第62話 異世界TS変身ショー
50階層ボス部屋の内部は、一言で表すのなら“狭い森”であった。
フィールド層のように遠くまで森が広がっているのではなく、そこそこ天井の広い室内に木々が生えている“森林エリアのバトルドーム”といった感じだ。
今のところボスの姿は見えない。
「……やっぱり何も気配を感じない」
名波の言葉に俺たちは警戒態勢を解いた。どうやらここのボスは留守のようだ。
50階層まで来れる実力のあるパーティはそう居ない筈だが、≪千古の頂≫や他の高ランク冒険者パーティが倒した後なのだろうか?
「——待って! 急に反応が……そこ!」
名波が指す方を俺たちは慌てて振り返った。
そこは丁度室内の中央で、何やらぼんやり光り輝いているモノがある。まるでダンジョン内の魔物が死んでいなくなる際の発光現象にそっくりだが、どうやらこれはその逆パターンらしい。
「まさか、丁度ボスがリポップするってのか!?」
何という絶妙なタイミングだろうか。通常ダンジョン内の魔物は近くにリポップしないという性質を持つらしいが、ボスだけは別だと聞いたことがある。
ボスにはそれぞれ討伐された後の復活に一定の時間を要する、所謂クールタイムが存在するが、決まった時間が経過すると、近くに人がいようがお構いなしに現れるそうだ。
これこそがボス部屋での野営を危険視する最大の理由だ。
キチンと討伐された時間を把握できていればいいが、そうでなければ今回のように、不意に遭遇戦を強いられる場合もある。名波の【感知】がなければ背後をつかれていたかもしれない。
徐々に出てくる魔物の姿が見えてきた。
「こいつは……まさかキマイラ!?」
まだ淡い光でぼやけハッキリとしないが、大きな四肢動物で複数の頭部を持ち羽も生えている。
尻尾がクネクネ動いている。キマイラだとしたら尾はやはり蛇だろうか?
「何、この変な生き物……もう攻撃していいのかしら?」
キマイラをよく知らないのか、佐瀬がそのように言ってきた。
「うーん、どうだろう。登場シーン中に襲うのは反則じゃない?」
ボス部屋での卑怯な行いは、どんな災いを招くか分からない。魔物だらけの階層に転移されたとか、強い魔物が追加されたなど、あまり良い噂を聞かないのだ。
「……とりあえず待とう」
キマイラは手強そうだが、討伐難易度のランクはBの筈。真正面から戦っても俺たちなら十分勝てる相手だろう。
ようやく発光も収まり、それと同時にキマイラが吠えた。どうやら戦闘開始の合図のようだ。
「——【サンダーボルト】!!」
開幕はお馴染み、佐瀬の中級魔法が炸裂する。キマイラの胴体に見事命中したのだが——少しよろめきこそしたものの、構わずこちらへ向かってきた。
「——【スラッシュ】!」
戦技スキルと共に俺が剣を振るうと、キマイラも対抗するかのように前足を振るって受け止めた。
「ぐっ! 【スラッシュ】でも押し切れないのか!?」
想像以上に前足の爪は強力だ。
「シグネちゃん!」
「アイ・サー!」
名波とシグネが呼応して、両サイドから挟撃をする。
しかしキマイラの名は伊達ではない。獅子の顔は俺の方向を睨みつつも、もう一つの頭部は山羊だろうか。そちらは名波の方をしっかり捉えており、右翼を振るって彼女を吹き飛ばした。
シグネの方は、左翼と——更に尻尾の蛇が襲い掛かる。
「——ングッ!?」
左翼の払いを何とか躱すも、その隙に蛇に右腕を噛みつかれたシグネは苦悶の声を上げる。
咄嗟に左腕で風魔法【ゲイル】を胴の部分に放つと、キマイラは大きく身体をよろけさせた。今までで一番手応えがあった感じだ。
シグネはその隙に距離を取った。
「こいつ、風魔法が効くのか!?」
ということは、土の加護持ちという事だろうか。
「よくもやったなぁ! 【ゲイル】!!」
右腕を負傷したシグネは逞しくも、再び風魔法を放つ。
しかし今度は獅子の顔がそちらを向くと、なんと口から炎を吐いて対抗して見せた。
「あわわわっ!?」
風魔法は相殺されるどころか、炎がそのままの勢いでシグネへと迫る。シグネは間一髪それを回避した。
「今度は炎!? なら、こいつはどうだ!」
俺は【ウォーター】を放つ。最下級魔法とはいえ、属性の相性が良ければそれなりにダメージが通ると踏んでの攻撃だ。
だが、今度は山羊がこちらへ顔を向けると、なんと雷を放ってきた。
「ぐああっ!?」
流石に雷のスピードを躱すのは難しく、俺は魔法をもろに受けてしまった。
「イッシン、大丈夫!?」
「あ、ああ。ちょいと痺れたくらいだ」
身体はまだまだ動く。どうやら無駄に多い魔力のお陰か、俺は魔法耐性がそれなりにあるようだ。
キマイラは獅子の頭が吠えると、今度は翼を大きく振るった。その際、風圧の弾丸が周囲に飛び散っていく。これも魔法か!?
