第21話 再戦開始と出会い
『……そうかい、じゃあ調査は今日から本格的に始める感じか』
通信機器越しのアマイルスは、声からしてかなり疲労している様子だった。自身の研究もある上に、人手不足のせいでこんな雑用までやらされていては身がもたないだろう。しかしアマイルス曰く、杏介の仕事量の方が数倍上回るとの事だ。たまに想うが、彼の基礎体力は案外並外れているのかもしれない。
背後で栄佑が色々荷詰めしている音がする。彼は総吾郎よりも三十分早く起きていた。昨日はあれからとくに深い話をする事無く、穏やかに眠った。
「あと少しでアキラさんと合流して、あの乗り物の所まで行きます」
『気をつけてね、なかなか森深い所にあるらしいから……変な生き物とかいても、まあ安西さんの鼻で分かるだろうけど』
聞こえたのか、栄佑の顔がこちらを向いた。苦笑しつつ、話を続ける。
「次の定時連絡は夕方ですね。というか、アマイルスさん大丈夫ですか? かなり早起きですね」
『まあちょっと色々あってね』
そこでふと、思い出す。
「そういえば、アレッタの事なんですけど」
『っえ!? な、何だい? アレッタがどうかしたのかい?』
「……栄佑さんがアマイルスさんとアレッタが何か企んでるっぽい事を言っていたので」
栄佑の目が見開かれた。取り繕ったように首を振られるが、敢えて無視を決め込む。通信機器の向こうに居るアマイルスは数十秒沈黙したのち、一つ咳払いをした。
『任務、頑張って!』
「え、ちょっ!?」
ぶつり、と通信が切られる。いや確かに定時連絡の内容は全て済ませてはいたが、これだと余計気になってしまう。栄佑をじっとりと見ても、彼は張り付いたような笑顔のまま準備を続けるだけだった。これはもう実際本人に会って確かめるしかないかもしれない。
荷物を持ち二人でロビーに向かうと、アキラは既にソファで新聞を読んでいた。二人に気付くと新聞を畳み、立ち上がる。
「もう行けそう?」
頷くと、アキラに部屋の鍵を渡す。彼女は自分のものも含めスタッフに預けると、大きなリュックを背負って先を歩き始めた。旅館を出、すぐに見える山を指差す。
「あの山よ。今から車を使えば1時間もかからないわ」
「へえ、そんなもん? すぐだね」
「日が沈む前にある程度調べて、もし残り物がありそうなら明日ね」
レンタカーショップへ向かい、大きめの車を一台借りる。運転席に当然のように乗り込もうとするアキラをさりげなく制し、栄佑が扉を開いた。
「あれ、栄佑さん運転出来るんですか?」
「言ってなかったっけ、俺普通に車の免許はあるよ。まあ『neo-J』に置いてきちゃったから不携帯扱いだけど」
それなら前回車に同乗した際運転してほしかったが、あの時はアキラの運転技術を未だ知らなかったから仕方ない。アキラは不思議そうにしていたが「昨日船運転してくれたから」と気遣いを装った栄佑の言葉に納得したようだった。
アキラとは大違いの、非常に穏やかで安定した運転で走り出す。助手席に座るアキラが道を指示し、総吾郎は後部座席でぼんやりと外を眺めていた。
天気は快晴。暑いが、クーラーが効き始めて車内はとても快適だ。
1時間と少しがかかった頃、森に入った。1時間足らず、というのは恐らくアキラが運転した場合の話だったのだろう。
「次二つ道が分かれたら、左。そこよ」
「うん」
指示通り道を進む。見えてきた。
栄佑が、車を停止させる。目の前には、あの写真と同じ物体が在った。思っていたよりもかなり大きい。これが人を乗せて走っていたのか。それも、こんな自家用車とは比べ物にならない程の人数を。
三人とも、降車する。
「蒸気機関車、日ノ丸号」
「名前ですか」
