第24話 飛び級

翌朝


朝日が昇りきる前、まだ薄暗い湯屋の中。

湯気の立ちこめる中で、ハルオとゴルドは湯に浸かりながら酒の残りを醒ましていた。


「今日は起きられたんですね。」

「当たり前だ。さすがに俺にも商売があるからな。……よし、上がって出発するぞ!」


二人は湯から上がり、部屋に戻って身支度を整える。

やがてベスも加わり、三人は宿を後にして出発した。


「今日中には南都トリスに着くさね。そこで一泊して、次はいよいよ王都だ。」

ベスが手綱を引きながら言う。


街道には朝霧が残り、風が草を揺らしていた。

その静けさを破るように、森の奥から唸り声が響く。


「ウルフだ!」


次の瞬間、灰色の影が飛び出してきた。

だが、ハルオとベスの反応は速かった。

剣と短剣が交差し、群れのウルフたちは数瞬で地に伏す。


「ふぅ、朝から厄介だったね。」

ベスが剣を払うと、血が地面に滴った。


ハルオは息を整えながら笑う。

「以前より動けた気がします。」


ベスが目を細める。

「ハルオ、あんた……強くなってるね。魔力が溜まってきたんだ。」


「魔力が……溜まる?」

「そうさ。魔物や人を倒すと、わずかだけど相手の魔力を吸収できる。

 それが一定以上たまると、自分の魔力量や体の力も上がるんだよ。」


「常識だろ、坊主。まさか知らなかったのか?」

ゴルドが笑う。


ハルオは眉をひそめた。

(この世界に来て、知らないことばかりだ。ギルドも誰も教えてくれない。……いや、俺が聞かなかっただけか?)


ウルフの死骸を見下ろしながら、ベスが顎をしゃくった。

「ハルオ、ウルフの死骸、魔法の袋に入るかい?

