第22話 回収と出会い

「ソウくん、準備は出来た?」

「はい」


 大の男一人くらい余裕で入る程の大きな袋を出来るだけ小さく畳み、リュックに詰める。それを背負い、栄佑を看る医師を見た。人当たりのいい三十代程の女性だ。彼女は到着次第すぐに栄佑の治療に入ってくれた。


「大丈夫そう、ですか」


 医師に問う。彼女は微笑んだ。


「応急処置が良かったです。ただ、いくつも弾を通っている以上、安心は出来ません。輸血準備はしていますから、これから手術に入らせて頂きます。お戻りになるまでには完了するでしょう」

「よろしくお願いします」


 深々と頭を下げる。いくら『neo-J』の人間と言えど、今は信頼するしかない。

 アキラと部屋を出て、車へ向かう。辺りはすっかり夕暮れ時だった。急いだ方がいいだろう。


「かっ飛ばすわ。目標、十分で到着させる」


 かなり恐ろしい事になりそうだが、文句は言っていられない。覚悟を決め、助手席に乗り込む。アキラの運転が始まった。

 コローニアからの見返り要求は、先程通信で伝えられた。内容が内容だけに正直拍子抜けしたが、確かにあちらからすれば重要な事なのかもしれない。

 その内容は――あの場に置き去りにされていた『neo-J』の死体の回収、加えて引き渡しだった。


「そろそろよ」


 一つ新しい事実に気付いた。乗車時間が短い程、かつスピードが上がれば上がる程、酔いをあまり感じなくなる。恐らく走行というよりは滑空に近くなっているのかもしれない。かなり恐ろしい話ではあるが。

 急ブレーキがかかり、停車する。日ノ丸号は夕日を浴び、その反射光を辺りにきらきらと散らばせていた。


「行くわよ」


 降車し、日ノ丸号へと向かう。扉は前回開けたまま撤退したのがそのままだった。恐らくあれから誰も手出しはしてきていないのだろう。

 中へと侵入し、カンテラを点けた。ぼんやりとした明かりが、車内を照らす。


「ソウくん、あれは何だと思う?」

「この間、撃ってきた機械ですか?」

「そう。恐らくガトリングだとは思うけれど……三両目に入らずに、私の蔦で遺体を引きずり出すわ。それが一番安全だと思う」


 頷く。

 とくに車内は、前回ととくに変わった様子は無かった。三両目の手前で、立ち止まる。


「ソウくん、出入り口は大丈夫ね」

「はい、ちゃんと開いたままの状態です」

「分かった、やるわよ」


 アキラの両腕から、蔦が伸び始める。片方はカンテラを持ち三両目を照らしながら侵入し、もう片方は例の人影まで届いた。


「やっぱりこれ以上は伸びないわね……合図したら、先頭を走ってちょうだい」

「はい」


 蔦が、カンテラを置いた。向こう側に見える遺体は、前回アキラが被せたままの通りになっている。しかしあれから既にかなりの時間が経っている以上、腐敗はより浸食しているだろう。

 二本の蔦が、人影に触れた。


「三、二、一」


 足に、力を籠める。


「ゼロ!」


 アキラの声と共に、遺体が例の機械から引き剥がされる。同時に、駆けた。射出音が始まる。

 ひたすらに、駆ける。不意に音が小さくなったが、それでもただ駆けた。

 運転室から外に飛び出す。続いて、アキラも落ちてきた。大きな音も携えて。


「……無事、みたいね」

「ですね。怪我はありませんか?」

「ええ。どさくさに紛れて、蔦で三両目の扉を閉めたの。でも音からして、恐らくまだ射出が続いてる」


 一体、あれは何なのだろう。日ノ丸号に元々設置されていた自衛機なのだろうか。しかしそれにしては、いまいち制御が効いていないように見える。

 耳をすませてみる。未だに、音は僅かながら聞こえていた。そもそもあれだけ射出しておいて、弾は何故切れないのだろう。

 アキラは、片方の蔦を体内に収納した。血がついてきた部分を取り込むのはさすがに躊躇われたらしく切り落としていたが。

 改めて、引きずりこんできた遺体を見る。40代程の男だ。腹部からの出血は固まりきっており、その顔は安らかだ。ただ、おかしい。アキラも気付いているらしく、引きずる際に巻いた蔦を解こうとしない。