アキラが頷く。
日ノ丸号は、その正面顔をこちらにしっかりと向けていた。しかし車体のほとんどはトンネルの向こう側にすっぽりと包まれている。トンネルの中をのぞいたが真っ暗な上、横向きに進まなければならない程の狭さだ。調査は少し難しいかもしれない。
「何があるか分からないし、手分けはせずに三人で纏まって調査しましょう。時間はあるわ」
アキラの言葉に頷く。彼女はリュックから資料を出した。多数の写真を広げる。
「先頭部分が運転室だから、まずはそこからね。行きましょう」
先端部分の側面に、人ひとり通れる程の扉があった。かなり錆び付いているようで、先頭にたまたま立っていた栄佑が引っ張ってもビクともしない。
「どうする? 壊す? てか、これ何かおかしいんだけど」
「どういう事?」
栄佑は、扉をあらゆる方向へ引っ張りながら首をかしげる。
「いやさ、結構錆びてるっぽいなーって思ったけどここ見て。扉のこの、壁に面してるとこ」
アキラと総吾郎も、身を乗り上げて栄佑の指先を眺める。車体全体満遍なく錆びているように見えたが、栄佑の言う部分だけ錆びが侵食していない。というよりも、取り除かれている形跡がある。元の金属が艶めいているようにすら見えた。更に、よく見ると扉と壁の間に1センチ程の隙間が開いている。中から鍵を掛けられているのか。
「これって……」
栄佑が何を言わんとしているかは分かる。アキラは一瞬考え込むと、すぐに「下がって」と二人に告げた。総吾郎と栄佑が距離を取ったのを確認し、アキラの両腕からそれぞれ緑色の蔓が延び始める。二本の蔦の細い先端が扉のほんの隙間から入り込み、どんどん奥へと侵入していく。
アキラの顔が、総吾郎へと向いた。
「リュックに薄型鋸が入ってるから、出して」
アキラの背負ったリュックを開き、折り畳み式の鋸を開いて手渡す。蔦を一本引き戻し受け取ると、隙間を通すようにして蔦が鋸を車内に運んだ。
「それめっちゃ有能だね」
「でしょう」
いつもの無表情だが、どこか誇らしげに言うアキラにどこか人間味を感じて頬が緩む。
蔦が細かく上下に動いている。恐らく鋸で何かを切っているのだろう。ガチャン、と金属の墜落音が聞こえた。鋸を持っていない蔦が、扉をスライドさせる。
「行きましょう」
蔦を体内に納め、アキラは二人を見る。頷き、アキラ、栄佑、総吾郎の順で車内に乗り込んだ。
扉に反して、中は広い。開いた扉から差し込む自然光だけでも、中は十分明るく照らされた。自家用車よりも複雑な造りをした運転席と、多数の棚。およそ六畳程の、広々とした部屋だ。
「おかしいな、これ」
栄佑の呟きに、アキラも頷く。意味が分からず二人を見ると、栄佑は鼻を小刻みに動かした。
「埃が全然無い」
辺りを見回すと、確かにそれらしきものは全然無かった。それどころか、どこか綺麗に掃除された痕跡すらある。棚の一つに人差し指を滑らせても、何も付いてこなかった。
「『革命』が起こったのが2115年。そこから416年。いくら『革命』に巻き込まれなかったとは言え、これは……」
アキラの口は止まず一人言を呟く。それを掻き消すように、栄佑は言った。
「こういう事だろ、俺が選ばれたのは」
彼を見る。どこか得意げに胸を張った。
「『卍』ですら調べがついたんだ、高確率で奴らにも知られてる。先を越されてるってもう想定済だろ? だったら、普通の人間だと調べきれないところを、俺の嗅覚で探る。ただでさえイレギュラーな遺産だ、絶対何か……深くに、隠されてる」
「驚いたわ、あなたの勘動物並ね」
「半分近く乗っ取られてるからな」
ふと、あの男の顔が過ぎる。いや、しかしその可能性は低いだろう。彼は地質調査に来ていると言っていた。恐らくこれの事ではない。
