学校ではモブな俺。ウラの顔は誰も知らない 〜(担任美人教師が自分の生徒と気づかずに俺に懐いてヤバい)

波瀾 紡

第1話:バイト先のバーに担任教師が来た!

 ──誰だって隠しておきたいことってあるよね?

 そう。俺にだってある。


***



「ねぇホト君。あたしと結婚しよーよ。養ったげるからさ」

「しねぇよ」

「あ、つめたぁーい!」


 俺は17歳の高校2年生だから、まだ結婚なんてできない。

 だけどバーでバイトをしているから、ホントの年齢はお客には言っていない。


 ──まあ結婚なんて、もちろん冗談なんだろうが。


「はいはい。キララさん、そろそろお店に戻らないとマズいだろ。よ帰れ」


 このバー『calmカルム』はカウンター席だけの小さなお店。


 キララさんは近くのキャバクラで働く嬢だ。自分の仕事の合間に、このバーに客として息抜きに来ている。

 だからあんまり長時間油を売ってると店長に怒られるんだ。

 この前もこっぴどく怒られて、今後は気をつけますって言ってたくせに。

 だからそろそろ店に帰した方がいい。


「やっぱホト君、つめたぁーい! 氷点下千兆度!」

「氷点下に千兆度なんてねえよ」

「ふぇぇぇん、真紅しんくさぁん、コヤツに何とか言ってよ! お客に対して冷たすぎるっしょ」


 助けを求められた真紅姉さん──この店の経営者だ──は、苦笑いを返す。


「ごめんねぇキララちゃん。コイツ、こういうキャラだから。まあ、あとでこっぴどく叱っとくわ」

「うん。でもまあ、そういうドSなとこもホト君のカッコいいとこなんだよねぇ。スキ」

「なんだい、結局好きなんかぁーい!」


 真紅姉さんが手の甲をキララさんの肩に大げさに打ちつけて、盛大にツッコんだ。


「まあね、てへっ」

「かわい子ぶるのはもういいから、早く店に戻れよ」


 俺がもう一度追い打ちをかけた。


「わかったよ。また来るかんね」

「おう。待ってる」

「あれれ、最後だけ優しいんだ?」

「俺はホントは優しい男なんだよ」

「そっか、じゃあね」


 キララさんは目を細めて、派手なネイルの手を振って帰って行った。


 今日は珍しく、早めの時間なのにもう誰も客がいない。店内に急に静寂が広がる。

 真紅姉さんが「ふぅ~」とひと息ついてから、その美しい瞳で俺を睨んだ。


「だからわたる。もうちょっとお客さんに愛想よくしろって」


 ワタルは俺の本名。ホト君ってのは店でのビジネスネームだ。つまり源氏名ってやつ。


「やだよ。愛想振りまくなんてめんどくさい。こういうキャラも、これはこれで女性客受けはいいし」

「まあね。ワタルのそのドSキャラに惹かれる女の子が多いおかげで、このバーは流行ってるのは確かだけどさ」


 真紅しんく姉さんが整った顔を少し歪めて、自虐気味にため息をついた。

 姉さん──と言っても実の姉ではなく、俺の従姉いとこなんだが、俺は真紅姉さんと二人暮らしをしている。


従弟いとこがモテモテなのは私としても嬉しい限りだよ」

「本気で言ってる?」

「ああ。本気も本気。大マジだよ」


 いや、なんか言い方がウソ臭い。


「けど言っとくわ。お客にもっと愛想よくしろ」


 マジな目つきで睨まれた。

 なんやかんや言って姉さん怖い。


 真紅姉さんはピンク色のショートボブで話し方は男っぽいきっぷの良さがある。

 真剣に怒られると、かなり怖いのである。


「へぇい。わかったよ」

「わかればいい」

「それにしても真紅姉さん。今日はもしかして”アカン日”かな。客足止まっちゃったし……」

「そうかもね」


 今日は日曜だし、ウチみたいな店は平日の方が客が多いし、こんなもんか……


 ──って思ってたら、急にドアが開いた。

 ちょっと酔った感じの若い女性客が、一人でバーの店内に入ってきた。


「いらっしゃい。どうぞ」


 真紅姉さんが笑顔で迎え、カウンター席の椅子に手のひらを向けて誘導した。

 清楚なワンピースの真面目そうな女性だ。こんな感じの女性が一人で来店するなんて珍しい。


 ──なんて呑気に女性客を見ていたら、見覚えのある顔であることに気づいた。


 うわ待て。この女性客──。

 俺の高校のクラス担任教師なんですけどぉぉぉ!!


***


 高井田たかいだ ふわり。それが彼女の名前だ。

 大学出たての22歳。身長145センチと小柄で、お目目ぱっちりの童顔。名前のとおり、ふわりとした栗色の髪。


 とても可愛い見た目なのである。

 だけど生真面目で頼りないところから、生徒からは『ふわりちゃん』などと呼ばれて舐められて……いやいや、親しまれている。


 その担任教師が店に入ってきた時には心臓が破裂するかと思った。

 ウチの高校は校則が厳しくて、基本的にバイトは禁止。ましてやアルコール提供してる店で働いていることがバレたら、運が良くて停学。下手したら退学案件だ。


 だけどふわり先生は酔ってるせいなのか、目の前にいるバーテンダーが自分の生徒だなんて、まったく気づいていない様子である。


 俺はこの店では髪を後ろでくくって、顔をハッキリ出している。

 だけど学校では、黒縁の伊達メガネをかけた上に、顔がわからないくらい前髪を下ろしている。しかも普段ほとんど喋らないし、うつむいていることも多い。


 色々と事情があって、学校では他の人とは極力関わらないようにして、モブな存在でいるのである。


 先生ともまともに顔を目を合わせて話したことなんてない。だから高井田先生が気づかないのも当然とも言える。


「お待たせしました」


 先生ご注文のオレンジベースのカクテルをカウンター越しに、先生の目の前に置いた。


「うわー綺麗!」


 ふわり先生は嬉しそうにグラスを手にして口をつける。


 ……って、おいおい!

