第13話 「種」作りと出会い
「杏介さん、ここでいいですか?」
「おう、置いといてくれ。俺もう一周してくるわ」
「卍」基地で最大のラボ、通称「製造室」の中に台車を置いた。上に乗せられたダンボールを床に下ろし、一息つく。
最近はドリフェに新人が入ってきて人手が足りているらしく、もともと臨時で働いていた自分はそんなにシフトに入らなくてもよくなった。なのでとりあえずやれること、という事で杏介の小間使いのような仕事を与えられている。
改めて杏介の仕事について聞いてみたところ、今のところは「種の研究」と「栄佑の研究」がメインらしい。栄佑に関してはそこまで焦る必要は無いとのことだが、最近「neo-J」絡みの事件もあったということでより強力な「種」を作る研究を急かされているそうだ。
「ただいまー」
「あ、手伝います」
戻ってきた杏佑の台車からダンボールを引きずり下ろし、床に置く。杏佑は腰を捻りながら、「やっと終わった」とげんなりした様子で呟いた。
「ちょっと休憩しよか。食堂からサンドイッチもらってきてんねん、ここで昼飯食べよ」
「じゃあお茶淹れますね」
「おー、冷蔵庫とか勝手に開けて」
とりあえず一番使える面積のあるテーブルにサンドイッチや紅茶を広げ、対面に座った。他の研究員はそんな彼らに目を向けることなく、忙しそうに手を動かしている。杏介いわく、各々個人のやることで手いっぱいなので休憩も自分達の判断で勝手に取っているとのことだった。
「研究の人たちって、本当忙しそうですよね。杏介さんといいアマイルスさんといい」
「せやなあ、まあやってる事自体は人それぞれやけど基本的には『卍』運営の為の研究やし。中には直接資金に関わる研究もあったり」
「というと?」
「まあ、国の技術発展の為のグレーな研究とかな。国に『neo-J』が関わってるってバレたらあかんような研究とかも受け負っとる。金になるねんなぁこれが」
光精の顔を思い出す。彼は、「neo-J」が国家組織だと言っていた。国を動かしているのは自分達だ、とも言うようなニュアンスだった。結局ざっくりとしか聞けていないせいで、ぼんやりしたイメージしか出来ない。
「なんで、『卍』って存在できてるんでしょうか」
ぼそり、と出てしまった。ハッとして杏介を見ると、彼は特に驚いた様子も見せず総吾郎を見ている。
「……どうせ『neo-J』のことでも気にしとるんやろ。安西さんから聞いたで、あっちの幹部と個人的に会ったらしいやんか」
「それは、その」
「一応安西さんにも口止めしたけど、それあんま知られんようにしろよ。……変な疑いかけさせたくない」
言っている意味は、痛い程分かる。「すみません」と呟くと彼はそっと笑った。
「まあ田中くんから会いに行ったわけちゃうやろ。それで何やっけ、なんで『卍』が『neo-J』に潰されんといられるかって話か」
「はい。その、幹部の人が言ってたんです。『いつでも潰せる』って」
ふむ、と考えるそぶり。しかしすぐに彼はサンドイッチを口に含むと話し始めた。
「まあ、『新』日本発展を目指す『neo-J』を『旧』日本に戻そうとする『卍』は倒さなあかんわけやしな。勿論あっちもそれは承知や。自分らに歯向かうような奴らなんかほんまは消したいやろし、その力もある。『卍』がやってる研究とかを世論とかで発表したら一巻の終わりやし」
「……ですよね」
「まあ一番の理由は、さっき言った通りや。国を運営していく上で、絶対黒い面とか出てくる。それを裏で『卍』が引き受けてる部分があるからこそ、あっちはうちを潰されへん。まあ言わば利用してるんや、『卍』を」
ある種のビジネスやな、と彼は紅茶をすすりながら呟いた。
……変な話だとは思う。互いにそういった協力関係にあるというのに、水面下では敵対している。
「『卍』と『neo-J』が合併するとかは、ありえないんですよね」
「無いな。なんせうちのボスがあれや。『旧』日本に戻すために『卍』作ったんやし。つまりや」
最後のサンドイッチを手に取り、杏介は一息おいた。