アキラは気を取り直したのか、改めて告げた。
「『neo-J』がここを調べているなら、恐らく表に出ている重要物は手を出されているはずよ。今から重心的に調べるのは……奴らですら恐らく気付かなかった隠しギミック」
「よっし、やってやるぜー!!」
栄佑の底抜けに明るい声に、表情は引き上げられる。すぐに、あの男の事など……考えから、飛んでいった。
「やっぱ残り香がある。三種類程。恐らく全員男だ」
「そこまで分かるの……気持ち悪……」
「うーん最後のはいらなかったな!」
アキラと総吾郎が手を動かす傍ら、栄佑はずっと鼻を動かしていた。運転室の棚を一つずつ開けてはいっているが、やはり重要なものらしき書類などは見付からない。というより、ほぼ全て空の状態だ。
「残り香って、そんな残るものなんですか?」
「いくら隙間あったとはいえ、換気あまり出来てなかったみたいだしなぁ。でも嫌なにおいとかはない」
栄佑は辺りをきょろきょろ見回しながら、呟くように続ける。
「多分先越された時、あらかた全力で換気された。だから中の空気自体は割と新しい。そこに奴らの匂いが残って、改めて閉じられって感じだな」
「だいたい何日前に奴らが来たかとかは分かるの?」
「いやそこまでは……でも、絶対最近。ここ一週間とかは経ってないと思う」
運転室にある棚などはあらかた調べ終えた。栄佑も色々調査していたが、とくに隠し扉のようなものは無かったらしい。改めて、アキラが資料を開いた。
「車両は三つあるわ。一つずつ調べていきましょう、ここを重要部と捉えてあちらが手付かずの可能性もある」
運転室の奥に、大きな扉があった。そこも、錆びが取り除かれた形跡がある。今度は内側から留められている形跡もなく、簡単に開いた。
奥は、ベンチのような二人掛けの椅子が左右両側にいくつも整列させられている空間だった。恐らく、客が座る椅子だったのだろう。トンネルに差し掛かっているためか薄暗く、総吾郎はカンテラを点灯させた。
「どう?」
アキラが栄佑を見る。彼は再び鼻を動かした。どうも難しい顔をしているが、すぐにニヤリと笑う。
「アキラちゃん、ビンゴだ。さっきの部屋より残り香がかなり薄い、多分ろくに調べてないなこれ」
「となると、恐らくここから向こう全部ね。やるわよ」
頷く。
まず、所持しているカンテラを車両の端と端に設置した。かなり車両内が明るくなる。外の気温に反しかなり涼しいあたり、元は鉄製なのだろう。
栄佑は目を閉じ、うずくまった。みるみる内に、体毛が伸びていくのが見える。やがて、狼の姿に変化した。そういえばこの姿を見るのは、アレッタに初めて会わせた時以来だ。彼いわく、この姿の方が人間の時よりも格段に能力が上がるらしい。言語による意思疎通が出来ないのと疲労が溜まり易いとの事であまり変化しないようにしている、との事だった。
栄佑の鼻が、まず床をなぞる。そろりそろりと歩きながら、匂いを確認しているようだった。全体をなぞりきると、尻尾をうなだれさせる。
「何もありませんでした?」
総吾郎の問いに、頷く。それを見、アキラは「次に行きましょう」と告げカンテラを拾った。
奥の扉を開き、二車両目。再びカンテラを設置する。構造自体は同じだった。改めて、栄佑は匂いをかぎ始める。入り口から三車両目への扉まで辿り着くと、不意に彼は首を傾げた。扉の匂いを執拗に嗅いでいる。
「どうしました?」
総吾郎の言葉に、栄佑は小さく吼えた。開けろ、と言っているのか。目で問うと、頷かれる。
「ヤバそう?」
アキラの言葉に、唸り声。途端、アキラの目も厳しくなる。腕から再び、蔓を伸ばし始めた。
