80億の迷い人 ~地球がヤバいので異世界に引っ越します~

ヒットエンドラGOン

第1話 終わりと始まり

 20XX年4月下旬、世間では来月初旬の大型連休を迎えようとしていた頃、俺は昼過ぎになってようやく目を覚ました。


「ふわぁ~、ねみぃ……」


 昨日は夜遅くまで仕事をしていた為、帰宅した時間は既に日を跨いでいた。帰ってそのままベッドにダイブしそのまま寝落ちしたのだが深夜か早朝の時間帯だっただろうか。どこからか聞こえてくる誰かの会話が煩すぎて、あまり深く寝付けなかったのだ。


 しかもその会話が「異世界が……」「魔王や魔物は……」「スキルはどれを……」など、女性やおっさん等、複数の者たちによる馬鹿らしい内容の話であった。


(外からかぁ? まだ日も昇ってないってのに、ゲームの話なら他所でやってくれぇ……)


 最初は喧しくてなかなか寝付けなかったものの、自分はよっぽど疲れていたのだろう。騒々しい中でも何とか眠りにつくことができた。それに今日からの俺は2連休ということもあり、睡眠時間を気にする必要が全くなかった。勿論アラーム等は一切セットしていなかったので寝放題だ。


 それらの理由から俺、矢野一心やのいっしんの起床時間が昼過ぎになったのも当然の帰結といえた。




 昼過ぎ、目を覚ました俺は軽く洗面してから鏡で自分の顔を見つめる。今年で29才となる己の顔立ちを改めて観察するが、同年代の平均よりやや幼く見えるくらいだろうか。来年はいよいよ30代となるのだが、内面的には学生時代の頃からあまり成長しているようには思えず、まだまだ若者だと自負している。


(来年で30……親戚の子に「おじさん」呼びされたら、流石にショックだわ……)


 身体はまだそこまで衰えてはおらず、酒も嗜まない方なのでとっても健康だ。


 これまで重い病気にかかったとか、大怪我をして入院した記憶も一切ない。ただ、お腹まわりが気になり始めてきたので、この機会に少し運動でも始めるかと思いながらもテレビを点けてみると、丁度放送されているお昼のワイドショー番組から耳を疑う会話が聞こえてきた。


『しかし異世界への転移だなんて、本当にありえるのでしょうか?』

『貴方だって朝方聞こえてきたでしょう? 自称神様からのお告げとやらが——』


「…………はい?」


 普段はトレンドなニュースを飽きもせず延々と語り合うワイドショー番組で、何故か良い年をしたおっさんたちが「異世界」やら「魔法」について熱く討論を繰り広げている姿に、俺は只々困惑するのであった。






 時間は少し遡り、地球とは次元の異なる空間に存在する、とある豪邸のリビングルームでは、少年とも少女とも判別できそうな子供が水晶玉のような物に浮かび上がっている光景を観測していた。


 その子供の名をミカリスというが、近しい者からはミカと愛称で呼ばれている。


「あ~あ、また一つ国が滅びそうだ。何でこの子たち、すぐに喧嘩するのかなぁ……」


 ミカリスが観測しているのは地球とは異なる世界で行われている戦争の映像であった。この世界では様々な種族が存在するのが起因なのか、あちこちで紛争が絶えないでいる。今眺めている景色は、人族と呼ばれる者たちがドワーフ族の治める国へ侵攻をしている場面であった。


 今回は人族が侵略者側であったが、別にこの種族だけではない。事情は様々なれど色んな種族が他種族へ戦争を吹っ掛けているし、なんなら同種族同士でも頻繁にドンパチ争っている地域も存在する。


 勿論異種族同士で共存共栄をしている国もあるのだが、そちらは余り長続きをしないというのが長年この世界を観測し続けているこの少年?の経験則であった。文明を発展していく為には、やはり単一種族による支配が有効なのだろうかと考えが過るも、同僚が観測している別の世界にある「地球」という星では、確か同じ人類同士でも頻繁に争っているのだと聞いて先ほどの考えを改めた。


(ま、どっちにしろ基本不干渉なんだけどね)


 難しいことを考えるのを止めたミカリスは、地球で開発された新作のポテチとやらを摘まみながら戦争の行く末をひたすら観測していた。


 するとそこへ――


「やっほー! 今帰ったよぉ!!」


 神界へ1カ月ほど旅行をしていた同僚が帰宅した。


 彼女の名前はアリスと言い、この豪邸でルームシェアをしている同僚であった。外見は地球人感覚で言うと20代の美しい女性であるが、実際の年齢は定かではない。ミカリスが創られてここに案内された時には、既にアリスは地球の観測者という立場であり、それ以降から当時の姿のままであった。