「……『卍』の研究の最終目的は、もう一度『革命』を起こし改めて日本をまっさらにする。そして、『旧』日本へと再生」
それは、つまり。
「『革命』を人為的に起こす、ってことですか」
「そうなるな。まあ、今現状では絶対に不可能や。でも、それがボスの目的や言うんならやらなあかん」
杏介は立ち上がると、自分の分のゴミの片付けを始めた。「まだ食っといてええぞ、準備だけしてくる」と言い背を向ける彼から目をそらす。
『革命』を、再び起こす。そんな事は、可能なのか。そして、光精はそれを知っているのか。彼は『革命』について一説を信じていると言った。彼なら何か、手がかりを持っているだろう。しかしまた彼に会うには憚られるし、第一こちらから会えるのかは分からない。
自分は『革命』について全然知らない。ただ、国ひとつまっさらに……築き上げた文明と記憶だけを抹消する超常現象。果たして、何なのか。
彼との約束を、思い返す。恐らく彼は、また現れるだろう。アキラが居る限り。
サンドイッチを食べ終え、ゴミを片付けて杏介のデスクへ向かう。彼は丁度、ダンボールを開いているところだった。中から英語で書かれたラベルで封をされている小型の箱を取り出すと、デスクに置いた。
「読める?」
「すみません、全然」
「ある程度英語勉強しといた方がええで、今となっては世界単位の公共語にになってるわけやし。そもそもあの孤児院で何で教わってへんのかも疑問やけど……いずれ海外とかに売るつもりやったくせに」
ラベルを剥がし、蓋を開ける。中に入っていたのは、無数の黒い石だった。綺麗に磨き上げられ、輝きの中に自分達の顔が映っている。
一粒つまみ出し、杏介は目を凝らした。
「ほー、まああの値段やったらしゃーないやろけど……ふむ」
「何ですか、それ」
「オニキスっていう石や。イギリスから輸入してん、今高いんやでこれ」
恐らく、箱の中には百粒はあるだろう。大きさはすべて一定で、一センチ程。いつも使う種に比べると小ぶりだ。
「今のところこいつに合う元素はまだ見付かってない。しかしちょっとしたツテが出来てな、格安で譲ってもらえてん。だからちょっと何かしら組み込んでみよかって話や」
「なるほど……ちなみに、何かヒントとか無いんですか?その、どの元素が合うとか」
「一応『旧』日本の史実とかも照らし合わせたりしてるんやけど、これといって法則性はまだ見付かってへんねんなぁ。とりあえず片っ端からやってみようって感じや」
他の研究員が持ってきたケースに、二人で10個程ずつにに分けて移していく。その内の一つを持ち、杏介は立ち上がった。目でついてくるように言われ、総吾郎も後を追う。
研究室の端、床の上のハッチを開くと梯子が見えた。「気ぃつけて降りて」と言い、杏介は先に中へと潜っていく。続いて降りていくと、案外すぐに地に足がついた。真っ暗だったがすぐにセンサーが作動したのか、パッと明るくなる。
眩しさの中見えたのは、一つの大きな機械だった。上にあったパソコンよりも一回り大きいディスプレイが繋がっており、杏介がそのスイッチを作動させる。
「ここは実験用の部屋でな。事故とか起こったらヤバいってことで隔離しとんねん」
「この中で何か起こったりしたら……」
「何か起こったらセンサーが作動して、外に状況が分かるようにしとる。まあそうそうそんなヤバい事も起こらんけどな」
ディスプレイが真っ青に輝きだす。一瞬夥しい数字の羅列が出現したが、ふっと消えた。そして、声が聞こえる。
『……システム、起動。いつでも始められます。開始の合図をお願いします』
どうやら音声ガイダンスのようだ。杏介はケースから一粒オニキスを取り出すと、機械に付属されている小さな箱を開いた。その中にオニキスを入れ完全に箱を密封すると、「解析頼む」と呟く。再び数字の羅列が表れ、けたたましく画面が揺らぎだした。
「この機械は『シード』って言ってな、『種』の元になる石の解析やら元素の組み込みやら全部やってくれる」
「すごいですね。誰が作ったんですか、これ」
「……今は、聞いたらあかん」