「……叩き起こしましょうか。電気ショック試しましょう」


 明らかに死人の色ではない、健康的な顔色。総吾郎は頷くと、雷の『種』を掌に握りこんだ。今となっては慣れ切った、静電気を帯びる感覚。

 遺体の傍らに屈む、そして、心臓部位に右手のひらを重ねた。

 ほんの僅か。僅かだけ、電気の針を撃つ。すると、一瞬遺体の体が跳ねた。その表情も、眉間だけ一瞬。


「もう一回やって」

「いや、一回目の時点で勘でやったんですけど……大丈夫ですかね?」

「その時点で非人道的だから変わらないわ」


 とんでもない悪態な気もするが、仕方ないのでもう一度撃つ。同時に感じた、脈打ち。


「戻ってきました」

「やるじゃない」


 そうとだけ言うと、アキラは蔦を切り落とししっかりと結び目を作る。そのまま、担ぎ上げた。


「死体じゃないなら、さっきの袋要らなかったわね。戻りましょう」

「はい」


 後部座席を開き、男の体を押し込んだ。そのまま二人も車に乗り込み、発車する。


「栄佑さん、大丈夫ですかね」


 総吾郎のぽそりとした呟きに、アキラは一瞬時間をおいた。


「あの女と……あとは、コローニア・フェロンドゥを信じるしかないけれど。信用に足るの?」

「あのお医者さんは、俺も初対面です。フェロンドゥさんは……その、ちゃんとした人だとは思います」


 ヒラリの時を思い返す。確かに彼は冷徹で『neo-J』の思想理念の為なら汚い手を使いそうな気配はある。しかし、卑怯な真似を総吾郎の前で取るようには思えなかった。


「あの時は僅かな可能性に縋る形で乗ってしまった。どうも、転がされている気がするわね」

「出し抜くって、言ってましたよね。どうするんですか」


 山道を下っていく。このままいけば、あと三十分もかからずに戻れるだろう。任務の要を達成したからか、そこまで焦っているようにも見えない。


「あちらの出方と、こいつの目覚め次第ね」


 後部座席を見やる。乱暴な車体の揺れに呻く様子は見せても、どうやら覚醒にまでは至らないらしい。


「一番いいのは、安西栄佑にこいつの事を聞いてある程度正体を掴んでからフェロンドゥと対峙ね。まあ『neo-J』も大所帯だし、安西栄佑がこいつを知ってるかは分からない。そもそも、彼自身が無事かどうかにもよるわ」


 口をつぐんだ。確かに、そこだ。

 まさか栄佑がこうなるとは思ってもみなかった。いつもあんな風ではあるが、ここぞという時には頼れて。そして、今回も。

 総吾郎の気持ちを感じたのか、アキラのハンドルを握る手が強まる。そしてまた、アクセルも強まった。体が浮く感覚に嘔吐間がせり上がるも、何も言わないでおいた。

 予想より遥かに早く到着した。アキラが男の体を抱え、総吾郎が旅館の入り口を開く。気持ち、速足になる。

 部屋を開いた。そこに、栄佑と先ほどの医師がいる。彼女はホッとしたように二人を見た。


「無事、成功しました。今は眠っていますし、しばらくは絶対安静でお願い致しますね」


 足の力が抜ける。その場に、へたりこんだ。

 本当に、よかった。栄佑は、無事に生きている。医師はそんな総吾郎の手を取り立ち上がらせ、アキラを見た。厳密には、抱えられている男の体を。


「私から、『neo-J』本部にその男の体を引き渡します。頂いても?」

「それなんだけど」


 アキラは、栄佑の隣に男を寝かせた。医師は怪訝な顔をして、その様子を見つめる。


「腹部にこんな損傷を受けて、致命的よね。それなのにこいつは生きているわ。何故?」

「……本当ですね。しかし私は『neo-J』の合成人間研究に携わっている専門医です。生身の人間の事はそこまで」

「ずっと考えていたわ。フェロンドゥが何故わざわざ合成人間の医師を親切に、敵である私達に派遣したか。言ってみれば安西栄佑は確かに合成人間だけれど、今は『卍』の一員。助ける義理も無く、むしろ暗殺を企てられても不思議じゃない」