 ミカリスは過去にこの先輩の下で研鑽を積み、今では一人前と認められ、星一つの観測を任されるまでになっている。


「いやぁ、ミカ君久しぶりだねぇ! はい、これお土産! 百連メテオ饅頭、美味いよぉ!」


「ありがとう、アリス。もぐもぐ……うん、美味い!」


 今回アリスが旅行した観光先には、多くの隕石が降ってくるので有名な絶景スポットも含まれていたはずだ。これはそのご当地名産だ。


「いやいやぁ、ミカ君には私が留守の間、地球のお世話をしてもらっていたからねぇ。これはそのお礼だよ!」


 引き籠りがちなミカリスとは違い、アリスは旅行好きで度々神界を訪れては地球の観測業務をミカにお任せしていた。アリスもミカも基本放置プレイで、大半は観測作業だけだが、地球は稀にデリケートな操作を求められるので、長期間留守にする時は後輩であるミカリスにお守りを頼んでいた。


「さってと~♪ そろそろ地球は平和になったかにゃぁ?」


 久しぶりに帰ってきたアリスは地球の様子を観測し始めた。彼女の観測用コンソールはミカリスの水晶玉とは違い、地球産ノートパソコンと瓜二つの外形をしていた。


 付属しているキーボードを軽やかに叩くと、地球で起こっている出来事や、それに付随した数値など、膨大な情報が素早く流れ込んでくる。アリスはそれらを人間離れした超スピードでチェックしていき、地球の様子を逐次伺っているのだ。観測業務を怠ると、稀に取り返しのつかない一大事に発展する恐れがあるから欠かせない作業だ。


 地球では相も変わらず紛争や自然災害、それと流行病なんかも発生してはいたが、人類滅亡なんていう大それた事件はそうそう起こる筈もない。どうやら今回も問題無いようだ。


 そう思っていたアリスではあったが、惑星内の観測を素早く終えて、そういえば旅行先の隕石群は綺麗だったなと思い返しながらそれとなく近場の天体を観測していると、何やら不穏な物を発見してしまった。


「…………え?」


 それは超強大な隕石群であった。まさかと思いながらそれの進路方向を何度も何度も確認するも、導き出される結果はどれも無情なものであった。


「…………ミカ君。隕石これなんでしょう?」


「……ん? 隕石、だね」


 それがどうしたのかとミカリスは首を傾げるも、アリスは表情を凍らせたまま呟いた。


「これ、あと数日中に地球へ衝突するんですけど?」


「…………見落としちゃった(てへっ☆」


「お前! メテオ饅頭返せえええェ!!」


 アリスはミカリスの胸倉を掴み、頭を激しく揺さぶりながら罵詈雑言を浴びせ続けるのであった。






 日本時間午前4時頃、日本では殆どの者が眠りに就いている時間に、地球に住む全人類の脳内へ美しい女性の声が響き渡った。


『地球に住む全人類に告げます。我が名はアリス、貴方達地球人で言うところの神です』


 突然頭に響いてきた声に眠りの浅い者は起こされ、既に起きている者はこの声がどこから聞こえてくるのか辺りを見回しながらも耳を傾けていた。


『人類に警告します。この星はあと数日もしない内に巨大な隕石と衝突し、地球上の生物は死滅します』


 あまりの内容に人々は驚愕し、祈りを捧げる者や真剣に耳を傾ける者、或いは出鱈目だと非難する者など反応は様々であった。


 だが自称女神の説明は粛々と行われ、次第に信じ始める者が増え始める。そして遂に女神はとんでもない事を言い出した。


『地球人類凡そ80億人、全員を異世界へと転移させます』






「……成程、これは回線が落ちるわけだ」


 寝ていた間に女神様の啓示とやらを丸々聞き逃していた俺は、テレビのニュースやネット情報などから、お告げの内容を確認していた。


 大雑把に要約すると「地球危ない」「80億人異世界に転移させる」「スキル貰えるで」である。


「いやいや、ありえねえだろう……」


 エイプリルフールは何週間も前に過ぎた筈だ。それともまだ夢の中なのだろうかと頬を抓るも痛いだけであった。どうやらマジで本当の出来事らしい。


 最初は疑っていた。噂の集団脳内アナウンスとやらを聞き逃していた俺は、余りにも突拍子ない内容に戸惑っていた。だが信じるに足る決定的な証拠が出てきたのだから仕方がない。