 ギルドに持っていけば肉も骨も毛皮も高く売れる。

 でも今は解体してる暇がない。入るなら持っていきな。」


「やってみます。」

ハルオは腰の袋を開き、そっとウルフの亡骸を近づけた。


すると、まるで空気に吸い込まれるように――

一頭、二頭、三頭……と、次々に消えていった。


「すごい……全部入っちゃいました。」

「ほう、十一頭もか。」ゴルドが目を丸くする。

「坊主、すごいな。まさか“持てる側”のやつだったか。」


ベスが口の端を上げた。

「魔法学園に行くんだ。やっぱりただの坊主じゃなかったね。」


持ち主の魔力量に比例する袋の容量が、

普通の人間なら一頭入れば精一杯のはずが底なしの容量にあきれて

二人は顔を見合わせる。


「坊主がいれば俺の仕事も楽になるな。どうだ、俺と組まないか?」

ゴルドがにやりと笑う。


「やめといたほうがいいさね。」

ベスが苦笑しながら言った。

「このおっさんとは付き合い長いけど、ろくなことがないよ。」


「……考えときます。でも、たまにこういう旅も悪くないですね。」

ハルオが笑うと、ベスも目を細めた。


「そう言えるようになったなら上等さね。旅は戦いだけじゃない、

 人と出会って、風を感じて、何かを覚えていくもんだ。」


「ふっ、説教くさいこと言うようになったなベス。」

「年季の違いさね。」

「だがハルオ、その袋の容量のことはあまり他言するなよ。俺の商売敵に狙われるぞ」

「おっさんが一番やっかいだよ」


三人は笑いながら再び馬車を進める。

遠くの空にはトリスの城壁が霞の向こうに見え始めていた。

街道の向こうからは商人たちの列、そして鐘の音。


「さあ、次は南都トリス。ギルドの街だ。」

ゴルドが嬉しそうに声を上げる。


ベスが手綱を軽く叩いた。

「さぁ、稼げる匂いがしてきたね。」


馬車は街道を進み、やがて南都トリスの巨大な城壁が目前に迫ってきた。

城門の上には金属の装飾が輝き、兵士たちの鎧が朝日を反射してまぶしく光る。

往来は活気にあふれ、荷車を引く商人や旅の一座、魔導士風の若者たちが絶え間なく出入りしていた。


「おお……これがトリス……!」

ハルオが思わず息をのむ。

王都へ続く南街道の要所――それが南都トリス。

物資も人も、すべてがここを経由して王都へ向かうという。


「慣れないうちは迷子になるんじゃないよ、ここは道が入り組んでるからね。」

ベスが笑いながら馬車を止め、門番にギルドカードを見せ、ゴルドは通行証を見せる。


「おや、ベスさんじゃないですか。また護衛ですかい?」

顔なじみらしい門兵が軽く会釈した。


「そんなとこさ。こっちは新入りのハルオ、おまえもギルドカード出しな」

「確認しました。どうぞ」

「ありがとうございます」

門をくぐると、視界いっぱいに広がるのは石造りの大通りだった。

行き交う人々の声、金属の打ち合う音――

それらが一斉に押し寄せ、ハルオは思わず足を止めた。


「……すごい、人がこんなに。」

「これがトリスさ。南街道最大の交易都市。

 金の流れも情報の流れも、全部ここに集まる。」

ベスが肩越しに振り返り、にやりと笑った。


ゴルドは手綱を放し、鼻歌交じりに言う。

「ここまで来ればひと安心だな。今日は宿を取って一休みだ。

 俺は一足先に行って一杯やってる。二人はギルドに行くんだろ?」


「じゃあ後でな。」

ゴルドが馬車を別の通りに向けると、ハルオとベスは人混みの中を抜けてギルドへ向かった。


石畳の大通りを歩くたび、異国の香辛料や焼き菓子の香りが鼻をくすぐる。

建物の看板には“武具”“魔道具”“素材買取”と文字が踊り、

その中心にひときわ目立つ二階建ての建物――南都トリス冒険者ギルドがそびえていた。


「さ、行くよ。ウルフの清算はここでやる。」

ベスが扉を押し開けると、喧噪がどっと押し寄せた。

中は広いホールになっており、奥には酒場、手前には依頼掲示板、そして右側には受付カウンター。

冒険者たちが報告書を持って並び、受付嬢たちが手際よく処理している。


ハルオはその活気に少し圧倒されながらも、ベスの後ろに続いた。


「素材の買取をお願いしたい。」

ベスが声をかけると、眼鏡をかけた受付嬢が顔を上げる。

「はい、種類は?」

「ウルフ十一頭分。すべて未解体、保存状態は良好。」


受付嬢の目がわずかに見開かれた。

「十一……? ずいぶん狩りましたね。素材は外の荷馬車ですか?」

「いやこいつの袋に入っている」

「‥‥魔法袋ですか?!じゃあ裏の解体場までお願いします」


ベスに促され、ハルオは受付嬢の案内で裏口へ向かった。

廊下の奥、厚い鉄扉を抜けると、広い石畳の中庭に出る。

そこでは数人の職人が血と獣の匂いの漂う中、手際よく素材を仕分けていた。

鉄の台の上では、解体済みの魔物の皮や骨が山積みになっている。


「こちらの台でお願いします。」

受付嬢がメモを取りながら言う。

「では、ここに中身を出してください」


ハルオはうなずき、腰の袋に手をかけ口を少し開くと、淡い光が溢れ――

次の瞬間、ウルフの死骸が音もなく一頭、また一頭と現れ始めた。


「ひゃっ……!」

作業していた職人の一人が思わず声を上げる。

「こ、こりゃ……全部ウルフか!? 一頭や二頭じゃねえぞ!」


「十一だよ。」

ベスが得意げに腕を組んで言った。

「トリス街道の外れで襲ってきた群れを狩ったんだ。」


「こいつら……牙の状態がいい。傷も少ねぇ。こりゃ高値がつくぞ。」

職人たちが感心しながら毛皮を撫で、牙の質を確認していく。


受付嬢が書類に記録を取りながら、ちらりとハルオを見た。

「これほどの数を……あなたが?」

「え、いえ、ベスさんが中心で……僕は少し手伝っただけです。」

「そうは見えませんね。」

受付嬢は小さく笑った。


査定は淡々と進み、やがて結果が出た。


「ウルフ十一頭、毛皮・牙ともに状態良好。

 一頭あたり銀貨十二枚、上質素材が四頭分ありますので追加で銀貨二十枚、

 合計で金貨一枚と銀貨五十二枚になります。」


「やるじゃないか、坊主。」

ベスが口笛を吹く。

「これだけあれば、次の街までの旅費どころか、装備も新調できるね。」


「お支払いはこちらで。」

受付嬢が小袋を差し出した。

重みのある銀貨の感触が、ハルオの手のひらにずっしりと伝わる。


「……これが、“稼ぐ”ってことか。」

ハルオは小さく呟いた。


ベスがにやりと笑う。

「そうさ。命を懸けた分だけ、報われる。それが冒険者の世界だよ。」


受付嬢が書類を閉じて言った。

「冒険者カードをこちらに――」

受付嬢が手元の魔導板にカードをかざした瞬間、眉を上げた。


「……あれ、ハルオさん。昇級ポイントがたまってますね。」

「え? そんなの、申請した覚えは……」

「討伐報告と救出報告、両方とも正式に登録されています。黒牙団の討伐分も加算されてますね。しかも、――」

受付嬢は一度画面を確認し、驚いたように顔を上げた。

「……F級、D級への昇格が可能です!」


「な、なんですって?」

ベスが思わず笑う。

「お?そうなのかい?」


「通常ならE級を経由しますが、功績が重なった場合は飛び級扱いです。

 ローレンでのゴブリン討伐ですでにE級に届いていて、黒牙団の討伐貢献、

 それとウルフ十一頭の買取査定が決め手ですね。

 運だけではありませんよ、実力が伴っている証拠です。」


ベスが腕を組み、感心したように笑う。

「この調子なら、すぐにC級も見えてくるさね。」


受付嬢が小さな水晶印を取り出し、カードの上にかざす。

淡い光が走り、刻印が一段階深く輝いた。

「はい、これで正式にD級冒険者です。これからも頑張ってくださいね」


冒険者として一人前になったハルオはそんな気がした。


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