第120話 いずれ必ず……

 何とかアイススパイダーを出し抜き、森の奥に位置する山で撒いてきた俺は、激戦を繰り広げた戦場跡へと飛んで戻ってきた。



「佐瀬たちは……いない。ゴーレム君が遺体を回収してくれたのか?」


 そういえば三人の遺体を回収するよう命じていたが、その手段やその後については全く命令を与えていなかった。これが知能の低いゴーレムであれば三人を回収した後、その場でひたすら待機しているのだろうが、賢いゴーレム君は当然その行為が危険だと判断したに違いない。


 恐らく三人を回収して何処かへ避難したのだ。



「ん? あれは……ノームの魔剣か!?」


 チラリと光る何かを発見した俺がそこへ駆けつけると、そこには先程斬り飛ばされた俺の右腕と一緒にノームの魔剣が捨て置かれていた。


「うぇ、自分の腕とはいえ、気色悪いな……」


 俺はすっかり冷えて固まってしまった己の手から魔剣を引っぺがし、愛剣を回収した。ついでに腕も一応回収しておく。このままここに残してアイツの餌になるのも癪であったからだ。


「早いところずらかるか」


 何時またあの化け物が戻ってくるか分かったものではない。俺は糸が粘着したままのエアロカーを飛ばすと、次はどこへ行こうか思案した。


(ゴーレム君はどっちに逃げた? アイツ、村の場所は……多分知らないよな?)


 ここに来る道中はゴーレム君を一切起動させていない。こんな事ならもっと彼と情報共有をしておくべきだった。俺も相当慌てていたらしい。


(俺がゴーレム君の立場なら、とにかくこの場から離れる。それもアイツとは逆方向へ……あっちの方か?)



 俺はアイススパイダーが強引に通ってできた大きな獣道を逆進する形でエアロカーを飛ばした。






 俺の予想は当たっていたようで、ゴーレム君は難破船のある岩礁地帯で身を隠していた。俺がその空域に近づくと、ゴーレム君が姿を見せこちらに合図を送ってきたのだ。


 エアロカーを着陸させるとゴーレム君がこちらへと駆けつけてきた。何だか主人の元へ馳せ参じるペットみたいで可愛く見えてしまった。


「無事だったか! 佐瀬たちはどうした? 遺体はどこに隠したんだ?」


 俺が問いかけるとゴーレム君はポーチを差し出した。これは名波が持っていた小型マジックポーチであった。


「そうか! その中に収納したんだな! でかした!」


 俺はゴーレム君を褒め称えるようにボディをポンポン叩くと、彼は嬉しそうに眼の光を明滅させた。


 小型マジックポーチは俺のマジックバッグ程ではないが、中に入っているモノは外界より時間経過を送らせる事が可能なのだ。つまり遺体に残された残存生命力の低下もそれだけ緩やかになるのだ。


 早速俺は三人の遺体をマジックバッグの方に移し替える。こちらの方が小型ポーチより遥かに性能が高く、時間経過もほぼ皆無に等しい。一人ずつ蘇生をし、その前に少しでもマジックバッグに遺体を収納しておいた方が絶対に良いだろう。


(まずは……名波からだな。彼女が一番やばそうだ)


 マジックバッグから名波の遺体を取り出し、改めて観察すると思わず目を背けたくなるような有様だ。身体中が串刺しになっていたのもそうだが、一番問題なのは首から上を切断されている点だ。こうして近くで観測すると、生命エネルギーの消費がかなり激しい。


 もし仮に切断された頭部が潰されでもしていたら完全にアウトであった。


「【ヒール】!」


 まずは至急、遺体を元の状態に修復しなければならない。


 最初に切断された頭部を接合する。流石の全力【ヒール】でも、腕は生やせても頭部は一から再生できない。斬り飛ばされた頭部を首元にくっつけながら回復魔法を施して接合した。


(これで治る事はゴブリンたちで実証済みだ!)


