【メイ編1】花咲くガルテン
中樹 冬弥
第1話
お茶の葉のいい匂いがする。
ボクはこの澄んだ香りが大好きだ、だから今はここで働いているといっても間違いじゃない。
木の丸いお盆に緑茶とごはん、お味噌汁、川魚の煮つけを乗せ、軽やかに次のお客さんの卓へと運ぶ。
「ハイ! 魚定食のお客様」
「ありがとうメイちゃん、今日も元気だね」
おじさんがボクに、にこやかに話し掛けてくる。
「お給仕は笑顔が一番ですから♪それにボク、みんなが美味しそうにここのごはんを食べてくれるのが好きだもん」
「イイこと言うねぇ…そんな言われちゃあ毎日来ちまうじゃねえか」
別の卓にいる二人連れのおじさんも嬉しそう。
ここは山間にある小さな村、白く高い山がすぐ近くにあるのがボクの里とも似ていてとても居心地がいい。
「まいどあり♪」
そしてここは食事処「
山を抜ける街道に面したこのお店は、地元の人からも旅人からも愛されていて毎日忙しいけどお客さんもいい人ばかりで嬉しくなる。
「メイちゃん、次の料理が出来たよ!」
奥から親父さんの声がする。
今は昼時、この店一番の稼ぎ時だ。
「ハ~~イ、今行きます♪」
広い店内、柱と卓の間をボクはすり抜けながら厨房を目指す。
木造の平屋建て、この辺ではこんな作りの家が多い。
「こんちは! まだ名物って書いてあるイノシシ肉はあるかい?」
「いらっしゃいませ♪ 月山亭へようこそ!」
暖簾をくぐって新しいお客様がやってきた。
「おにく、おにくっ、お肉食べたいよう☆」
「おにいちゃん、わたしもおにく~」
小さな男の子と女の子を連れた4人家族、着物の様子からしてどうやら旅人なのかな。
「はあい、まだまだありますよ♪皆さま猪定食でいいですか?」
「ええ…子供達は量少な目でお願いします」
母親が優しく微笑んでる…いいなぁ。
「かしこまりました!」
ボクは急いで厨房に戻ると注文を告げ、親父さんの作ってくれた料理を運ぶ。
「ハーイ、どいてどいて~」
ボクは小さい身体、といっても14歳にしては普通だと思う…そんな小柄ながらも店内を縦横無尽に動き回る。
大活躍、と言ってもいいと思う。
まだまだ忙しくなりそうだけど、今日も一日、がんばるぞい!
「ふえぇ~~~、今日もおつかれさまでした~」
お昼のお客様が全て帰られた後、準備中の札を掛け、ボクは卓の一つにぬるりと上半身を預けていた。
長く黒い自慢の髪が卓の上に広がってる。
ややお行儀が悪いけど、いまはいいよね。
ちなみに立てば腰の上くらいまでの長さだ…あれからもうこんなに髪が伸びたんだなぁ…
「メイちゃんのお陰で今日も大盛況だったわね」
対面に座る女将さんが労ってくれる。
「親父さんの料理がおいしいからですよぅ」
奥で親父さんがボク達の分の料理を作ってくれている。
「でも本当にメイちゃんには助かっているんだよ、私もあの人もね」
「まあ…そうだな」
初老の夫婦、子供はいないらしい…そのあたりの事情を聞いたことはないけれど…多分色々あったのだろう。
そんな温かげなふたりを見てたら急に睡魔が襲ってきた。
「ああ…ごめんなさい…お肉ができるまでちょっと…やすみます~」
うぅ、電池が切れそ…う。
…あとは静かな料理の音だけが店内に響いていた。
ボクの名前はメイ・フェルステン、この村の出身…ではなく別の世界から再誕してきたんだ。
この『
だからか生活習慣や容姿、能力が異なる人も受け入れられやすい。
この村でボクだけがスカートだし、髪を伸ばし放題でも大丈夫。
着物やキッチリ結わえた髪型も気になるけどね。