「ソウくん、安西栄佑、客席の陰へ。これで距離を取って扉を開ける」
頷き、総吾郎は栄佑を手招きし一番近い客席の陰へ隠れた。栄佑も寄ってくる。ふわふわの体毛が心地いい。アキラもまた、総吾郎と通路を挟んで反対側の客席を身を隠した。
アキラの蔦が、そっと扉に先端を掛けた。横にスライドし、恐る恐る開いていく。とくに何も聞こえないが、栄佑の顔がどんどん険しくなっていくのが分かる。鼻が小刻みに動いていた。アキラはその様子を見ながら、恐る恐る三車両目にも視線を延ばした。
「暗いわね。見えないわ」
「行きますか」
アキラが頷く。蔦がカンテラを拾い、三車両目へと向かった。無事設置出来たらしく、蔦がこちらへと戻ってくる。様子を見ていたアキラの目が見開かれた。
「……死体がある」
「死体?」
身を乗り出し、三車両目を見る。かなり奥の方に、確かに人影のようなものがあった。いくらカンテラに照らされているとはいえ、距離が遠過ぎる。栄佑はずっとうなり声を止めない。
まず、アキラが足を踏み出した。栄佑を優しく押しのけ、総吾郎も歩き出す。二人で並び、三車両目に入る。栄佑がその後ろに続いた。
三車両目に踏み入り、先程とは明らかな異質に気付いた。総吾郎にすら分かる、噎せ返るような血と……ガスのにおい。
「あれは……」
アキラも気付いたらしい。総吾郎もまた、目を剥いた。
ぐったりと、奥の方で何かに覆いかぶさるようにして倒れこんでいる……恐らく男性。背中を何かで撃ち抜かれているのか、五つ程銃弾程の穴が開いている。問題は、その衣服だった。
「『neo-J』のジャケットですよね」
赤い見慣れたジャケットが、乾燥した血液によって黒く汚れている。反応やにおいの様子からして、確実に死亡しているだろう。
一歩一歩、少しずつ近付く。ある程度視認出来る距離に辿り着いた。改めて、車両内を見回す。今までの車両とは違い、客席が一つも無い。というより、粉砕されて辺りに散らばっていた。明らかに、おかしい。
アキラの足が止まった。蔦が、少しずつ死体へと伸びていく。
「……触るわよ」
総吾郎が頷くのを確認し、二本の蔦が死体に触れた。片方が死体の下へと潜り込み、ずるずるとこちらへ引きずりこもうとする。その時、死体が何かを抱え込んでいるのに気付いた。その姿が、見えた。
「あれは」
「ソウくん!!!」
光った。アキラの叫びより、栄佑の方が一瞬だけ早かった。
バラバラバラ、と激しい射出音。閃光と共に、炸裂した。本当に、一瞬だった。しかしそれでも、明らかな……嫌な感触。
アキラの蔦が死体を一瞬で引き上げ、『それ』に被せた。何発かの銃弾を死体に向けて放射すると、動きが止まった。ぶちぶちと肉を貫く音が、鼓膜に嫌な余韻を落とす。
ハッと我に返った。
「えっ……えいす、けさ……」
足元に、肉塊が転がっていた。白銀の毛並みに染みる、赤色。呼吸は僅かだけ。
「栄佑さん! 栄佑さん!!」
返事は、無かった。
「弾は全部抜けてるし、一先ず縫合も出来た」
アキラはゴム手袋を外しながら、深い溜息を吐いた。
「弾が連射用で比較的小さかったのと、狼になっていたのが幸いしたわね。体毛でせき止められて、出血を防いでくれてる」
「大丈夫、なんですか」
涙で赤らんだ目が、痛い。アキラは何のリアクションもしなかった。
「私は獣医じゃない。人体治療はある程度修めているけれど……一刻も早く基地へ連れて帰った方がいいわ。ソウくん、連絡して。私は船の準備をしてくる」
「はい」
宿に戻り応急処置を施された栄佑は、依然として狼化を解かない。恐らく自分の意識で変化する以上、現状ではうまくいかないのだろう。