「こいつ、複数の属性魔法を扱うの!?」
風魔法の嵐を避けながら佐瀬が悲鳴じみた声を上げた。
「そのようだ! 火、雷、風は確定だ!」
まさかこいつ、複数の動物が合体したキマイラということは、属性の加護も複数あるのではなかろうか?
それに気付いた俺は声を上げた。
「もう属性は気にするな! それぞれ得意な魔法でタイミングを合わせて攻撃しよう!」
「ええ!」
「分かった!」
「いくよー!」
俺はとりあえず剣で接近戦を仕掛けた。なるべく獅子の頭部を狙うように剣を振るう。炎のブレスを出せない為だ。
名波とシグネは再び両サイドから攻め込む。翼での攻撃をさばきつつ、尻尾の蛇を警戒していた。
残った山羊の頭部は佐瀬が担当だ。
同じ雷魔法を扱う両者だが、威力は佐瀬の方に軍配が上がった。佐瀬の【サンダーボルト】を受けると、キマイラの攻撃が少し鈍る。
(ここだ!)
俺は咄嗟に光量強めの【ライト】を獅子の顔と山羊の真ん中に出現させた。目が多い敵は隙が少ないが、この手の攻撃に弱いのはお約束だ。
案の定、俺を見失った二つの頭部は隙だらけだ。絶好の機会に俺は——まずは落とし易そうな山羊の首を狙った。
「——貰った!」
【スラッシュ】込みでの俺の一撃は、山羊の頭部を見事に斬り落とした。
慌てたキマイラは悲鳴を上げなら翼を我武者羅に振るう。その隙に尻尾の蛇が今度は名波を襲った。
「——見えてるよ!」
【感知】で把握済みだったのか、名波は迫りくる蛇の尻尾を難なく斬り落とした。そこへシグネが再び至近距離で【ゲイル】を放ち、体勢を大きく崩したキマイラに佐瀬が【サンダーボルト】で追撃させる。
そこからはもうフルボッコであった。
左翼、右前足、右翼、遂には獅子の頭部を斬り落とし、キマイラはようやく地に伏した。
やがてキマイラの死体が消えていくと、一同は揃って息を吐いた。
「ふぅ、こいつ強すぎるよ!」
「本当にランクBなの!?」
名波と佐瀬が思わず愚痴を零していた。
まさかここまで大苦戦をするとは俺も思っていなかった。
「わーん、イッシン
シグネが俺に右腕を見せてきた。そういえば先程尻尾の蛇に噛まれていた筈だ。
「げ! なんか青くなってる! これ、毒じゃないのか!?」
「ええええええっ!?」
噛まれた箇所が青紫になっており、シグネの顔も真っ青だ。
急いで俺は【キュア】と【ヒール】を施そうとするも、シグネが待ったを掛けた。
「こ、これはある意味チャンスかも。確かバッグに……あった!」
それは以前、街で念の為にと購入しておいた二等級のキュアポーションであった。普通の毒くらいなら三等級でも問題無いそうだが、猛毒の場合は二等級でないと治らないらしい。
俺たちは念の為、二等級を人数分だけ確保していたのだ。
これでも二等級ポーションより高い貴重な代物だ。
「うぅ、痛いよぉ……苦いよぉ……」
シグネは呻き声を上げながらも、キュアポーションを飲んで、少しだけ傷口にも掛けてみた。どうもポーション類は飲んでも掛けても効果はあるらしいが、前者の方が一番効果が高いらしい。
「そこまで身体を張って検証しなくてもいいのに……」
俺の【キュア】は【ヒール】同様バグっているらしく、全力で魔力を注ぎ込めば、治せなかった病気や状態異常は今のところ存在しない。
「折角の機会だから……おお!?」
流石は二等級キュアポーションと言ったところか、先程まで危険な色をしていた肌がすっかり元に戻った。ただし、傷口は塞がってくれないようだ。
念のため俺は【キュア】の後に【ヒール】で完全に治してあげた。流石に年頃の娘さんを傷物にする訳にはいかない。ダリウスさんに怒られてしまう。
「ん! 痛くない! ありがとー、イッシン兄!」
「キュアポーションもしっかり効果あったようだな。シグネのお陰だ」
「うしし」
本当に逞しい娘だ。
「宝箱とドロップ品も落ちてるよー!」
名波の声に俺たちは彼女の方へ集まった。
「あれだけ苦労掛けさせられたんだから、良いモノよこしなさいよね!」
あんまり欲張ると、物欲センサーに引っ掛かるぞ、佐瀬よ。
先ずはドロップ品の確認だ。
落ちていたのは、鋭そうな大きい爪と、赤い液体の入った大瓶だ。お約束の魔物の血だろうか?