 確かに、そうだ。

 何か『neo-J』への対価を要求してくるならまだ分かる。実際男の遺体の回収を命じられたものの、それにしてはどこか割が合わない。言わば敵の蘇生など、人ひとりの遺体回収と同価値になるのだろうか。それもあちらからの声掛けだ。


「それだけこいつに価値があるって事でしょうね。その価値とは、一体何なのかしら。敵である私達を助けても結果的にお釣りがくる程の価値、ということかしら」


 医師の笑顔は、既に凍っている。これは、まずい。


「……こいつ、合成人間ね? あなたがこの場で蘇生して私達を討つ気だった、違う?」


 アキラの右頬を、赤い線が走った。そして聞こえる、アキラからの舌打ち。


「品野アレクセイといい、医療関係者はすぐにメスを武器にするのね」


 その言葉が終わるより先に、医師はアキラに新たなメスを向けていた。飛び込んでくる彼女の刃先がアキラに触れる僅か数センチ手前、総吾郎の判断が……強い電撃を、医師に放った。

 アキラにメスが刺さるほんの僅か手前で、勢いが死んだ。そのままばたり、と医師が倒れる。どうやら気絶してしまったらしい。


「……すみません、強すぎましたね」

「いいわよ別に。こいつも縛っておきましょう」


 アキラの蔦が、医師を縛り上げた。そして部屋の隅に押しやる。


「フェロンドゥが言っていた連絡の時間まで、あと二時間程。私の想像が正しければ、連絡が通じなければこの女の任務が成功……ってところだったのかもしれないわね」

「なんでそこまでわかるんですか」

「慣れよ。こういう、裏を掻かれる事は何度もあった」


 呻き声が聞こえる。男のものだった。瞼が押し上げられていくのが見える。どうやら、覚醒したらしい。


「っ、ここは……」


 視線が泳いでいる。恐らく、状況が分かっていないのだろう。男は訳が分からない、とでも言わんばかりに辺りを見回す。ようやく、彼の視界がアキラと総吾郎をとらえた。


「……あなた、達は……」

「『卍』所属、架根アキラ。こっちは田中総吾郎」

「どうも」


 それを聞き、男は目を見開く。きょろきょろと周りを見渡し、困惑の目を向けてきた。


「……私は、一体どうしてここにいるんだ」

「貴方の中の、最後の記憶は?」

「いや、言えないな。お前達が『卍』の手のものだというのに」

「あら、そんな事言っている場合かしら」


 アキラが男の足元へ向かう。胴全体をぐるぐると縛り上げているせいでそこにしか自由がない。彼の靴と靴下を脱がせ、足の指を露出させる。その様子を見、男は戸惑いの目を向けてきた。


「な、なにを」

「職業柄、拷問の心得もあるわ。知ってる? 皮膚が薄くさえあれば、人体でも割と簡単に裂けるものよ。女のか弱い力でもね」


 彼女が一番言ってはいけない自称を聞いた気がするが、あえて黙っておいた。アキラの両手がが、男の右足の親指と人差し指にそれぞれかけられる。そのまま、力任せに開かれていった。


「っぐ、ぁあああっ!」

「あら、まだ裂けないわね。もう少し」

「や、やめてくれっ! わ、分かった! 言う!!」


 アキラの手が、男の指から離れた。涙目になりながら、男の唇が動く。


「……あの、日ノ丸号の最奥部に入った。すると、背後からいきなり身内に殴られた。頭を」


 アキラの目線を受け、頷く。「失礼します」と一声かけて、男の黒髪を両手でかき分けた。確かに、うっすらと赤みがかったこぶが出来ている。無言で押すと、男の体が跳ねあがった。