「……スキル、オープン」


 ぼそっと照れながらそう呟くと、目の前に半透明なコンソールらしきモノが浮かび上がる。そこには異世界転移と共に取得できるとされているスキルの一覧がある。


 なんとも豪勢と言うべきか、異世界転移特典のスキルは自ら選べるのだ。しかも早い者勝ちとかではなく重複可、しかもファンタジーでお約束な神スキル「鑑定」すらあるではないか。


「鑑定、察知、魔力操作、テイム……どれも欲しいが選べるのは1つだけか……」


 ネットやニュースの情報によると選べるスキルはたった1つだけで、一度選んでも転移前なら何度でも選び直せる仕様だ。ただしスキル取得は転移した後なので、地球上では全く使えないらしい。


 試しに「鑑定」にセットしてあれこれ試行錯誤するも、全く変化は見られない。転移後でないと使えないというのはどうやら本当の事らしい。


「ネットにはデマ情報も多数あるからなぁ。一番信頼度が高いのは、やっぱ政府からの発表か?」


 日本政府の公式ページには今回の異世界転移についての説明内容がぎっしりと書かれている。そのあまりの内容量に辟易するが、確認を怠るわけにはいかない。この情報1つ1つが転移先での生死を分けると思うと何度確認しても足りないくらいだ。


 しかし問題はサイトの次のページへ進もうとすると読み込みが遅く、度々エラー表示が出てくるのだ。


「くそ、また503か!? 政府公式なのにサーバー弱すぎだろ!」


 だが無理もない。自分と同様、日本中の人たちがネットで色々チェックしているのだろう。ネットを使えないお年寄りたちは今頃電話や役所へ殴り込みをしているのだろうか。それに比べたらネットから情報を拾う方が正解な気がする。


「う~ん、電話も繋がらないし、SNSは父さんたち、普段使ってないからなぁ……」


 両親は基本機械音痴だ。一応SNSやメールで送信してみたが返事が全く返ってこない。この混雑状況で回線がパンクでもしているのか、それともただ見ていないだけなのか判断に困ってしまう。


 気晴らしに点けっぱなしのテレビへ視線を移すと、現在各交通機関の運行ダイヤが大幅に遅延、というか殆どが運休となっている。それとスーパーや商店等では既に買占め行為も始まっているようだ。これは大震災以来の大パニックだ。


「こんな状況も女神様は天からご覧になっているのかなぁ……」


 非日常的な光景を報道しているニュースを見つめながら俺は物思いにふけるのであった。






~某掲示板~


145:名無しの地球人

俺、寝てて説明聞いてなかったんだけど、家族とか友人とか一緒の場所に転移できるって本当?


誰か教えて!!


146:名無しの地球人

皆スキルどれにする?

やっぱ「鑑定」がベストかな?


147:名無しの地球人

>145

出来るらしいぞ

ただし転移する瞬間、身体に触れている必要があるらしい


148:名無しの地球人

政府の公式HP重すぎぃ!

だけどネットは信憑性がなぁ……


149:名無しの地球人

>146

俺は「魔力操作」かなぁ


鑑定あっても初っ端魔物と遭遇したら詰みじゃね?


150:名無しの地球人

>147

え? これどこ情報?

女神様の啓示まとめ、全部見たけど載ってなかった気が……


151:名無しの地球人

なんだよ、ここもデマ情報あんのかよ!


152:名無しの地球人

>146

やっぱ「勇者の卵」でしょ!

これ絶対進化するスキルだよね!?

勇者だよ、やばくね!?


153:名無しの地球人

>150

代表質問のQ&Aに載ってるよ↓

http//…………………………html


154:名無しの地球人

>150

>151

147さんのはガチ情報だよ

女神様の啓示は最低限の内容だけ

その後、各国の代表者たちの質問と返答のやりとりであったのが

“転移する瞬間に接触していた者は同じ場所に転移する”らしい


155:名無しの地球人

ほえ~、ありがとう!

マジ助かったわ >147


>154

何それ? kwsk


156:名無しの地球人

「勇者の卵」とか地雷臭ぷんぷんするんですけどw

俺は「回復魔法」か「水魔法」だな

どっちもあって困らない

てか水ないと困るし両方欲しい!


157:名無しの地球人

>155

あ~、うろ覚えだけど女神様が一通り説明した後に「質問があれば各国代表一名、ひとつのみ許可する」みたいな事言って、女神様からの名指しで大統領やら王様が質問してるのを全世界脳内チャットでやり取りしてた件やで


158:名無しの地球人

何それwww

凄く楽しそうwww


159:名無しの地球人

俺も初めて聞いたw


日本は誰が指名されたん?