「爪は武器に、血はキュアポーションの材料になるっぽいよ」
毒を与える魔物だけあって、薬にもなる素材も落としてくれるという仕様なのだろうか? ここら辺は本当にゲームっぽい。
名前はそのまま“キマイラの爪”と“キマイラの血”だそうだ。
さて、本命の宝箱だが、開けてみるとそこには、何やら長い青い布が入っていた。
「何だろう、これ?」
「わぁ! ≪変身マフラー≫だって! 面白い!」
うわー、なんか危ないモノが出てきた。これでベルトもあったら某特撮ヒーローから怒られる所であった。青マフラーだしセーフ?
「しかもこれ、
「「「秘宝級!?」」」
秘宝級は国や貴族でも欲しがる、かなり価値のある代物だ。
我がパーティではマジックバッグの
シグネに改めて詳細を聞いてみた。
名称:変身マフラー
マジックアイテム:
効果:身に着けた者の姿を変える
装着中はマフラー自身の鑑定を阻害するが、着用者のステータスは見えてしまう。体型さえ酷似していればどんな容姿にも化けられるが、異性にしか変装できない
「ピーキー過ぎるだろう!?」
どうも異性にしか変身できないという縛りがあるみたいだ。つまり俺が変身すると女の子になってしまう訳だ。
(TS異世界物じゃねーか!?)
そんなジャンルに突っ込んだつもりは無い。
「でも、鑑定を阻害してくれるのは優秀よね。シグネ、どう?」
試しに佐瀬がマフラーを首に巻いてみて、変身はせずにそのままシグネに尋ねた。
「うん、身に着けていると【解析】でもマフラーを鑑定できなくなってる。でもサヤカ
「うーん、流石に私の名前じゃあ、男に変装してもバレるかしら?」
日本人相手なら不審に思われるだろうが、この世界の人間相手なら何も問題はなさそうだ。そもそも鑑定持ち自体が稀なので、そこまで気にする必要はないだろう。
「じゃあ、ここは矢野君が身に着けるのはどうかなぁ? ≪偽りの腕輪≫で名前も誤魔化せるし」
「ちょっと待て!? 俺に女装趣味はないぞ!」
俺が慌てだすと、佐瀬とシグネがニヤリと口角を上げた。
「いいんじゃない。一心って名前のままでもいけるんじゃ……イッコちゃん?」
「イッシン
「無しだよ!!」
それから俺たちは、誰の所有物にするか荒れに荒れたが、民主主義(数の暴力)により普段は俺が装備する形となった。
状況に応じて他のメンバーも使えるようにと、突如この場で変身ショーを開催した。変身後の姿を見ても互いを混乱しないようにと、事前に見せ合う事にしたのだ。
まずは言い出しっぺの名波から。
なんか普通に愛らしい好青年が現れた。
「おお! なんか留美の兄弟って感じ!」
「可愛い!」
「えへへ、そうかなぁ」
「声まで変わるのか」
しかし、女の子の口調でも絵になる可愛い系男子だ。
次は佐瀬、なんか普通にイケメンが出てきてびっくりだ。
「彩花、髪は短くしたんだね」
「普段ロングだから、気分転換にね。どう?」
「凄い格好いい! アニメの主人公みたい!」
「マジで半端ないな……」
佐瀬(♂)と一緒にいるとナンパに使えそうだ。その際、女子は総取りされそうだが……
「次は私だね~、そい!」
ちなみに変身の瞬間はあっという間で、発光するだとか、スモークが立ち込めるといった現象は見られない。姿がブレたと思ったら既に変化しているのだ。
掛け声と共に現れたのは、元気そうな金髪碧眼の少年であった。美男美女夫婦の下に異世界転生したら、まさにこんな感じなのだろうというくらい、将来モテそうな美少年だ。
「これは……っ!」
「なかなか破壊力あるわねぇ……!」
いや、今の時点でもお姉さま方には大変好評のようだ。シグネ、恐ろしい子。
「最後はイッシンね」
「……気が進まないなぁ」
そう言いながらも俺は、自分が女性になるイメージをしてから変身マフラーに魔力を注いだ。
現れたのは……白髪ロングのキリっとした少女だ。
「ふわあああ……」