 ただし人間に試すのは初めてなので、後遺症が心配である。


 頭部の次は串刺しにされた箇所の治療だ。


 氷の槍がまだ溶けきっておらず、身体に刺さったままであった。【ファイア】でゆっくり氷を溶かすように除去するが、水魔法で生み出された氷だったので、これがなかなかに苦戦を強いられた。


(く、これは全て溶かすのにも相当の魔力を持って行かれるぞ)


 この世界の物理や自然現象は地球と同じように働いている反面、こと魔法に関してはその限りではなく、火魔法は水魔法にとことん相性が悪い。これなら【ファイア】で溶かすよりも、科学的な道具……例えばガスバーナーとかで試した方が早く解凍できるかもしれない。


(今度、新東京に行って購入しておくべきか……)


 火種なんて魔法で十分だからと、転移前に用意したライターくらいしか持ち合わせていなかった。魔法は便利だが、それに頼り過ぎるのも問題があると痛感させられた。



 ようやく氷の槍を除去し、名波の遺体を元の状態へ完ぺきに戻す。そしてここからがいよいよ本番だ。


「頼むぞ……【リザレクション】!」


 先程のヒールとは比べ物にならない魔力消費量を感じたが、出し惜しみをするつもりは毛頭ない。しばらく蘇生魔法を掛け続け、手応えを感じた俺は一息ついた。


「ふぅ、蘇生は成功した……はずだ」


 問題は後遺症の方だが、こればかりは神頼みしかない。この世界の神、確かミカリス神だっただろうか。彼とついでに地球の女神アリス様にも名波の無事をお祈りしておいた。



「……よし、次だ。今度は……佐瀬の番だな」


 続けて佐瀬の遺体をマジックバッグから取り出す。


 佐瀬の状態も相当酷かった。首から下は綺麗なのだが、頭部が原形を留めていなかった。彼女は糸に縛られたまま、何度も大樹に頭を叩きつけられていたからだ。


「あの蜘蛛野郎が……っ!」


 ふつふつと怒りが湧いてくるのを俺は抑えられなかった。


(必ずだ! 何時か必ずアイツに目にものを見せてやる!)


 今は到底不可能だが、俺は更に強くなりリベンジする事を心の中で固く誓った。


 あの魔物を討つのはこの俺だ!






 それから佐瀬、シグネの順番に蘇生をした。


 シグネは佐瀬とは真逆で、頭部こそ無傷に近い状態だったが、それ以外はどこも穴だらけだ。とてもダリウスさんたちには見せられない無惨な姿であった。名波も佐瀬も頭部に深刻なダメージがあったので、副作用が出ないか不安で仕方がない。



「……んっ、んん?」


 一番始めに佐瀬が目を覚ました。仰向けになりながら、ぼんやりと重たい瞼をゆっくりと開いた。


「佐瀬、大丈夫か!? 気分はどうだ?」


「…………イッシン。良かった……もう、会えないかと……思った」


 薄っすら涙を浮かべながらほほ笑む彼女の姿に、俺は心を乱されながらも答えた。


「ああ、俺もだ。本当に良かった……」


 彼女は心配そうに見つめる俺の頬に手を伸ばして身体を起こそうとする。俺は佐瀬のその手をそっと握り返し、互いの顔が近づいてくる。


 そして――――


「ああ、もう! 殺されたー!!」


 ――――背後から、突如悔しそうな叫び声が聞こえてきた。どうやらシグネが復活したらしい。


「「っ!?」」


 慌てて俺と佐瀬は互いの顔を離した。まだ少し高揚しているのか、頬に若干熱を感じる。それは佐瀬も同じようで、顔を真っ赤にしながらシグネの方を睨んでいた。


「ちょっとシグネ! 突然大声を出さないでよ!? ビックリするじゃない!」


 こんな元気な復活の仕方ってある? いや、無事なのは喜ばしい事なんだけど……


「ご、ごめん、サヤカねえ。あれ? ここ……どこ?」


「さっきの岩場だ。あの大蜘蛛を撒いた後、ここまで逃げてきたんだ」


「そっか。イッシンにいでも倒せなかったんだね?」


「……今は・・無理だったな」


 珍しく悔しそうな素振りを見せる俺が珍しいのか、佐瀬は怪訝な表情でこちらを見つめていた。普段の俺なら、勝てない敵は逃げの一択だと割り切って行動するのを彼女は知っていたからだ。