 ゴクリゴクリと一気飲みしたよ、この人!


「ぷはぁ、美味しい! おかわり!」

「あ、はい」


 結構アルコール度数強めの酒なのに……大丈夫なのか?


***


 強い酒をゴクゴク飲んで大丈夫なのか?

 ──という心配は見事に的中した。


 立て続けに4杯もカクテルを飲んで、どんどん饒舌になっている。


「で、私は高校の国語教師をしてるのですっ!」


 自分が高校教師だってことまでカミングアウトしちゃったよこの人。

 そして先生が語ったところによると、この店に来た経緯はこうだ。



 今日は学生時代の友達に誘われて合コンに来た。

 だけど参加者の男連中は見た目も話す内容もチャラチャラしていて好みじゃない。


 極めつけは趣味を聞かれて、ラノベやアニメって答えたら「ガキかよ」って鼻で笑われたってこと。


 趣味は人それぞれだから興味がないのは仕方ないけど、人の趣味をバカにする人とは絶対に仲良くなれない。


 そう思ったそうだ。


 そして二次会に誘われたけど、もちろんパス。

 むしゃくしゃしてこのまま帰る気にならなかったところに、目の前にあったバーの店構えになんとなく惹かれたそうだ。


「ラノベやアニメの良さがわからないってことは、人生の半分くらい損してるってことですよ。そう思っときゃいい」

「だよね! ホト君わかってるぅ〜!」


 ふわり先生、めっちゃ嬉しそうな顔してるな。

 どんだけオタクなんだよ。


「ホト君はどんな作品が一番推しなの?」

「えっと……」


 いきなり来たか。

 そんなにワクワクした目で見ないでくれ。

 天真爛漫な感じが可愛いくはあるけど。


 俺はバーテンだ。もしかしたらお客さんに合わせた会話をしてるだけかもしれないのに、俺が本気でオタク趣味だと信じ込んでのその質問。

 この先生マジピュアだな。悪いヤツに騙されずに生きていってほしい。


 ──って言うか17歳の生徒に純粋さを心配される22歳の教師ってどうよ?


 そういうとこだぞ、ふわりちゃん。


 だが俺はマジでラノベ・アニメ好きのオタクだから、全然いいんだけどね。


「そうですね。どれが一番なんて決められない。一番を決めるとそれ以外は良くないのかって聞こえてしまうから。多くの作品が自分を楽しませてくれて、それはもう尊いとしか言えないんだ」


 ──うわ、しまった。

 つい理屈っぽい、キモい語りをしてしまった。

 自分が大好きなことに大しては一生懸命になっていまうのが、俺の悪い癖だ。


 さすがにふわり先生もドン引きだよな……


「すごいよホト君。私もそう思う!」


 ふわり先生!

 目をキラキラと輝かせて、うっとりした目で俺を見つめてるよ!


「ホト君ってすごくカッコいい」


 ──え?


 生真面目だと思ってたけど、まさか初対面の男にこんなことを言う人だったのか!?

 いや、だいぶ酔ってるせいだよな!?


「今日はたまたま入ったバーでホト君と出会えて良かった。う〜ん大好き♡」


 やはり先生は、俺が自分の生徒だってまったく気づいていないようだ。

 もしもその事実を知ったら、きっとこの人、羞恥心で卒倒するな。


 それからふわり先生は、自分が生徒に舐められてるという愚痴を語り始めた。


「それはきっと舐められてるんじゃなくて、親しまれてるんでしょ?」

「うんにゃ、そんなことないよぉ〜 私、絶対に舐められてるもん。ヤツらめー」


 鼻息荒く生徒たちを愚痴ってる。


「やっぱ早く相手を見つけて、結婚退職したいなぁ」


 おいおい、現役教師がそんなこと言ってていいのか!?

 ──と思ったけど、先生はふと遠くを見る目になった。


「でもなんだかんだ言って、あの子たち、すっごく可愛いんだよねぇ」


 穏やかに目を細める姿は、やっぱ先生のソレだ。

 いやなにこの姿。ちょっとウルっと来たぞ。


 学校の話題になったから、もしかしたら俺の正体に勘づかれるかとビクビクしたんだけど。

 ふわり先生は店から出るまで、幸いにして俺の正体に気づくことはなかった。



 明日は月曜日だ。普通に学校がある。


 俺はいつも学校では、黒縁の伊達メガネをかけて前髪は下ろして、目立たない格好をしている。


 先生はかなり酔ってたし、これだけでも俺がホト君だと気づくことはないだろう。

 だけど念には念を入れて、あまり先生に近づかないようにして過ごそう。


 ──そう考えた。




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