下の希少な魔法のようだが、ロイもその一人であったらしい。


「取ったぁ!」


 これは避けられない。


 俺のチート回復能力なら彼の一撃くらい受けても瞬時に回復してカウンター出来るのだが、その前に致命打判定を受けて模擬戦に負けてしまう。


 そこで、俺は瞬時に光の防御魔法【セイントガード】を発動させた。正直、少し相手を舐めていたので、防御魔法関連は事前に準備していなかったのだ。


【セイントガード】はそこまで防御力はないが、一瞬とはいえガードで斬撃が止まる筈。その一瞬さえ時間を稼げれば俺には十分だ。


「オラァ!」

「ぐはっ!?」


 稼いだ時間の隙に相手の剣を躱すと、お返しに俺はロイへ後ろ蹴りを放った。


 咄嗟の行動だったので、闘力6万越えのマジ蹴りだ。常人であれば粉々になりかねない程の蹴りをロイはまともに受けたのだ。


 その一撃が決め手となり、ロイは遠くに吹き飛ばされ、そのまま地面に倒れ込んだ。


「やべ!? 大丈夫か!?」


 俺は急いで彼の元へと駆けつけた。


「ぐっ……問題ない……!」

「いやいや……問題ありまくりだろう!?」


 なんとか起き上がろうとするロイだが、内蔵をやられたようで、彼は顔色を真っ青にしながら吐血していた。


 すぐにヒールで彼を治療する。


「な!? 一瞬で痛みが……!」

「一応、俺は回復が専門だ。その程度の傷ならいくらでも治せる」

「あ、アンタ……そこまで強いのに治癒魔導士ヒーラーだったのか!?」


 これにはロイも口を開けて驚いていた。



 とりあえず、俺はなんとか模擬戦に勝利した。








「……今までの非礼は詫びさせてもらう。申し訳なかった」


 あの模擬戦以降、ロイは態度を改めて俺に頭を下げていた。


「気にしないでくれ。普通は俺みたいな見た目の奴、侮るだろうからな」


 花木君の件から始まり、俺は今まで何度もこの手のトラブルを招いてきたが、逆にこういったイベントを乗り越えてこそ、相手とも真剣に向き合えている気もするのだ。



 人を見た目で判断してはならないという教訓があるが、それを実行できる者は案外少ない。


 人は初対面の相手を見た時、まずは外見から判断をする。それは絶対なのだ。何故なら初対面の相手は俺の内面を知らないのだから、外面だけで判断するしかない。


 それは別に悪い事ではない。


 だから、徐々に互いの事を知った上で、そこからどう接してくるのかが重要になるのだ。


 それ以上深く関わらない他人同士の間柄なら、やはり見た目で判断された人物像が、相手にとっての全てとなってしまう。


(俺だって見た目で人を判断するしな)


 ゴロツキ冒険者なんかが良い例である。


 連中の中には、話せば分かる良い奴もいるかもしれないが、お互い関係が希薄なので、俺の中でゴロツキ冒険者は、どこまでいってもゴロツキのままだ。


 俺みたいな見た目と乖離した者もいるので、初対面の人と話す際は気を付けた方が良いのは確かだ。ただ、互いに上辺だけ取り繕って丁寧に接していても、内心相手にどう思われているのか分かったものではない。


 故に、極力見た目はキチンとした方が良いよ、という話なのだが……年齢に関してはどうしようもないな。俺には実力に見合うだけの威厳が足りなかったのだ。


(威厳……威厳とは何ぞや?)


 今度、付け髭でも試してみるか……?

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