どういう意味なのか、と問おうとした瞬間画面がまた消えた。しかしすぐに投入したオニキスが映し出される。
『SiO2……モース硬度6.6……神秘性高……』
「ほう」
恐らく、良い結果だったのだろう。杏介の顔が少し顔が明るくなった。
解析が完了したのか、機械の下部からじりじりと紙がせり出してきた。機械の熱のせいか少し温もりのあるそれを付属カッターで切ると、杏介に手渡す。受け取ると、彼はじっくりと眺めだした。
「うーん、これはタンザ以来やな……しかし色の事もあるし、もしかすると……」
ぶつぶつと呟き続ける杏介には、周りが見えていないようだった。こういう姿を見ていると、彼は本当に研究家肌だと思う。しかし。
「杏介さん、なんか電話光ってるんですけど」
音は鳴っていないものの、壁に付属されている電話のランプが赤く点滅している。しかし杏介は何も反応しない。仕方無いので、総吾郎が電話のスイッチを押した。付属モニターに、アキラの顔が映っている。
『ソウくん? 林古くんはいないの?』
歓迎会からもう一ヶ月程経つ。あれ以来アキラにはそれ程重要な任務は回ってきていないらしく、割と基地内で顔を合わせる事が増えた。そして恐らく、彼女は今日は非番のはずだ。
アキラには、未だに光精に会った事は伝えていない。恐らく栄佑からも聞いていないだろう。
「あー……今自分の世界に入り込んでしまってて」
『またなのね。いいわ、もう放ってあなただけでも地上に上がってきて。入り口で待ってるわ』
そこで電話は切れた。新しい任務か何かだろうか。
未だに反応が無いので、近くにあった付箋にメモだけ残して総吾郎は梯子へ向かった。
もし任務だとしたら、久々だ。一応時間が空いている時は鍛錬を欠かしていないし、『種』の扱いもそれなりに出来るようになってきたとは思う。完全な単独任務、というのは新人には基本的にはさせる事が無いらしいので、今回もアキラと一緒だろうか。
ハッチを開けると、アキラが座って待っているのが見えた。長い黒髪を揺らし立ち上がると、彼女はこちらへ歩いてくる。
「お疲れ様。無事?」
「え? 特に何もしてないですけど」
「……そう」
どこか、顔が暗い。「どうしたんですか」と問うと、彼女は首を振った。
「ごめんなさい、私情なの。……この下のこと、好きじゃないから」
『実験用の部屋でな』
アキラは長くここにいる。戦闘員としての鍛錬も昔から行ってきたと聞いた。もしかすると、嫌な実験の記憶でもあるのかもしれない。触れない方がいいのだろう。
すぐにいつもの仏頂面に戻ると、アキラは口を開いた。
「作戦部についてきて。任務よ」
作戦部の部屋には、誰も居なかった。アキラはテーブルを挟んで総吾郎を向かいに座らせると、数枚の資料を手渡した。そこには、崖の下から写したような写真が載っている。周りの樹林や空までの高さを考えても、結構大きな……洞窟の入り口のようだった。
「ヒラリ鉱山と言って、うちで作る『種』の原料になる石を採掘してもらっている場所よ。シェア率は40%、ダントツね」
「……なんかこの景色、変ですね。何か崖みたいなのに、こんな森というか…何もなさそうな森に、いきなりどんっってこんなのあるものなんですか?」
よく見ると、どうも地質も違う。岩肌がむき出しになっている崖の方が、地面の色よりかなり濃い。
アキラは意外そうに少し目を開いたが、すぐに頷く。
「そう。ここは、元からここにあったわけじゃないの。日本に『革命』が起きた後、再生記念として『新』フランスに贈答された」
「えっ……こ、この鉱山が? この崖ごと?」
「『新』フランスには転移技術といって、こういった大掛かりなものを運ぶ技術があってね。元々『旧』の時からヒントみたいなのはあったようだけど、もはや魔法の域にまでなっているわ」
『種』ももはやその域だとは思う。敢えて口には出さないが。
「で、ここが『neo-J』に買収されかかっている」
とん、と指で写真を押さえられる。そこで初めて、アキラの指の爪が人差し指と中指だけ異様に短いことに気付いた。何か意味はあるのだろうか。