通信機器を作動させる。数秒のラグの後、起動した。
『こちら、「卍」作戦部イメルダ・フィトン』
「田中総吾郎です」
『ああ、君か。何かあったのか』
唇を、噛む。
「……作戦中、安西栄佑が撃たれて、意識が……」
庇われた。彼に。それを思い出し、また涙が溢れそうになる。彼は、自分を守ってくれた。
フィトンは察したのか、声を発する。
『生きているのか』
「アキラさんが、応急処置をしてくれて。でも、早く獣医の方に見せた方が……」
『生きているなら、よかった。大事な研究材料に死なれては困る』
頭に、急激に血が上った。
「っそんな言い方無いでしょう! あの人は、あの人はっ……!」
栄佑の立場を忘れたわけではない。確かに彼は元『neo-J』で、貴重な合成人間だ。自分が傍に居ない時、どんな扱いをされているのかは……正直、想像がつく。
それでも、許せなかった。
「早く……この人を、助けてください……っ!!」
栄佑の呼吸は、未だ確認出来る。でもそれがいつ止むか。それを考えるだけで、涙が止まらない。
死なせたく、ない。
フィトンは一瞬沈黙すると、冷たい声で言い放った。
『それはつまり、任務を放棄するという事か』
「……!?」
『君達は今、「革命」の手掛かりに繋がるであろう重大任務中だ。些か責任感が足りないのではないか? 単純に能力不足で失敗したというのなら、我々が尻拭いするのもおかしな話だ』
頭が、真っ白になった。
確かに、あの時総吾郎がもっと早くに反応していれば。確かに栄佑に庇われる事も無かったのかもしれない。それでも、何故そこまで言われなければならないのか。
任務完遂まで栄佑をこのままにしておいたら。その想像は、あまりにも恐怖だった。
『いいか、今回の任務は「卍」の中でも極めて重大な任務だ。その為に架根も同行させている。失敗は』
「許されないのは貴方の不必要な冷酷よ、万年下っ端が」
ハッとして振り返る。アキラが立っていた。その顔はいつもと変わらず無表情だが、総吾郎には分かる。あれは、とんでもなく。いつもより乱暴な仕草で、総吾郎の手から通信機器をもぎ取った。
『か、架根さん!』
「帰ったら覚えていなさい」
壁に、通信機器が投げ撃たれる。ガシャン、と派手な音を立てて破片が辺りに散らばった。
ぼんやりと、アキラを見上げる。彼女は背を向けていて、表情が見えなかった。
「さっき旅館の人間に呼び止められたの。一人獣医に心当たりがあるから手配出来る、との事よ」
「本当ですか!?」
「今日中には来てくれると言っていたわ」
そう言って、栄佑の前に屈む。未だ意識はないが、呼吸は何とか見える。そんな彼の首に、アキラは顔を一瞬埋めた。
「今回は、完全に私のせい」
「そんな……」
声が、明らかに暗かった。
「私ひとりで、あの中に入っていればよかった。そうすれば、安西栄佑も無事だった」
しかしそうだとしたら、恐らくアキラがただでは済まされなかっただろう。
未だに、自分は無力だ。あれだけ心を決めたのに。涙が溢れそうになる。そんな総吾郎を見、アキラは立ち上がった。そのまま、抱きしめられる。
「泣いては駄目。無力を恥じるのは、まだよ。まだ、終わっていない」
どこか、彼女自身にも言い聞かせているように聞こえた。強く、頷く。
そうだ、この任務はまだ続いている。フィトンの言う言葉は確かに引っ掛かるが、栄佑の無事に少しでも繋がったのなら……少しでも、やるべき事をやらねば。
通信機器の着信音が聞こえた。ハッとしてアキラが体を離す。先程アキラに壊されたものではなく……もう一つ、アキラの持つ通信機器の方だった。アイコンタクトで確認を取り、アキラが起動させた。
