第14話 魔力操作
街の露店で短剣を買い、散策を続けていると――
森から自分を街まで連れてきてくれたロクスと再会した。
「久しぶりだな、元気だったか?」
「おかげさまで。」
ロクスは笑って俺の肩を軽く叩く。
「冒険者らしい姿になったじゃねぇか。だが――少しバランスが悪いな。」
「すいません、防具はまだいいかなって。」
「なるほど、金の問題だな。」
ロクスは苦笑して腕を組んだ。
歩きながら、俺はこの数日間の出来事を簡単に説明した。
初依頼の薬草採取、レッサーボア、そしてゴブリンとの戦い。
「なるほどな。……で、またゴブリンとやり合って、今日は装備の増強か。」
ロクスは感心したようにうなずいた。
「で、その短剣だけ買ったってわけか。」
「ええ。攻撃を通す方を優先しました。」
「ほう、考えてるじゃねぇか。
……で、“身体強化”でゴブリンの一撃を防いだって話、あれはどういう仕組みだ?」
「え?」
「つまり、魔力操作のことだよ。もう覚えたのか?」
「魔力操作……?」
ロクスは一瞬、眉をひそめた。
「なんだ、初期講習で習わなかったのか?」
「いえ……たぶん習ったような気がしますけど……よくわからなくて。」
「ったく、あの教官どもは口だけで実践を教えねぇんだな。」
ロクスはため息をついた。
そして足を止め、路地の奥にある空き地を顎で示した。
「少し時間あるか? 実際に見せてやる。」
「え?」
「魔力操作だよ。言葉で聞くより、見た方が早ぇ。」
そう言ってロクスは右手を前に出した。
指先がわずかに青白く光り、空気がピリッと震える。
まるで見えない熱が皮膚の上を撫でるような感覚がした。
「……今のが“魔力流し”だ。
体の中を巡ってる魔力を、意識して手足に流し留める。
そうすりゃ筋力が一時的に上がり、打撃の衝撃も緩和できる。武器にまとえば攻撃力も倍増する」
ロクスは片手で拳を作り、近くの木の幹を軽く叩いた。
ドンッという音とともに、拳の跡が木肌にくっきり残る。
「こんな具合だ。」
「……すごい。」
「いや、これは基礎の“き”だ。
だが、これができねぇとどれだけ武器を持っても半人前のまま。剣もすぐ刃こぼれしちまう。お前の体が勝手に反応したってことは、素質はあるんだろうな。」
「体が勝手に……たしかに、そうでした。あのときは考えるより先に体が動いて――」
「それだ。危機のときに一瞬だけ力が走る。
その感覚を思い出して、自分の意思で再現できるようにしろ。」
ロクスはそう言って、胸を軽く叩いた。
「魔力は体の奥――“核”のあたりから出てる。
呼吸と一緒に巡らせる感覚を掴めば、戦い方が一気に変わるぞ。」
俺は息を整え、真似をしてみた。
胸の奥に意識を向けると、かすかに熱が生まれる。
それが手のひらへと流れていくような……不思議な感覚。
「……なんか、少し暖かい感じがします。」
「お、もう感じたか。筋がいいな。」
ロクスは笑って俺の肩を叩いた。
「その感覚を忘れるな。寝る前でも飯のあとでもいい。
毎日ちょっとずつ流す練習をしてみろ。三日で変わる。」
「はい……!」
ロクスは立ち上がり、手を振った。
「よし、今日はここまでだ。どうせ近いうちに召集がかかる。そのときに、どれだけ扱えるようになってるか試してみろ。」
「招集……? ゴブリンですか?」
「そうだ、お前の好きなゴブリンだ。」
ロクスは皮肉っぽく笑いながら腕を組んだ。
「巣の場所が特定できた。
数が多くてな、下っ端のゴブリンだけじゃなく“上位種”も混じってた。
ギルドが正式に“討伐隊”を編成することになると思う。俺はその報告に行くところだ。」
「上位種……?」
「ゴブリン・リーダーか、下手すりゃホブゴブリンってとこだろう。
油断すれば、一瞬で食われるぞ。」
ロクスの声が冗談めいて聞こえるのに、目だけは真剣だった。
その視線に、俺は自然と背筋が伸びる。
「ひよっこでも駆り出される可能性は高い。
だからしっかり準備しておけ。――“戦場”は講習よりよっぽどいい教師だ。」
「……わかりました。」
ロクスは満足そうにうなずき、軽く拳を合わせてきた。
「いい目をしてる。次会うときは、もう少し“冒険者の顔”になってろよ。」
そう言い残して、ロクスは人の波の中へと消えていった。
背中に揺れる大剣の影が、しばらく視界から離れなかった。
俺はその場に立ち尽くし、深く息を吸った。
胸の奥が、さっきの魔力のように静かに熱を帯びている。
(ゴブリンの巣の特定……。あの森の光と関係があるのか?)
昨日見た“鈍い光”が、脳裏にちらついた。
偶然のはずがない。あの夜から、何かが変わり始めている。
(……次は、ただの依頼じゃすまなそうだな。)
空を見上げると、雲の切れ間から陽光が差し込んでいた。
その光を見ながら、俺は静かに拳を握った。
新しい短剣の柄が手に馴染む。
革鎧を買っておけばよかったか――そんな考えが一瞬よぎるが、すぐに振り払った。
(今度は、魔力操作を自分のものにして挑む。絶対に――負けない。)
風が吹き抜け、露店の旗がばさりと音を立てた。
街のざわめきの中、俺は再びギルドの方へと歩き出す。
次の戦いの火蓋が、もうすぐ切られる。
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