「身内って、何人?」

「私を入れて、三人。私と同僚、もう一人は上司だ。恐らく殴ったのは上司だと思う」

「名前は。全員分」

「私はプラサート。同僚は……その日会ったばかりだから覚えてない。上司はギルベルト・カイザー」


 割とすんなり話す。やはり、全体的に痛みが勝ったからか。

 アキラは少し考え込む素振りを見せ、口を開く。


「コローニア・フェロンドゥって男に貴方の身柄を寄越せと要求されている」

「おい、待ってくれ。一体これはどういう状況なんだ? 何故フェロンドゥ支部長が出てくる?」


 総吾郎が、かいつまんでアキラの推理含めて状況を説明した。すると、プラサートは呆れたように口を開く。


「成程、有り得るな。つまり、俺がカイザーにやられたのも……いや、もしかすると」

「何?」

「カイザーは一つ戦闘機器を持ってきていた。『neo-J』が開発した、サーモ式ガトリングガンだ。生命体……体温のある物体を察知すると自動で起動し射撃するものだ」

「もしかして、それがあの三両目の」


 総吾郎の言葉に「かもしれん、俺は見ていないが」とプラサートは頷いた。


「私達も本来は日ノ丸号の調査に来た。しかしカイザーはそれをずっと不満がっていてな、『調査の為だけに俺を使うな』と」

「とんだ傲慢野郎ね、そいつ」

「そこで、そのガトリングを持ってきていた。理由を聞いたら、『卍』も来るって情報が入ったから罠として設置するのも悪くない、と」


 それを聞き、アキラの目が見開かれる。総吾郎の心臓も、どこか強く締め付けられるような感触。

 つまり、最初から罠だった。


「体温のあるもの……とは言うが、未実験物だった。私はあんた達の言う通り、合成人間だ。何と合成されたかは聞かされていないが……仮死状態になれる」

「つまり本当に体温がなければ射撃が止まるのかの実験に付き合わされたってこと、か。とんだ不運ね」


 そこで、一つの疑問が上がる。


「フェロンドゥさんは、この事を知ってるんですかね。その、カイザーって人と組んでるとか」


 プラサートは首を振る。


「恐らくそれは無い。あの二人はかなり仲が悪い……というより、カイザーがフェロンドゥ支部長を心底嫌っている。恐らくどこかからこの状況を察知し、フェロンドゥ支部長がアドリブでこの作戦を組んだという感じだろう」


 聞けば聞く程、やはりとんでもない男だ。やはり支部長になる程には有能というところか。

 アキラは時計を見た。恐らく、あと十五分も時間が無い。


「貴方が生きている以上、人質という扱いになる。この医者も含めてね。何かしらの交渉は出来るかもしれない」


プラサートは一瞬黙ると、「そうなるだろうな」と呟いた。


「私自身はタイから無理やり引き連れられた身だ、どうなっても構わん。そもそも『neo-J』の時点で捕虜のようなものだった」

「どういうこと?」

「『neo-J』が一年前、タイと同盟を組んだのはニュースになったから知っているだろう。日本国民は沸いたらしいな、『「新」日本がアジア制覇に一歩踏み出した』と」


 確かに、おぼろげながら聞いた事はある。孤児院に居た頃は外のニュースはある程度聞かされていた。今にして思えば、『neo-J』の脅威を刷り込むためだったのかもしれない。


「タイが未だ『革命』を迎えていないというのもあって、『新』日本はタイを傘下に置きたがっている。今はもう『革命』を終えた国が殆どで、貴重なサンプルになるということだな」

