第17話 金貨

──翌日。


Aランクパーティー《金の鷹》の参戦により、ゴブリン掃討作戦はついに幕を閉じた。

ギルドの一角では、戦いの「清算」と呼ばれる報告と処理が静かに進められていた。


ハルオは木製のベンチに腰を下ろし、包帯を巻かれた腕を押さえる。

傷は浅い。だが、力を入れるたびに鈍い痛みが走った。

隣ではロクスが帳簿のような紙を前に、受付嬢と報酬の最終確認をしている。


「第二班、参加報酬は銀貨三枚ずつ。

 討伐数に応じて……ロクスさん十五体、リーナさん十体、ドルクさん五体、ユンさん四体、ハルオさんは――八体と上位種が一体ですね。」


受付嬢が慎重に読み上げ、続けた。

「合計で、ロクスさん十八枚、リーナさん十三枚、ドルクさん八枚、ユンさん七枚、ハルオさん十一枚。

 さらに上位種討伐分を全員で分配し、一人につき銀貨十枚追加です。確認をお願いします。」


ロクスが頷き、書類にサインを済ませた。

「了解。……まあ、生きて帰れただけで十分だな。」


その軽い言葉の裏に、張りつめていた疲労と安堵が滲んでいた。

それを見て、ハルオも静かに思う。


(――本当に、生き延びたんだ……)


