第147話 禿山要塞化計画、不承②

 やっぱりベリルは特別な『引き』でも持ってるんだろうか。

 あっさりカネの問題が解決しちまったんだ。


 俺らの数日遅れでやってきたワル商人ことノウロ。コイツに頼んでた身代金代わりの品の売却だが——なんと金貨二八〇枚!

 てっきり減ると思ってたんだが、概算したよりずいぶんと高値で捌けたもんだ。


「実はワル商人、はじめっから少なめに言ってたんじゃないのー?」


 などとベリルは意地の悪ぃカマをかけるが、


「まさかまさか。そんなすぐにバレるウソは申しません」


 ノウロはキッパリと信用ならねぇセリフを返してきた。


 ちなみにコイツには発破かけるため、利益のうちから三分さんぶという出来高報酬を約束していて、今回は金貨八枚と大銀貨四枚がノウロの取り分となる。


「インセンティブ、どーお?」

「在庫を抱えなくていいのと、元手がかからないのが嬉しいですね。もう少し取り分が欲しいというのが本音ですけど」

「ふーん。ならさーあアンタの腕みしてみー」


 さっそくベリルはなんかやらせるつもりだな。


「セメント買ってきてくんなーい。コンクリートいっぱい必要だから」

「…………石灰のことですか。いかほど?」

「金貨一五〇枚ぶーん」

「……っ」


 いったいなにするつもりか。ノウロはその問いを飲み込んだ。

 さすが辺境伯と取引してただけあって、余計なことを聞かない気構えがしっかりしてる。いや、むしろ面倒なことに巻き込まれた経験があるからこそ、口を噤んだのかもな。


 だがコイツも商人。聞きはしないが稼ぎの機会を断るなんてマネはしない。

 絶賛自分の腕を売り込み中のノウロは、


「では、相場と同じ量を金貨一四〇枚で仕入れてみせましょう」


 と自ら条件をつり上げた。自信満々に。

 しかしベリルはそこにつけ込む。わざとらしいくらい落胆したツラをみせ、


「なーんだ。そんなもんかー」


 と、煽るんだ。


「……どういうことでしょう?」

「うちの兄ちゃんは商売のシロートなのにさー、金貨十枚で荷車いっぱいのセメント買ってこれたし。で、ワル商人はプロなわけだから、もっとスゴイことできんのかなーって思ったんだけどー。なんか微妙。期待ハズレってゆーのー、シロートのお使いとあんまし変わんないんだなーって」


 これは痛く商人としての尊厳をキズつけたらしい。ノウロはムッとして大見栄を切る。


「では、予算は金貨一五〇枚のままでっ。荷車二〇台では利かない石灰の山を築いてみせましょう!」

「おおーう。楽しみー」


 という流れで、まんまとベリルに乗せられた。

 いちおう「アコギなことすんなよ」と釘だけは刺しておく。


 そっから話は、今後についてに変わる。


 つっても俺は聞いてるだけで、マズそうなときだけ口を挟むに留めた。

 なぜかってぇと、ノウロにカネ出してんのがベリルだからだ。


 なんでも、ワル商会なるもんを立ち上げて綿花の卸しから布地の売買、もっと派生して服の販売まで手掛けるんだとさ。

 ヤツはそこの店長って立ち位置らしい。店もないのにおかしな話だ。


 今年の綿花は粗方捌いちまったみてぇだから、来年から本格的にってことらしい。

 リリウム殿んとこのボビーナが、回る円盤で動くハタ織り機を作れるかどうか。それもハッキリしてねぇうちから、気の早いことだとは思う。

 皮算用ばっかりして、大損こかなければいいんだが。


 ちなみに護衛兼監視役の費用はもちろん、アンテナショップを通した場合なんかのも、いちいちカネを動かすんだそうだ。

 くっそ面倒くせぇが『二行書き込むたびに手元に残るカネが増える』と言われちゃあやらざるを得ない。


 で、件のノウロの活動は、ウァルゴードン領から王都を転々と巡り、三月みつきに一度うちに顔を出して収支報告することに決まった。

 

 まずウァルゴードン領で仕入れた綿花をリリウム領で売り、代わりに布を買い王都で販売。そして王都の品を仕入れて、復路に食料などを買い足しつつウァルゴードン領まで戻る。この繰り返し。

 寄り道も多く、往復でひと月以上の道程になるらしい。


 護衛兼監視で張りつかせる者も、半年交代と長期の仕事になるが、手当目当てにやりたがるヤツに任せた。


 このすべてをワル商会で行うんだそうだ。

 ノウロの報酬や傭兵代金も当然ここから支払う。


「つー感じで、ワル商人は雇われ店長だし。いまんとこ利益の三パーだけど、ガンバッてセメント買ってきてくれたら——」

「歩合を増やしていただけると」

「ひひっ。考えなくもねーし」


 まーた役人みてぇな曖昧な返事しやがって。



 そして一〇日後——

 俺らは驚くハメになった。


 ノウロは王都への荷運びに便乗して石灰の買い付けに出て、いっしょに帰ってきたんだが……。

 その荷の量がとんでもなく、ここまでの轍が深々残ってやがった。

 思ってた以上に、ノウロはできる商人なのかもしれねぇ。


「さすが金貨一五〇枚分だけはあるな」

「いいえトルトゥーガ様。これは全体の一割もありませんよ」

「ほえー。マジかー」


 ベリルもたまげる。それも当然か。以前も荷台にたっぷりだったが、今回は山盛、二倍三倍じゃ利かん。車輪が心配なほどの積載量だ。しかも、


「少なくとも、あと十往復はしないとなりません」


 だとよ。


「ねーねーワル商にーん。アンタどんな悪さしたんさー。言ってみー」

「小悪魔会長、ご冗談を。臨時の注文ということもありまして商店ではなく直に買い付けたまで」


 安く済むのはありがたいんだが……。

 余るぞ、大量に。


「ふひひっ。これって堀と壁以外も足りちゃいそーじゃね」


 なんか先が読めちまった。


「父ちゃん! 工場とかぜーんぶコンクリで立派なの建てちゃおーう!」


 やっぱりか。でも、ま……。


「しゃあねぇ。余らせてもダメにしても勿体ねぇもんな」


 つうわけで、ベリルの希望どおりの『禿山要塞化計画』を不承不承認めることになった。

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