ブラック勇者とホワイト魔王

アオイ

第0話 魔王と勇者 

_魔王城”謁見の間”_


「フハハハハ!!よくぞここまで辿り着いたな、勇者よ!」


漆黒のマントをなびかせながら、魔王は杖を振るう。それだけで、煌々と勇者と魔王を囲むように広場が燃え上がった。紅の角はより一層深みを増し、血のように染め上がる。その長い白髪は魔王の邪気に揺らめき、否が応でも畏れを抱かせる。


それ姿はまるで、何人たりともここからは逃がさないと主張しているかのようだった。


「出たな魔王!家族のため、そして僕をここまで導いてくれた仲間のため、貴様はここで打ち倒す!」

だが、揺らめく邪気の炎に一切臆することなく、勇者はその聖剣を猛々しく構える。黒目黒髪の少女には正義の光が宿っている。


しかし、そんな勇者の宣言にも魔王は飄々と笑い流す。

「いやなに、我も無駄な殺生はしたくない。」

「何を言うか!今までにも多くの人々を虐殺始めたのは貴様ら魔王軍であろう!」

「クハ、フハハハハハ!魔王軍?軍だと?」

途端に笑い出す魔王。それは、生きとし生けるもの全てを馬鹿にするような笑い声だった。


「よもや勇者、貴様はあの畜生どもを魔王軍と思っているのか?」

「......なに?」

勇者は怪訝な顔をする。だが当然その構えを解くことはない。


「あれは我ら魔族とは違う。言語も理解できず、強者に従う脳も持たない。......魔獣ぞ。」

「魔獣...?だが、貴様らも人を殺してきたことに変わりはないだろう」

「それが戦争というものだ小娘!!!」

魔王は取り繕うのをやめ、その顔には憎悪が浮かぶ。ピリピリと空気が揺れ、溢れ出る魔力に思わず勇者は息をのむ。


「貴様には守る家族があるかもしれぬ。だが我が肉親は貴様ら人間に殺されたのだ。どちらが先か後かも分からぬこの戦争。だが少なくとも、貴様ら人間が!我ら魔人を!......亜人と蔑み、魔獣との違いを知ろうとしていればこんなことにはならなかったのではないか?」

怒鳴りだしたと思えば、静かに語りかける魔王。その顔は先ほどまでとは打って変わって、暗く、絶望に沈んでいた。


そして勇者もまた、常識を根底から覆すような話に、己の正義が足元から崩れていくのを感じた。

「だが。......だが、誰かがこの戦いを終わらせなければならない。」

「そうだろうな。」

「祖国には僕が勝つことを信じ続けている人がたくさんいる。その期待を裏切ることはできない。」

そういう勇者の声は明らかに沈んでいた。言葉とは裏腹に、さっきまでの闘志は見る影もない。


だが、そんな勇者に手を差し伸べる者がいる。

「だから言っただろう。無駄な殺生はしないと。」

「......え?」


怪訝な顔を浮かべる勇者に、魔王は語り掛ける。

「今やこの大陸は九割が我ら魔族の領土となっている。違いないな?」

「...ああ。祖国ではその半分が奪われた人族の領土と聞かされている。そして領土欲しさに魔族が攻めてきたとも。」

「ふむ、そうか。」

黙り込む魔王。何か考え込んでいる魔王に、勇者は静かに続きを待つ。


「お前は知らぬかもしれないが、今の人族の領土も元は魔族のものぞ。」

「なに?」

「よその大陸から、貴様ら人族が侵略してきたのだ。もっとも、勇者、お前が生まれるより数百年前のこと。情報統制されたあとでは、何を信じ込まされても無理はないがな。」

勇者は額に汗を浮かべる。


「でも、でも祖国は」

「上層部ともなれば知っているはずだ。」

「だが!勇者は魔王討伐のため神から選ばれたものだ!そういう運命だと王様が」

「四人目だ。」

「......は?」

呆ける勇者に、魔王は真実を告げる。


「勇者はお前で四人目だ。少なくともな。」


黙り込む勇者。その立ち姿は魔王を前にあまりにも無防備だ。

「それなら、僕は、僕はなんのために。」


足元すらおぼつかなくなってきた。その姿は狼狽えるただの少女のよう。

「......それで」

「む」

「それで、殺したくないから僕を見逃すって、そういう話かい?」


青ざめた顔から一転、虚ろな瞳を宿すその顔は、どこか危険な香りがした。

「僕は一生をかけて勇者をしてきた。毎日戦いに明け暮れ、祖国に言われるがまま。そんな僕を野放しにするって、そう言ってるのかい?」

腐っても勇者。その真っ黒な瞳に魔王さえも飲み込まれそうになる。


だが、勇者が絶望するならば、魔王は希望を抱けよう。


「いいや、違う。」


魔王を睨みつける勇者に、魔王は一歩距離を縮める。

「お前に世界の半分やろう。我の仲間になれ」

「はっ、僕に復讐しろって?」


思わぬ言葉に固まる勇者。これ幸いと魔王は畳みかける。

「おかしいではないか。人のため、誰よりもその人生を賭してきた貴様が、なぜ誰よりも幸福でないのだ!」

「......それが勇者の役目だ」

「ならば辞めろ!」


あまりな物言いに、勇者は呆れるしかできない。

「な、」

「我とお前が手を組めば世界平和など容易であろう。こんなくそったれな戦いなど終わらせるに越したことはない。」

「......」


考え込む勇者。

その姿は、未来を憂う勇者そのものだ。

「魔王。お前の言うことが和平ということであれば、僕はその提案を受けよう。」

「ああ、よかろう。......ただし!」

「分かってる。僕の降伏で構わない。捕虜でもなんでも交渉材料にしてくれ。」

「違う。」


魔王は深く息を吸い込み、叫ぶ。

「勇者、お前には魔王軍に入ってもらう。ただし福利厚生付きでな!」


「......はあ!?」




これは、人族と魔族の恨みの連鎖を断ち切り、魔王が勇者を幸せにする物語。

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