ギルドの掲示板には、新しい紙が貼られている。

【北方森林地帯・立入禁止解除】


「結局、あの後どうなったんですか?」

ハルオの問いに、リーナが小さく答えた。

「報告によれば、暴走体もう1体いたそうだけど、完全に殲滅されたそうよ。

 でも――原因までは不明。自然発生じゃなく、“何者か”が魔素を歪めた痕跡があったらしいの。」


「……つまり、誰かがあれを作った?」

「可能性はあるわ。けれど、まだ確証はない。」


ハルオは無意識に拳を握った。

あの黒い靄と、内側で暴れた“何か”。

考えるほど、胸の奥がざらつく。


ロクスが肩を回しながら言った。

「ま、Aランクの連中が調べてくれるだろ。俺たちは俺たちの仕事をこなすだけだ。」


「はい。」


ロクスはニッと笑い、ハルオの肩を軽く叩く。

「初討伐依頼にしちゃ上出来だ。普通の新人なら腰が抜けてたろ。」

「……運が良かっただけですよ。」

「運も実力のうちだ。」


ユンがパンをかじりながら顔を出す。

「でもマジで死ぬかと思ったよ! もうゴブリンの森はこりごり。」

「お前は矢を外さなかったじゃねぇか。」

「当たってたのは怖くて手が震えてたからだよ!」

笑いが広がり、ようやくギルドに日常の空気が戻った。


そこへ、扉が静かに開く。

金色の鎧をまとった男が現れた。――《金の鷹》のリーダー、アーサーだ。


「第二班、見事な働きだった。」

その一言で、場の空気が一気に引き締まる。


ロクスが慌てて立ち上がる。

「俺たちは時間を稼いだだけだ。」

「その時間がなければ、街は危なかった。誇っていい。」


アーサーの言葉に、ハルオの胸が熱くなる。

その隣ではリュシアが笑みを浮かべ、軽く手を振った。

「あなたたちのおかげで髪が焦げずに済んだわ。ありがと。」


ロクスが照れたように頭をかく。

「光栄っす。」


アーサーはふとハルオに目を向けた。

「君が新人のハルオだな。」

「はい。」

「……初陣で生き残るのは簡単なことじゃない。覚えておけ、生き残る者には“理由”がある。」


そう言って金貨の入った袋を机に置いた。

「ギルドからの追加報奨だ。《第二班》の功績は正式に記録された。」


ロクスが深く頭を下げる。

「ありがとよ。助かるぜ。」


アーサーたちが立ち去ると、静寂が戻った。


「……終わったんだな。」

ハルオがつぶやくと、リーナが小さく笑う。

「そうね。でも、あなたにとっては――これからが始まりよ。」


朝の風がギルドの外を吹き抜けた。

戦いの清算は終わった。

だが、ハルオの冒険はまだ始まったばかりだった。


金の鷹からの金貨、一枚が銀貨百枚分の価値。

「いいんですか? 本当にこれ、もらって。」

ドルクが金貨を嬉しそうに見つめる。

「マジ神……!」

ユンは頬ずりしてうっとりしている。


思わぬ臨時収入。

正規報酬と合わせて、金貨一枚と銀貨十一枚。


──その夜。


宿屋の部屋で、ハルオは金貨を掌に転がしていた。


扉が軽くノックされた。

「ハルオ、起きてる?」

リーナの声だ。


「はい。どうぞ。」


入ってきたリーナは、外套を羽織り、ランプの光に照らされていた。

「眠れないみたいね。」

「……少しだけ。」

「まあ、戦いのあとは誰でもそうよ。」


リーナはベッドの端に腰を下ろし、真剣な表情で口を開く。

「あなたの“あの光”――覚えてる?」

「はい。勝手に出て……自分でも制御できませんでした。」

「そうね。でも、あれは確かに“魔法”だったわ。」


ハルオが驚く。

「俺の……魔法?」

「ええ。魔力が外の世界に干渉する――それが魔法。

 あなたの場合、無意識のうちにそれが発動したの。しかもあの強度……普通じゃない。」


リーナの瞳が鋭く光る。

「素質があるわ。魔法を学びなさい、ハルオ。」


「俺が……魔導士に?」

「ええ。適性があるなら、まずは“力の扱い”を学ぶべきよ。

 力の使い方を誤れば、自分だけじゃなく仲間をも傷つける。」


ハルオは静かに頷いた。

「……わかりました。教えてください。」


リーナは小さく笑って首を振る。

「残念だけど、私は教えられないの。あなたには――もっと相応しい場所があるわ。」


彼女は懐から一枚の封書を取り出し、さらさらと何かを書きつけた。

「ローレンの街には魔法を体系的に教える場所がないの。

 だから、ここに行きなさい。」


手渡されたのは地図と手紙。

封筒には『王立魔導学園推薦状』と書かれていた。


「……王立、魔導学園?」

「そう。王都レイディアにある魔導士の最高機関。

 平民でも推薦があれば入学できるし、力を磨けば――誰よりも強くなれる。」


ハルオは呆然と手紙を見つめた。

「でも、俺なんかが……」

「“俺なんか”って言葉、嫌いなの。あなたは生き延びた――それだけで証明してるわ。」


リーナは立ち上がり、扉の前で振り返る。

「明日の朝出発しなさい。地図の南東に《オルド峠》がある。そこを越えれば王都が見えるわ。」


「……リーナさん。」

「ふふ、何?」

「ありがとうございます。必ず、強くなって戻ります。」


リーナの表情が少しやわらぎ、静かにうなずいた。

「待ってるわ。ハルオ。」


──翌朝。


ハルオは夜明けとともに目を覚ました。

窓から差し込む朝日が、封をされた推薦状を照らす。


ギルドの食堂では、ロクスたちがパンをかじって待っていた。

「お、起きたか。出発前に飯くらい食っとけ。」

「え、もう出るんですか!?」

「思い立ったが吉日ってやつだ。」


ユンが手を振る。

「おみやげよろしくー! 王都のパンがいい!」

「お前そればっかりだな……」ドルクが笑う。


リーナは黙ってハルオに頷いた。

「行きなさい。あなたの力は、きっと誰かを救う。」


「ところでオルド峠ってどうやって行くんですか?」


ローレンの街の鐘が鳴り響き、彼の新たな冒険の幕が上がった。



----------------------------------------------------------------------------

――第1章 完――

第2章「学園編」へ続きます。


ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る