 だが、あの野郎だけは別だ。あいつがSランクかSSランク相当になるかは知らないが、何時か必ずこの手で仕留めてみせる。



「うぅ……」


「名波!」

「留美!」

「ルミねえ!」


 最後に、一番最初に蘇生魔法を施した名波がようやく復活した。それだけ彼女が重傷だったのだ。



 俺たちは彼女の下に集まると、それぞれ具合が悪い箇所や、記憶に欠落などは見られないかなど、念入りにチェックした。



「……うん。特に記憶は問題ないかも。死ぬ直前までしっかり覚えてるし……。あはは、最悪な気分だけどね……」


「分かる! 怖かったし悔しかったし……あれが死なんだね!」


 二人は初めて体験した死と蘇生に戸惑っていた。一方、佐瀬だけは二度目なので、名波たちよりは幾分か落ち着いていた。


「まさか、また死んじゃうなんて……。でも、身体の方は平気みたいよ?」


 どうやら三人とも今のところは問題なさそうで俺は心底安堵した。ただ後から不調が出ても困るので、今後小まめにケアしていく必要がありそうだ。


(死の感覚、か。皮肉だな。蘇生魔法を持つ俺だけが体験できないとは……)


 それを体験した時こそが、正真正銘、矢野一心の最期だろう。まだ当分死ぬつもりはないので、俺はどんな手を使ってでも生き延びなければならなかった。


「疲れているだろうが、ここに居座るのも正直不安なんだ。一度村に戻ろう。ゴーレム君も、今回は本当にお手柄だったな!」


「ゴーレム君、ありがとうね!」


 俺たち全員で彼の活躍を称えると、ゴーレム君はサムズアップして喜びを表現していた。こいつ、随分感情豊かになってきたな。そんな彼には申し訳ないが、ゴーレム君を待機状態にしてからマジックバッグに収納した。


 エアロカーに張り付いた糸もついでにマジックバッグへと納める。


 今更気が付いたのだが、蜘蛛本体から離れてさえいれば、糸は簡単にマジックバッグへ収納できるようだ。佐瀬に絡み付いていた糸も切断せず、そのまま収納できたのかは定かではない。他人の身に着けている装備や衣服類は勝手に収納できない仕様だが、それと同じ扱いだろうか?


(……蜘蛛の糸でゴブリンを簀巻きにでもして試してみるか?)


 彼らは何時でも俺の実験に協力してくれる優秀な被検体だ。この近くに親切なゴブリンはいないものだろうか。


「あ、エアロカーの底、少し凹んでる」


「大丈夫、これくらいなら簡単に修復できる」


 車体の殆どはエンペラーエントの樹木素材で構成されている。加工には大量の魔力を消費するが、形は自在に変えられるのだ。まさに車検要らずのスーパーカーだ。


 魔剣もそうだが、本当に失わずに済んで良かった。こいつがなければ俺も氷蜘蛛から逃げきれなかっただろう。


 反省する点は多々あるが、今までの細々とした努力の結果が俺たちを生かしてくれたのだ。やはりこの世界で好き勝手に安心して生き抜くには、相応の力が必要になるのだ。


 そしてそれがまだまだ不十分であったのだと、俺は今回の一件で再認識させられた。


(……当面はダンジョンで地力を身に着けたいかな)


 俺は村の方角にエアロカーを飛ばしながら、今後の活動について思考を巡らせるのであった。








 今日はとても疲れたのでこのまま村に戻ろうとしたが、よく考えれば俺たちの仕事は異常気象の調査であった事を今更ながらに思い出した。


 もう原因も分かったので、このまま村に戻ってありのまま報告してもいいのだが、それだと少しばかり不都合が生じる。


 それは時間だ。


 沿岸部で難破船を発見し調査。そこから痕を辿って氷蜘蛛と接触し交戦。その後、奴を山の方に引き付けて撒いて逃げ戻ってくる。


 それらを全て、この時間の間で?


