TOEIC受験への苦悩を綴る 〜地獄のユートピア〜

一木 川臣

地獄のユートピアへようこそ

 流暢なオーストラリア発音をしたヒロシという名の人物が、イキイキと職場の同僚に指導している。

 なんで日本人がこんな流暢な英語、しかも完璧な豪発音で喋れるんだよ、日系の方か?


 近年と企業は多様性がトレンドであるため、そういった方が登場するのも十分理解できるが、多様性がありすぎるだろと聞きながらツッコんでしまったのがつい先日のこと。



 あることをきっかけに、一木はTOEICを受験することになった。恐らく、英検と同等、いやそれ以上の知名度を誇る英語試験であろう。噂のTOEIC、一体どんなものやらと思い臨んで挑んだものの、その先にあったのは苦難の連続であった。


 一応覚悟はしていたが、思った以上の道程である。


 ここ最近のTOEICは難化しているらしい……著名な英語系YouTuberがそんなことを言い、それを聴きながら自分を慰める日々がここのところ続いている。所々『別に難化していない! できないのは自分の勉強不足だ。言い訳するな』的なコメントを読んでは、青筋を立ててしまう。おっしゃる事はごもっともであるが、正論は伸びないぞ。


 とかく、どんな試験でもそうだが年を追うごとに難化するものだ。宅建しかり簿記しかり、人気のある試験は特にそのような傾向がよく見られる。裏技対策か知らないが、徐々にいやらしく難しくしてくるのだ。

 こういう難化傾向が、なにもTOEICだけではないのだが、それにしても自分が受験するときにそれをやるなよと沸々と思ってしまう。いくら『皆も一緒だよ』って言われても苦しいものは苦しいのだ。言い訳できない試験なだけに逃げ道が無さすぎるのも辛い話である。



 とあるやる気勢がこのような発言をしていた。


『最近の試験は歯応えがありますね。このような時に受験ができて幸せです!』


 なんてポジティブな野郎なんだろう、こんな思考が欲しいものだ。こういう奴が強えんだな。

 だが、自分はそんなことを微塵も思わず


『はよ、公式問題集と同じ問題を出せ』としか感じない。TOEICの世界ではとても働けない無能な社員の一例である。こんなネガティブな野郎は問題に出ない。TOEICの世界は常に希望と光に溢れたユートピアなのだ。


 ただ、そんなユートピアでも時折出てくる捻くれ野郎が私の腹を立たせることもある。


『昨日のお休みはいかがでしたか?』の質問に対して


『は? 誰のこと言ってるだよ、俺じゃねーよ』というような奴である。お前、そこは嘘でも『とてもよかったですよ』と答えてくれと思うばかりだ。


 また、ある部下が

『この前入れ替わった部長の名前、なんでしたっけ?』という質問に対して


『昨日の案内見てなかったの?』と追い込む奴がいる。このやろう、過去のトラウマが蘇るじゃねーか、なんで試験の中でもリアル感溢れる上司が出てくるんだよ。名前の一言を言うだけで終わりじゃねーか、部下を困らせるなと私は胸が苦しくなるばかりだ。


 夢と希望のユートピアに、リアルな上司を紛れ込ませてはいけない。英検の世界にでも旅立ってくれ。


 ……と、試験勉強の中で、私は何故だか胸が苦しくなることが多々あるのだ。精神が時折鍛えられる。


 そんなこんなで今も継続しているTOEICの勉強だが、最近、その副作用なのかTOEICぽいものに過剰に反応する身体となってしまった。


 とある友人とのLINEのやり取りである


 友人:「今週の日曜日に大阪城にでも行こうかと思うけどどうかな? 大阪城の前に通天閣も行きたいけど」


 自分:「大阪城いいね。行きたいと思っていたところだったから。ただ、日曜日は都合が悪くて厳しいんだけど火曜日とかどうかな?」


 友人:「火曜日ね、大丈夫だよ。当日は晴れるらしいね」


 自分:「良かった。前回のランチの時、車を出してもらったから今回は自分が出すよ。集合は何時ごろがいい?」


 友人:「朝早い方がいいね、道も混みそうだから8時とかどう?」


 自分:「8時ね、了解。じゃあその時そっちに行くよ」



 こんな感じである。このやりとりを終えた時、思わずTOEICぽいなと思ってしまった。私の友人は TOEICの世界から抜け出してきたのだろうか。それとも自分が染まってしまったのだろうか。だとしたら蝕まれて行く自分に恐ろしさを感じてしまう。


 TOEICに対して時間を費やすたびに、そっちの世界に引き込まれてしまうとでもいうのか。


 迷い込んでしまったTOEICの世界。私がその世界でweb小説主人公さながら無双できる日は来るのだろうか。

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