「こちら、作戦部架根アキラ」
『おーっ君がか!!』
この大きな声は。耳に届いた瞬間蘇る、あの大男。
「……誰」
警戒心が最大になっている声だった。そうか、アキラは知らない。総吾郎が急いで手を差し出すと、アキラは少し戸惑ったが通信機器を総吾郎に手渡してきた。耳に当てる必要もない。
「フェロンドゥさんですよね!?」
『おおお、やはり君も居たか田中総吾郎! ふむ、さすがである!!」
一気に謎が膨らむ。何故、彼が。
「これは『卍』内での職務専用通信機器です! 何でこれが分かったんですか!?」
『ふっふっふ、それは教えられぬな! しかし一つ忠告だ、番号は定期的に変えた方がいいぞ! 数十年も同じ番号を使い続けるのは、警戒心と管理能力の怠慢を示すと同義だ!』
意味が分からない。しかし、彼が掛けてくるという事は絶対に何かある。
『正直君が居るとは思わなんだ。よろしい、再戦といこう!』
身構える。アキラにも内容が全て聞こえているらしく、かなり険しい顔をしていた。
『架根アキラ、君は先程安西栄佑を治療出来る獣医を手配したな。残念ながら獣化した体は、通常の獣と構造が若干異なっている。その為、通常の獣医では太刀打ち出来ない! 助かる見込みは恐らく半分も無い!』
完全に筒抜けだ。まさか、旅館関係者に『neo-J』が居るのか。そう思ったが、事前に調査済だ。恐らく何の気無しに、『neo-J』管轄の獣医組合に話が行ってしまったのだろう。前回もそうだったが、完全に『neo-J』……コローニアが先手に回ってしまっている。
『だが! 合成人間を作った我が組織なら、専門医が存在する! 手配してやってもいい!!』
二人の目が一斉に見開く。
『まあ助かるかどうかは本人の気力・状況に拠るだろうが、並の獣医に比べれば安心だろう! 今から向かわせれば三時間もかからず到着する!』
「……見返りは?」
アキラの声が、揺れている。それは、期待と戸惑いの色だった。コローニアの声も、どこか楽しげにすら聞こえる。
『まだ思いついておらん!』
「……は?」
コローニアの声が、けたたましく笑みを奏でる。そのまま言葉が続いた。
『安西栄佑の治療は現地で行う。その間にこちらで考えておこう。何、あくまで紳士的に真摯な取引をするのが俺のポリシーだ! そこは安心していい!』
「信用出来ない」
『ふむ、確かにそうだろう! しかしこのまま一切助かる見込みが無いまま時間を食い潰すのと、何を食い潰すか分からぬがほぼ確実に安西栄佑が助かる賭けに出るか! どちらが有意義だろうな!!』
アキラの顔が大きく歪む。こんなアキラは、初めてだ。余裕が完全に削がれている。
『完全に大サービスだ、諸君の快い返答を聞き届け次第、すぐに専門医を派遣してやる! 勿論、早ければ早い程治療は無事に進むのは分かっていよう? さあどうする!』
栄佑を見る。そして、アキラを。彼女は眉間に皺を寄せ続けていたが、総吾郎と同じ決断をしてくれたらしい。彼女が重々しく頷くのを見、総吾郎は口を開いた。
「……お願いします」
大声の、哄笑。心から愉快そうだった。
現在居る部屋の場所や細かい時間などを割り決め、通信機器を切った。二人揃って、深い溜息。
一先ず、栄佑の身の安全はどうにかなりそうだ。しかしそれ以上に、とんでもない事をしてしまった。アキラを見ると、普段とおりの無表情。
「あと二時間四十分」
アキラの言葉に、首を傾げる。彼女の目は、再び強い光を取り戻していた。
「作戦を急いで立てるわ」
「何の……」
「あの男を出し抜くのよ」
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