 どう考えてもこの短時間で熟せる任務ではなかった。


 いや、正真正銘事実ではあるのだが、それを証明するには空を飛ぶ乗り物、エアロカーの存在を公表する必要が出てくる。そんな便利な乗り物を金の亡者共が支配する連合国で知られたらどうなるか……ちょっと想像しただけでも辟易とした。


(うん、ナシだな。少し時間を置こう)


 元々俺たちに課せられた調査期間は三日間と、明日がその最終日であった。なので、今日はこのまま森で一夜を明かし、翌日に開拓村へ戻る事とする。これなら時間の件もなんとか整合性が取れるだろう。


「名波、あいつはこの辺りに近づいて来ていないか?」


「……うん。流石にあんなのが近づいてきたら、遠目でも分かるよ」


 先程は迂闊に奴の索敵範囲に踏み込んで襲われてしまった。木の上から山の方を観察すれば、氷蜘蛛が近づいてくるかどうかは一目瞭然だ。何故ならあいつが通った辺りは全てが凍ってしまうからだ。


「そういえば、何で私たちは凍らなかったのかしら?」


「いや、十分寒かっただろう。実際に三人共死んだ後は凍りかけていたぞ? 多分だけど、魔法耐性だろうな。耐性の無い生物が奴に近づけば、問答無用で凍らされるって訳だ」


 実際に逃げ帰る道中に凍ったままの動物や魔物の姿を数匹ほど見掛けた。どうりで森から魔物が姿を消す筈だ。森の連中は全て凍らされるか、あの蜘蛛に怖気づいてさっさと東にでも逃げたのだろう。


 これがまだ西の沿岸部から氷蜘蛛が来たから良かったものの、仮に山の方角から来ていたら、北側に逃げようとする魔物たちが村や町の方へと押し寄せていた事だろう。それだけで開拓村は全滅していてもおかしくはない。


(オース山の南側は……確かマナラハ王国、だったか? そっちまで被害が及ばなければいいが……)


 氷蜘蛛を南方にあるオース山の方へと押し付けて撒いてきたのだ。仮に奴が山を越えて南進したとなると、マナラハ王国は地獄を見る事になるだろう。


 気の毒だが、こっちも生き残るのに必死だったのだ。流石にこれ以上の手は打てそうにもなかった。








 一夜明けて翌朝、俺たちはそのまま徒歩で村へと戻った。すると、村内に多くの冒険者たちがいた。しかも見知った顔までいた。


「お、イッシン! 戻ったか……って、すげえボロボロじゃねえか!? 一体何があった!?」


 それはゼトンの町で知り合ったC級冒険者のジャックであった。その他の顔ぶれにも見覚えがあった。恐らく全員ゼトン支部から来た冒険者たちだろう。


「ああ、そのこと何だが……あ、カータさん! 丁度いいところに」


「イッシンさん! 昨日は戻らなくて心配しておりましたよ!」



 ギルド職員のカータも揃った事だし、俺は秘匿するべき部分は除いて、昨日の顛末を全て彼らに説明した。




「そ、そんな化け物が……!」

「嘘だろ……? A級以上の大蜘蛛って……」


 当然、カータや冒険者たちはひどく動揺した。彼らは一番ランクが高くてもジャックのC級で、とてもではないが、あの氷蜘蛛の相手など務まらないレベルだからだ。


 そうそう、あの蜘蛛の正式名称だが、どうやらアーススパイダー(亜種)となるそうだ。シグネが死ぬ間際に奴を鑑定して視た名前だ。その事もしっかりカータに報告してある。


「そこまでの亜種となると……二つ名が付くやもしれませんね」


 魔物の亜種は総じて厄介で、そして強い。


 中には元の種と隔絶した強さを持つ個体も出るほどだ。あの氷蜘蛛もその類の化物だろう。そういった特別な個体には、ギルド側が識別する為にも二つ名と同時に賞金が掛けられるのが通例だ。


