仁城 琳

私を見つめる恐怖に見開いた瞳。私は呪われている。四六時中私の傍から離れず目を逸らしても視界に入ってくる。俯いてもその見開いた瞳のまま下から覗き込んでくる。もう二十年以上こうだ。もちろんお祓いにも行ったが効果はなく、こいつは私に取り憑いたままだ。片時も離れないこいつのせいで、あの日からずっと私は憂鬱な生活を送っている。


こいつのせいで人生がめちゃくちゃだ。妻は子供を連れて出ていってしまった。当時勤めていた会社もクビになり、その後まともな職にも就けなかった。私はノイローゼになった。こいつさえいなければ。こいつのせいで。

思い悩んでいる間にもこいつは見開いた目でこちらをじっと見る。怒りが頂点に達した私は部屋で叫んだ。

「いい加減にしてくれ!もう解放してくれよ!」

表情を変えずにこちらを見てくる。

「気持ちが悪い!俺から離れろ!俺の生活を返してくれ!」

「俺は!」

「俺はちゃんと罪を償ったじゃないか!!」


私はあの日、会社の飲み会で酒を飲んでいた。同僚たちには止められたが自分ではそこまで酔っていないと、車を運転して帰った。その帰りのことだった。夜だ、通行人もいないと思っていたのだ。私は人を轢いてしまった。気付くのが遅れた上に、人がいる、と気付いて思い切り踏んだのはブレーキではなくアクセルだった。私と歳の変わらなそうな男だった。恐怖に見開かれた瞳。車に伝わる大きな衝撃。目の前で吹き飛ぶ身体。止まりきれずにそのまま男を引っ掛けたまましばらく走り、車は止まった。急いで車を降り、救急車を呼んだが手遅れなのは一見して明らかであった。

結局、飲酒運転で人を轢き殺してしまった私は刑に服することとなった。飲酒運転で人を轢き殺した人殺し。妻は子供を連れて出て行き、職場もクビになった。刑期を終え、出所した自分であったが、大々的に報道されるような事故ではなかったものの、犯罪者で、しかも飲酒運転で人を轢き殺した自分を雇ってくれる会社は中々見つからなかった。そして何よりも服役中から現れたこいつ。分かる。私が轢き殺した男だ。私が轢き殺した男は死後、私に取り憑いたようだ。忘れもしない、あの恐怖で見開いた目でじっと私を見つめてくるのだ。


「俺は罪を償ったんだ!遺族にも謝罪をした!反省した!もう…もう許してくれよ…!」

罪は償った。反省も十分したじゃないか。俺の人生はお前のせいでめちゃくちゃだ。ここまでしなくていいじゃないか。

「俺の生活を返してくれよ…!」

今まで一度も口を開かなかった男の口がゆっくりと動く。

「ゆるさない。」

俺は絶望した顔で男を見つめる。男はいつもの恐怖に見開かれた瞳に怒りを浮かべこちらを見ている。

「僕の生活を返してくれ。僕の人生を返してくれ。僕の命を返してくれ。絶対に、許さない。お前が憎い。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

仁城 琳 @2jyourin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