「なるほどね。あなたはそこから連れられた、と。となると王族関係者?」

「元親衛隊員だ。親交の証に、と『neo-J』スタッフと何人か交換させられた。まあ実質は、穏便に実験体を入手したかったというのが本音だろう」


 ……酷い話だ。

 通信機器が着信音を鳴らした。三人、目を見合わせる。アキラの合図で、総吾郎が通信機器を作動させた。


「田中総吾郎です」

『おお、君か! 無事なようで何より!』


 コローニアがどこまでこの件に関与しているかは読めない。特にちゃんと応答したことに対する動揺などは聞き取れなかった。


『さて、約束の時間だ。報告を聞こうか、まず安西栄佑は無事かね?』

「はい、呼吸や脈も確認しました。ありがとうございます」

『ふむ、結構! で、だ。死体はどうだった。無事回収できたかね!?』


 アキラが身を乗り出してきた。そして、通信機器に口元を寄せる。


「生きていたわよ。それも合成人間を用意してたのね」

『何!?』

「そもそも貴方、死体が誰のものなのか把握してなかったの?」


 アキラの怪訝そうな言葉に、コローニアはいつもとどこか違う、真剣みのある声で呟いた。


『……ふむ。成程、改竄か』

「なに?」

『こちらの話だ。ふむ、しかしまあ生きていたのであればそれはそれで僥倖! そちらへ派遣した医師と共に引き渡しを頼もう。場所と時間は追って、「卍」本部へ連絡する!!』


 さすがに目を剥いた。プラサートは呆れたようにため息を吐いている。


「ちょっと、勝手に決めないでくれる? こっちの都合はお構い無しなわけ?」

『ふむ、確かに言う通りだお嬢さん。しかしこちらは生命を一つ救っている! それもわざわざそちらへ赴いてだ! 安心したまえ、その引き渡しでこの件は終わりだ』


 その言葉を最後に、通信は途絶えた。機器を手に取り、あちこちボタンを押す。しかし、どうも追えない。


「……駄目ですね」

「まあ、いいわ。少し分かった事もある」


 アキラは一つ、重いため息を吐いた。やはりどこか緊張していたのだろう。

 そして、プラサートを見る。


「貴方のところの上司と、フェロンドゥは恐らく本当に無関係ね。それどころか、貴方の上司が何かしら引っ掻き回してるのか」

「だろうな、恐らく報告内容を改竄されたのだろう。私達がこの任務に当たる事は支部長もご存じのはずだ。……いや、この女医師はもしかするとカイザーと通じていた可能性はあるな。潜り込ませられたのかもしれない」

「……死んだのはもう一人の方、って言ったのかしらね。そいつは合成人間?」

「いや、何も無い普通の職員だ」


 改めて、栄佑に目をやった。その胸は穏やかに上下している。

 しかし『neo-J』の医者に任せたのは本当に失策だったのかもしれない。せめて、見張っていればよかった。もしまた、暴走してしまったら。出会った頃の栄佑を思い出し、背筋が冷える。

 そんな総吾郎の気持ちを察したのか、アキラが口を開く。


「とりあえず、もう長居は無用だし『卍』基地へ戻りましょうか。ソウくん、悪いけど安西栄佑も縛らせてもらうわよ」

「……ええ、それで」


 仕方ない判断だとは思う。それでもどこか、胸が痛かった。

 プラサートを見る。彼は苦笑気味に、縛られた体のまま立ち上がった。


「私はこのままで構わない。人質という扱いならば」


 それを聞き、アキラは総吾郎に目を向ける。意味が分かり頷くと、リュックから念のため持ち運んでいたバタフライナイフを取り出した。刃を出し、プラサートを縛る蔦を一本ずつ切り落とす。そんな総吾郎を驚いた眼で見、プラサートは口を開いた。


「いいのか」

「自分の正体すら分かってないような合成人間ひとりくらいなら、ソウくんでも一捻り出来るしね」

「いやそれはちょっとさすがに……」

「というのは建前。二人を運ぶのと荷物運び、手伝って頂戴」


 そうとだけ言うと、アキラは荷物をまとめ始めた。そんなアキラを見、プラサートは口をぽかんと開けている。そのまま、総吾郎に耳打ちした。


「……君の上司、色々と凄いな」

「まあ……」


『出し抜くのよ』


 確かに今は色々追い詰められている。現状は恐らく、どん底に近い。それでもきっと、アキラのあのマイペースな前向きさがあれば何とかなりそうな気すらしてくる。

 彼女は、強い。自分はそれについていくので精一杯だ。だからこそ、強くならねばならない。


「ところでプラサートさん、船って運転出来たりしますか」

「ああ、母国には離島が多かったからな。それなりには」

「……帰りの運転ってお願い出来たりしますか」

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