「なんか超絶クールビューティーが現れた!?」
「誰!?」
「俺だよ!」
佐瀬の言葉に俺はツッコんだ。
実はこの姿にはモデルがいる。何を隠そう俺の姉だ。
姉は残念な独身ヲタ女だが、面だけはかなり良いのだ。ただし中身は非常におっさんらしく、女らしさを知能に全振りで、2次元だけしか愛せない可哀そうな生き物なのだ。
ただし、しつこいようだが本当に外見は母親譲りの綺麗な人なので、その所為で被害に遭った男性が数知れず。こっちの世界でも上手くやれているか弟ながら心配だ。
ただでさえ見栄えのいい姉の姿に、白髪が加わるとここまで恐ろしいキャラが誕生するのだろうか。俺は佐瀬に渡された手鏡で己の変わり果てた姿を見つめていた。
「白髪もそうだが、年齢も若返った分、更に神秘的な姿になっちゃったな」
「アンタのお姉さん、そんなに美人だったのね」
“お前くらいにはね”と素面ではとても言えない感想を抱きながら俺は元の姿へと戻った。
こうして無事50階層をクリアした俺たちは転移陣で1階へと戻る。その日の内にブルタークへと戻る予定だ。
帰りの道中、俺たちはあえて馬車道を外れるように歩いた。俺がそうお願いしたのだ。
「道を外れてどうするの? 早く帰ってお風呂入りたいんだけど」
愚痴を零す佐瀬に俺は不敵に笑った。
「ふふ、だからこそだよ! 遂に
俺は声を上げるとマジックバッグから例の空飛ぶ車の試作機を取り出して見せた。
「え? これ、もう乗れるの!?」
「うわぁ! 楽しみ!」
「空飛ぶ乗り物! 凄い!!」
三人とも目を輝かせて空飛ぶ乗り物を見ていた。作った甲斐があるというものだ。
何時までも“空飛ぶ乗り物”では格好がつかないので、名前を決める事にした。だがどうも良い案が浮かばないので、とりあえず浮遊車と命名しておいた。……なんか浮浪者と響きが似ていて嫌だなぁ……
「コイツで人目の付かない所まで飛んでいこう」
「私、前乗りたい。前!!」
「ああ、私も前が良い!」
特にシグネと名波がテンション高めだ。その様子に俺は苦笑した。
「じゃあ、俺が後ろに乗るよ」
「え? でも、それじゃあ操縦が……」
「大丈夫。その操縦桿、ただの飾りだから」
「「「ええ!?」」」
そういえば、まだコイツの詳しい説明を皆にしていなかった。
この空飛ぶのり……失礼、浮遊車は動力にマジックアイテム≪魔法の黒球≫が使われている。このアイテムは魔力を注ぎ込んだ者の意思で自由に空を浮く黒玉だ。こいつの優れているところは、ある程度離れていても遠隔操作ができるという点だ。
その分使用魔力量が半端なく、今の佐瀬でも飛ばすのに恐らく1分も持たないだろう。
そこで俺の無駄に有り余る魔力の出番だ。
この黒玉はある程度魔力を蓄積できる。そして魔力が完全にゼロになるまでは、一番魔力を込めた者の意思で自由に動かせるのだ。
だから俺が運転席に居ようが後部座席に座ろうが関係が無い。それこそ目でハッキリ見える距離くらいなら俺が乗らなくても浮遊車を自由自在に操縦できるのだ。
その事を説明するとシグネと名波は嬉しそうに前の席へと座った。操縦桿付きの運転席はシグネに譲ってあげた。
ちなみに後部座席は三名ずつで二列、六人座れるので、合計八人乗りとなる。
後ろには荷台スペースを設けており、そこにも人を乗せる事は可能だが、まだ試験段階なので、まずは四人乗車で問題ないかを確かめてみる。
「安全運転で頼むわよ」
「分かってるって」
「しゅっぱーつ!」
シグネの声に合わせて俺は浮遊車を浮かせ、ブルタークへ向けて飛ばすのであった。
――女神アリスと地球の代表者たちによるQ&A情報――
Q:あちらの世界には転移者を受け入れてくれるような場所はあるのでしょうか?
A:場所によるでしょう
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