「そもそもドリフェに鉱石以外を元にした種の製造をさせたのも、この影があったから。万が一『卍』が鉱石を入手出来なくなった時の予備策として。でも勿論、あくまでそれは最悪の場合として。鉱石が一番『種』に適している以上、ルートを壊されるわけにはいかないわ」
「やっぱり『neo-J』がここを買収すると、もう鉱石は回ってこなくなるんですか?」
「恐らくね。もしくは相当ふっかけられるか……あっちも『種』のことを知っている以上、『卍』の軍事力増強の元を絶ちたいのが本音でしょう」
資料の二枚目を広げられた。そこには、人影が二つ写った写真。
「これは昨日の写真。内一人は『neo-J』の一員」
指差されたところに写っていたのは、肩甲骨まで黒髪をまっすぐ伸ばした人物の後姿だった。あの時見た、『neo-J』の制服である赤いジャケットを着ているのが分かる。向かいの人物に、アキラの指が移った。
「こっちがヒラリ採掘場責任者、デニス・ヒラリ。純血種フランス人だけど、まあ日本人の純血種に比べれば珍しくないわね」
「……日本語通じますかね」
「英語を含めたトライリンガル。ここは責任者が世襲で、贈答時一緒に来た当時の責任者の親族だそうよ」
要するに、これは彼と『neo-J』の密会写真ということか。この『neo-J』の職員が彼に買収を持ちかけてきた決定的現場を押さえた、という解釈でいいらしい。
「…ソウくん、今から任務を言い渡します」
その瞬間、作戦部のドアが炸裂したかのような音を立てた。ギョッとしてそちらを見ると、息を切らした杏介が立っていた。目が血走り、余程怒っているのかずかずか二人に歩み寄ってきた。
「田中くん何でなん!? 何で勝手に出ていったん!? せめて言ってってや、めっちゃいい閃きした瞬間話す人間そばにおらんかった時の俺の気持ち分かる!?」
「いや、メモ残していきましたしっ! そもそも何でここが分かったんですか」
「総吾郎ーっ!!」
横から何者かにタックルされ、椅子から転げ落ちる。派手な音を立てて、かつ頭を打った激痛。同時に降ってくる、声。
「わーーーん寂しかったーーーお久しぶりーーー一週間ぶりーーー!!」
「え、栄佑さん!? 任務終わったんですか!?」
「皆が頑張ってくれたんだ、皆で早く帰ろうって。俺も頑張ったよ!」
なるほど、彼の鼻か。じっとりとした視線にハッとすると、急いで栄佑を引き剥がし椅子に座りなおした。
「す、すみませんアキラさん!」
「だからそういうのはちょっと自室でお願いしたいんだけれど」
「いや違いますしまさかまだ誤解してるんですか!?」
「俺達超仲良しぃ!」
いつの間にか杏介は隣のパイプ椅子に腰掛け総吾郎を睨みつけていた。栄佑も勝手にパイプ椅子を用意すると、総吾郎の隣に座った。
気を取り直したのか、アキラは一つ咳払いした。そして、総吾郎を見据える。
「改めて。ソウくん、貴方は林古くんと明後日朝イチでヒラリ鉱山へ飛んでデニス・ヒラリ氏に『neo-J』との交渉について確認、必要あれば強請ってでも阻止。期限は一週間。いいわね」
「へ、俺も!?」
総吾郎よりも先に、杏介も声を上げた。アキラは頷く。
「今回は鉱石に関わる任務になるわ。なら、詳しい人間を一緒に現地に送り込むのが定石でしょう。むしろ、どちらかというとソウくんは貴方の護衛として、の位置づけに近いわね」
「アキラちゃん俺はー? 俺も行っていいのー?」
「貴方は検診があるでしょう、品野の後釜の……名前忘れたけどあいつがすごくワクワクしてたわよ」
目に見えてしょんぼりする栄佑を横目に、杏介を見る。彼は一瞬考え込むそぶりを見せてから、こちらへと向きなおした。
「俺の護衛、なあ。頼めるか?」
強く、頷く。それを見、杏介はそっと微笑んだ。
「じゃあ、頼むわ。何、外に出るのは久し振りやからなぁ……いやー楽しみや!」
さっきまでの怒りは消えてくれたらしく、明るい声だった。ホッと胸を撫で下ろし、体を摺り寄せてむせび泣く栄佑の頭をそっと押しのけた。
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