第2話:ラブレター!?

***


 翌日、月曜日。高校に登校した。

 いつも学校に行く時の姿。黒縁の伊達メガネをかけて前髪は下ろして、ちょっとうつむいて目立たない格好だ。


 バーでの姿とは全然違うから、先生に俺がホト君だと気づかれることはないだろう。

 だけど慎重に行動するに越したことはない。できるだけ先生とは距離を取るようにしよう。


 そう考えながら校舎に入り、昇降口の下駄箱を開けた。


「……ん?」


 下履きの上に白い封筒が載っている。なんだろう。


 下履きに履き替え、教室に向かって廊下を歩きながら、その封筒を確かめる。

 宛名も差出人名もない。


 封が開いていたから、中に入っている手紙を取り出した。


『君を好きだ。どこまでも君を追いかける。もしも君が他の人に好意を寄せるなら、僕はその人を決して許さない。覚悟してくれ』


 なんだこれぇぇぇ!?

 ラ、ラブレター!?


 しかもかなりのヤンデレちゃんだぞ!

 他の人を好きになるなよなんて、ほぼほぼ脅迫じゃねぇか。


 俺は学校では地味な格好をして、ほとんど喋らない陰キャで過ごしてる。

 他の連中とはほぼ絡みはないし、ここまで好意を寄せられる覚えがないんだが?


 ──ん? 待てよ? 僕は……って、差出人は男?

 

 違和感を感じてよく見たら、手紙の最後に宛名が書いてあった。


『愛しの笑川さんへ』


 差出人名はない。

 宛名は笑川えみかわ。 ……同じクラスの笑川えみかわ 瑠々るるか。


 ちょっとギャルっぽくて、学年一美人だと評判で、性格も明るくて……という学年人気ナンバーワンの高嶺の花だ。

 そういや、この前も誰だか他のクラスの男子が告ってフラれてたな。


 この手紙の主も、こりゃまた難易度が激高げきたかな相手を攻略対象に選んだもんだ。


 笑川の下駄箱と俺のは隣同士だ。

 つまり間違えて俺のところに入れたってことか。

 

 う~ん、この手紙どうしよう?

 こんなヤバい手紙を見てしまった以上、笑川に『大丈夫か』って声をかけるべきか。


 それとも笑川の下駄箱にこっそり返して、知らん顔を決め込むか。

 そうすりゃ俺は変なことに巻き込まれずに済む。

 だけどそれってどうなんだ? 無責任すぎるだろ。

 

 なんて悩んでるうちに2年1組、自分の教室の前に着いてしまった。


 いずれにしても、多くの生徒が登校してくるこの時間に、下駄箱まで戻って封筒を入れるなんて怪しげな動きはしない方がいい。


 手紙を戻すにしても、次の休み時間だな。


 そう考えて教室に入った。


 ──ん……? なんかいつもより騒がしい。


 予鈴までまだ5分くらい時間があるのに、もう担任の高井田ふわり先生がいる。

 どうやら一時限目の担当教師が体調不良で休み、自習になるらしい。

 それでみんなテンションが上がってるんだな。


「ところでふわりちゃん。昨日の合コンどうだったの? いい男と出会えたかなー?」


 一人の男子生徒が突然そんなことを言った。

 明るくて友達が多い陽キャの権化ごんげみたいな男子の春田はるただ。


「ちょっ、待って! なんで春田君が合コンのこと知ってるのよ?」

「ふふふ。俺の情報網を舐めちゃダメだぜ」


 いったいどういう情報網なんだか、俺には想像もつかない。すごいな春田。


「あはは、どうせロクな出会いなんかなかったんだろ?」

「バカにしないでよ。いい出会いがあったよ」

「……え? マジか?」

「ええーっ? 高井田センセー、その話もっと詳しくっ!!」


 嬉しそうに囃し立てる声を上げたのは女子達。

 女子連中は、ホントこういう話が好きだな。


 男子は呆然としてるヤツが多い。

 ふわり先生は可愛いし、ポンコツ気味なところが親しみやすいから、実は男子人気がめちゃ高い。

 童顔で年上な感じもしないから、なんなら同級生女子を抑えて『彼女にしたい女子』のナンバーワンですらある。


 そんな先生が『いい出会いがあった』なんて爆弾発言したら、そりゃみんな青ざめるわな。


「んん……そうねぇ。ホントは内緒なんだけど。みんな可愛い生徒たちだから言っちゃうね。イケメンで優しくて、オタク趣味もバッチリ合う、すっごく素敵な男性と出会っちゃった。うふふ」


 ──は?

 昨日はロクな男がいないって言ってたのにな。どういうことだ?


「ねぇセンセー! その彼、なんて名前ですかー?」

「ホト君っていうの」

「へぇ、可愛い名前〜っ!」


 ──ぶっふぉぉぉ!


 思わず盛大に吹いてしまった。危うく伊達メガネがすっ飛んでしまうとこだったぞ。

 指先でメガネを抑えて事なきを得た。

 すぐ横にいた男子がびっくりしてる。


「おい穂村ほむら。どうした? 大丈夫か?」


 穂村ってのは俺の名だ。穂村ほむら わたる。これがフルネーム。


 ちなみに渡って字は『と』と読める。

 穂村の穂と合わせてホト。

 めちゃくちゃ安直なんだけど、それが源氏名『ホト』の由来だ。

 

「ああ、すまん。大丈夫だ」


 ふわり先生は女子達に囲まれてワイワイしてるおかげで、幸い俺の不審な挙動には気づいていない。


「ねえねえ、ふわり先生! その彼と付き合うの?」

「ううん、まだ出会ったばかりだからね。付き合うかどうかなんて、まだわかんないよぉ」

「わあ、いいなぁ。あたしも彼氏欲しい〜」


 なんだこれ。ふわりちゃんは教師なのに、女生徒と混ざり合って恋バナしちゃってる。それがまた、まったく違和感ない。さすが天然ポンコツ童顔教師だ。


 それにしても、昨日先生は俺に好意を持ったようなことを言ってたけど、あれはマジだったのか。相手は初対面のバーの従業員だぞ。そんなのあり得んでしょ。


 しかも担任教師と教え子の高校生男子が付き合うなんて、さらにあり得ませんけどっ!?


 ……いやちょっと待って。ヤバい。


***


 チャイムが鳴って、朝のホームルームが始まった。

 それが終わり、いよいよ自習タイムに突入だ──というタイミングで。


穂村ほむら君、ちょっといいかな」


 なぜか突然ふわり先生が声をかけてきた。

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