「流石に我々だけでは対処できそうにありませんね。それにここはパナム支部の管轄。急ぎ彼らにも伝えなければ……」


 パナム支部には俺もカータも色々と思うところはあるが、町や村の人には何の咎もない。寧ろこんな異常事態を放置するなど、ギルドの存在意義を問われるほどの重罪だ。


 一刻も早くギルドへ報告する義務が生じるのだ。


「分かりました。パナム支部には私が直接伝えておきます。イッシンさんたちはお疲れでしょうから、今日の所は村で休んでいてください」


「ええ、それは助かるのですが、そういえば何で冒険者たちがこの村に?」


「私が応援を呼びました。開拓村の食糧を守る為の措置ですね」


 何でも一昨日の冒険者襲撃事件を重く見たカータ氏は、今後も開拓村の食糧が狙われることを危惧してゼトン支部に応援要請を出したそうだ。その結果がこれだ。それと捕まえた6名の賊を護送する為にも人員が必要であった。


 この件は流石にパナム支部には任せられない。


「カータさん、俺も同行しますよ。流石に一人で報告は不安でしょう? それに俺は実際に奴を見ていますから、詳しく状況を説明できます」


「それは……いえ、ではお言葉に甘えさせて頂きます」


 そうと決まれば俺とカータ氏でパナムの町に向かう…………前に、村長代行にもこの事を伝えなければならなかった。何しろ氷蜘蛛が動き出すとなると、一番初めに襲われるのは高確率でこの開拓村だ。



 俺とカータ、二人揃って村長代行に事情を打ち明けると、彼は顔色を真っ青にして身体を震わせた。


「そ、そんな化け物、ど、ど、どうやって倒すのです!? そ、そうだ! ≪猛き狩人≫なら……っ!」


「残念ですが、彼らでも無理だと思いますよ……」


 狼狽している村長代行には気の毒だが、俺は現実を突きつけた。



 連合国自慢の三大クランの一つ≪猛き狩人≫にはA級冒険者が三人もいると聞いている。その他にもB級以下の冒険者が大勢いる武闘派クランなのは俺も知っていた。


 だが、それでも奴の討伐は無理だ。


 俺はその≪猛き狩人≫と同格だという≪西方覇道≫のリーダー、カインと実際に会っている。彼の強さは俺たち一人一人とそう変わらない。仮に彼レベルの冒険者がダース単位で討伐に向かったところで返り討ちに遭うだろうというのが俺の見解なのだ。


(何か隠し玉を用意するか、属性の相性でアドバンテージでも取れなければ無理だろう……)


 奴は間違いなく水属性の加護を持っていた。水に効果のある魔法と言えば雷魔法だが、雷の属性はレアなのだ。佐瀬並か、それ以上の使い手が連合国に居るとは思えないし、そもそも彼女だって奴に後れを取ったのだ。


 しかも奴はアーススパイダーの亜種なので、もしかしたら土の加護も併せ持っているダブルなのかもしれない。だとしたら益々手が付けられない存在だ。雷は土と相性が最悪だからだ。


「正直、俺は村人全員の避難をお勧めしますね」


 カータも俺と同意見なのか、村人全員の一時避難を勧めてみるも、村長代行はそれに難色を示した。それも当然だ。彼らだって生活が懸かっている訳だし、逃げ出した先の住む場所なども問題だろう。


「しばらく村に冒険者を残しますが、仮に件の化物が向かってきたら、村の防衛では無く、避難するものだとお考え下さい。彼らも命が惜しいのです。有事の際は撤退を許可しておりますので」


「そんな……」


 これも仕方がない。


 本来なら任務内容のレベルに沿った冒険者が派遣されるのだが、あいつをどうにかできる冒険者など、きっとこの半島の何処にも存在しない。噂に聞く英雄中の英雄、S級冒険者なら何とかなるのかもしれないが、不幸なことにバーニメル半島内には一人もいないのだ。



 結局、村を離れるという判断は即決できることではないので、村民たちと話し合うと村長代行は言っていた。そう言い残すと、彼は俺たちの前から慌てて去って行った。


「……さて、我々はパナムへと参りましょうか」


「分かりました」




 オース地区を渦巻く混乱は果たしてどんな結末を迎えるのか、今の俺には知る由もなかった。

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