第188話 アンタらもここの子!③

「まっ、いまはいーや。とりあえず、おかわりしよっか。あーしもぜんぜん足んないしー」


 こう問題を先送りにして、ベリルは「ママさんたち、おかわりー!」と頼む。

 するとこんどはさっきよりも豪勢な、一口大の惣菜をいくつも盛った縁の手間までなみなみの粥が運ばれてきた。


 これを見てるチビたちは居心地が悪そうだ。

 なんとなくだが、自分以外が働いてるってのに慣れてねぇというか、気ぃ咎めてるってところだろう。まだちんまいのに……。


 そのソワソワしたチビどもに向けて、ベリルは口を開く。


「ここってホントは自分で取りにいくんだけどー、みんなまだ小っちゃいからやんなくていーし」


 さらには、


「アンタらがやるべきことは……、わかる人!」


 と、急な問いをつけ加えた。


「「「…………」」」


 誰もが黙るなか、ついさっきも声をあげた年長のチビがオズオズ答える。


「キレイに、ゴハンを食べる?」

「せいかーい。あと、お腹いっぱいにすることっ。もっと食べたいときは『おかわり』って元気よくいったらいーし。んじゃ食べよ食べよっ」


 それはいいがよ、いまさらだが俺とゴーブレのメシは?


「旦那っ。持ってきやしたぜ」

「おうゴーブレは気ぃ利くな」


 様子がわかるくらいの、少しチビどもから離れた席で俺らも朝メシにする。


「ちったぁ話せたのか?」

「それが、ちっともでさぁ」


 んだよ、それ。たしか『じーじ』とか呼ばせてたはずだろ。


「懐くとか以前の問題でして。遠慮ってわけじゃねぇ距離感があるっつうか、ガキのくせにやたら下手に出るっつうか……」


 そいつぁ難儀だな。しかし、さっきまでの様子みてりゃあ想像つく。


 それはそうと朝メシとはいえ、なんか粥が緩い。もうちょい歯応えがあるもんが食いてぇな。


「旦那、いけやせんぜ」

「わぁってる。おんなじメシを食うのは仲間意識高める基本中の基本、だろ。オメェに口酸っぱく言われたおかげで覚えらぁ」

「そいつぁどうも」


 つう感じで、いつもよりも静かな朝のメシどきは過ぎていく。



 ベリルは腹が膨れたらすぐに広場へ向かう。もちろんチビどもを連れて。


 ——アイツまさか!


「おうベリル。なにさせるつもりだ? やらんとは思うが、俺らにさせたみてぇに扱くつもりじゃねぇよな」


 だったら承服できんと厳しめに告げたら、


「はあ? そんなことするわけねーし。どんだけ健康か確かめるために体力テストすんのっ」


 と、呆れた目を向けてきた。

 意図はわかったが、効果のほどがまるでわからん。いちおう注視しておくか。


「はーい。いまから駆けっこしまーす。父ちゃん、魔法使ってちゃーんと数えといてー」


 ほお。やっぱりベリルは、俺の魔法の特性までしっかり理解してんだな。

 正確な間を掴むことすら可能とする俺の——って心中で解説くれるいとまもくれず、


「よーい。ドン!」


 はじめちまいやがった。


 チビたちはわけもわからず、ただ言われたとおりに真っ直ぐ走る。

 こんくらいのガキなら、いや大人だって、こういう場合は競争意識が働くもんだが……。その気配は微塵もねぇ。かといって怠がるでもなく、一人ひとり順番に、淡々と全力で。


「父ちゃんいまの何秒?」

「秒……? ああ、いまのは十二とちょいだ」

「ふむふむ。だいたい五〇メートル走で、小一くらいなら、そんなもんかなー。ちっと遅い? あんま覚えてねーし。まっいーや。ゴーブレ、記録しといてねー」


 全員が走り終えると、次は距離を長くして走らせる。

 そのあとも左右にぴょんぴょん飛ぶ反復横跳びやら腹筋やらをさせて、筋力を確かめてった。締めに妙な体操をさせて終わり。


「今日よりイイ成績だった子には飴ちゃんあげっから。みんな明日もガンバってねー。つー感じで体育終わりーっ。次、汗拭いたら国語の時間だし」


 なにをするかといえば、広場の隅っこに車座にさせて、駄弁りはじめた。

 その内容は、


「今日の朝ゴハンどーだったか聞かしてー」


 だと。

 てっきり文字でも教えんのかと思ってたが、違うらしい。


「んと、おいしかったー」

「おなかいっぱーい」

「たくさんあったー」


 などなど、チビどもは答えいく。

 それを聞くたび、ベリルは「そっかそっかー」と頷くばかり。そして全員の答えを聞き終えると、


「次は、どーゆーふーに美味しかったのか、言ってみー」


 少し難易度をあげた。


「んと、おいしいあじした、かなぁ」

「うんうん。でー、アンタはどのへんが美味しーと思ったん?」

「んと、わかんない」

「よーし。んじゃ宿題ねー。お昼と夕飯と朝ゴハンの三回あるからさ、味わって食べてみよーよー。で、その感想は明日聞かしてっ」


 ってな具合に、それぞれに課題を与えていく。語彙を増やさせるつもりか、それとも話法か? ちと狙いが読めんな。


 そのあとは地面に手本を書いて、数字や文字を写させてるうちに、昼どきに。


 また食堂へ移るときそれとなく、


「さっきの朝メシの感想を喋らせたのは、どんな考えがあってなんだ? 想像する頭を鍛えるとか言葉を上手く扱わせるとか、そんなとこか?」


 と、さっき疑問に思ったところをベリルに聞いてみた。


「んーんー。それもあるけど、そーゆーんじゃなーい。つーかあの子たちさーあ、ぜんぜん自分の意見言おーとしないじゃーん。一人だけ『仕事教えて』って言ってた子いたけど、あーしからすると、なんでそーなんのさって感じー」

「だったらなんでもいいから、まずは自分の思ったことを口にさせる。オメェはそういうつもりなのかい」

「それっ」


 ここで隣を歩いてたベリルはクルッと振り返り、


「小っちゃい子の特権なんだし、もっとワガママ言えばいーのにって思うわけー。あーしみたいにー」


 ベリルほどのワガママは勘弁してもらいてぇところだが、概ね肯定だ。


「そうかい。でも甘かしてっと、そのうち生意気言って歯向かうようになんぞ」


 言外に『オメェみてぇに』とつけ加える。


「はあー? そんなん返り討ちだし。キャンッてさせちゃうもーん」


 コイツなりにあのチビどもに寄り添ってモノを考えてんなら、俺から言うことはなにもねぇ。

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