160:名無しの地球人

日本は小山首相。質問内容はまぁ……自分で調べてとしか……


161:名無しの地球人

ロリコン総理www


162:名無しの地球人

何その脳内チャット

マジで楽しそうだけど日本語以外、解からんだろうに


>146

ちな自分は「剣」や!

やっぱ異世界ファンタジーは剣や刀やろ!


163:名無しの地球人

ロリコン小山は全国民に土下座して詫びろ!


164:名無しの地球人

それがどうも各国の言語が自動翻訳されてんのか、英検4級の俺でも普通に理解できたんよ

ちなみに「自動翻訳」ってスキルらしくって異世界行ったら全員に与えられるらしい


マジ女神様太っ腹!

……これ、不敬じゃないよね?


165:名無しの地球人

やっと政府のQ&Aまとめページサイトに飛べた俺

小山首相の質問を見て「あっ……(察し)」


166:名無しの地球人

え? マジで小山こんな質問したん?

しかもこれが全世界に翻訳公開とか……どんな羞恥プレイだよorz


167:名無しの地球人

流石ジャップはロリコン大国ね!

……小山氏ね!!


168:名無しの地球人

翻訳あるのはありがてえ!


>162

わかるw

後は冒険者になってギルドで絡まれて返り討ちにするんですね!


169:名無しの地球人

無詠唱魔法撃って

「俺、なにかやっちゃいました?」するんだ!


170:名無しの地球人

パーティ追放されて、その後「ざまぁ」するんですね!


171:名無しの地球人

お前ら、楽しそうだな……






 ネットから情報を漁りながら俺はあれこれと考え事をしていた。


(言うまでもなく、一番重要なのはスキル! それと誰と行くか、何を持っていくか、だな)


 俺と同じように女神の啓示を聞き逃していた人は割かし多かった。特に日本は日も明けぬ早朝であったので無理もない。


 だがそういった人向けに政府は女神の啓示や、各国代表との質疑応答、Q&Aの内容をサイトにまとめている。既に各テレビ局も報道をし始めており、その内容は全世界へと徐々に浸透していった。


 俺が拾ってきた情報の中で、特に重要だと思う内容は主に以下の質問だ。



Q:転移は何時頃行われるのか?

A:説明終了後、24時間後に順次ランダムに開始していく

転移対象者の身体が発光し始めてから3分後に転移が開始されるが、場合によっては早める


Q:家族や知人と一緒の場所に転移できるのか?

A:出来る。その際は一緒に行きたい者の身体や身に着けている衣服などに触れていれば発光現象が伝染するが、転移の瞬間に離れていると全く別の場所に転移される可能性有り


Q:スキルに魔法とあるが、異世界では魔法が使えるのか?

A:才能や努力次第ではスキル無しでも扱える。転移対象者は魔法系の適性スキルを選択すれば特典として最初から最下級魔法を扱うことができる


Q:地球の物を持っていくことは可能か?

A:許可する。ただし手に持ったり背負ったりできる範囲に限定する。置いてある物を触れているだけでは持った事にならないので注意


Q: どんな悪事を働いても異世界転移はしてもらえるのか?

A:……する。ただし今回の転移を逆手に取って悪意を働いた者には相応の罰を下す

 また、現在進行形で罪を抱えている者にも相応の転移時ペナルティを科す


Q:いつか地球には戻って来られるのだろうか?

A:……可能性はゼロではないが、暫くの間は不可能

努力はするが当面の地球は生物が住めるような環境ではなくなる


Q:異世界に行ってもアリス様は見守ってくれるのでしょうか?

A:否。あちらの世界には他の神がいるが、どちらも基本不干渉




 他にも様々な内容が記載されているが、差し当たって重要そうな質問は以上だろうか。


「さて、誰と行くか……」


 ネットやSNSでは既に一緒に転移しようと呼びかけている集団が目に付く。自分の携帯にも友人・知人から誘いのメッセージが来ているが、遠方であったり人間関係に不安がある為、これといって惹かれる誘いは今のところ来ていなかった。


「それとも……思い切って一人で行くか?」


 ふとそんな考えが過るも直ぐに頭を振って却下した。どうやら転移先はそれほど平和な場所ではないらしい。冒険心は燻ぶられるが、余りにもリスキーだと自分を戒めるのであった。






――女神アリスと地球の代表者たちによるQ&A情報――


Q:転移は何時頃行われるのか?

A:説明終了後、24時間後に順次ランダムに開始していく。

 転移対象者の身体が発光し始めてから3分後に転移が開始されるが、場合によっては早める

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