あとこのワールドでは、ほぼみんな『
「…ちゃん、メイちゃん! ごはんが出来たよ」
「うわあ…」
なんかくらくらする…ああそうか、ボクは遅めのお昼を食べる前に寝てしまったのか。
茶色の瞳をこすりながらゆっくりと顔を上げる、そこには
「うわぁ♪」
イノシシ肉を野菜と共に味噌味で炒めたものが皿いっぱいにあった。
「これはぁ、絶対美味しいやつだよ~」
「それじゃあ今日もひとまずご苦労様でした」
親父さんが声を上げ、3人でごはんを食べる。
ボクはこのお店に来てからずっと、3人で過ごすこのささやかな時間が一番好きだった。
「おにくは世界を救うよね~」
「メイちゃんは本当にお肉が好きだわねぇ」
女将さんが嬉しそうにボクの方を見る。
「うん、絶対大好き♪」
おっと、つい「絶対」をつけてしまった。
これは昔からの口癖で、ちょっと恥ずかしいから最近はあまり使わないようにしているのだけど…つい気を抜くと出ちゃう。
「ここで落ち着いてくれたら、ずっとこういう楽しい時間が続くんだけどねぇ…少しは考えてくれたかい?」
女将さんは優しい、子供がいないからかボクのことを本当に実の子のように思ってくれている…
「ありがとう…でも、やっぱりボクは…ずっとは居られないんだ…」
「ご両親の仇…やはり諦められないんだな」
親父さんが嘆息しながら代わりに言ってくれた。
そう、ボクの旅には目的がある。
ボクは最初、両親と従姉、それにアイツ…合わせて5人でこの世界に再誕した。
当初は戸惑いながらも5人で、このワールドでなんとか生活し、上手くやっていたのだ。
でも…
ある時、ボクたちの主でもあるアイツに両親は殺され、従姉とも離れ離れになってしまった。
それ以来、ボクはアイツを見つけて、倒すために旅を続けているのだ。
こうやって時に情報や路銀を稼ぐために一ヶ所に長く留まることはあるけれど…
もう2年近く…あれから一度もアイツには会えていない。
アイツはきっと、何処か大きな山の近くにいる筈なのに…
「でも私はメイちゃんには、誰かいい人に巡り会って幸せになって欲しいわねぇ」
「ボクは男の人はいらないかな…まだ14歳だし」
ちなみに、本当は16歳なんだけど、両親を失ったあの日から成長が止まってしまったような気がするので、願掛けも兼ねてずっと14歳で通している。
なんでもこのワールドでは自分の意思で成長及び老化をコントロールできるらしい。
だから普通に天寿を全うする人もいれば、100年以上見た目の変わらない人もいるそうだ。
「でもね、人を好きになるのに年齢は関係ないのよ?」
女将さんは老い始めた親父さんをみつめた。
親父さんは照れているのか無言、ここのご夫婦は確か見た目通りの年齢だったはず。
「そうなんだね…ボクにもそんな日がくるのかなぁ」
正直、恋とかはよく分からないや。
「ええ、きっと来るわ」
どこか遠くを見るような目で、女将さんはボクを見た。
そんなボクたちを見ながら親父さんが腰を痛そうにさすってる。
「ああ、そういえば骨董屋が皿が届いたから取りに来てくれって言ってたんだった、メイちゃんすまねえがひとっ走り行ってくれないかい?」
親父さんは最近腰を痛めてしまって、厨房だけで手一杯、女将さんが料理の手伝いに入る羽目になったからボクがこうやって給仕として雇われたのだ。
「絶対行くよ~」
なので、お金を稼ぐのも目的だけど、親父さんの体調が良くなるまではここでお手伝いをしたい、それがボクの今の状態なのだ。
この村は街道に並ぶように民家やお店が建っている。
だから目的の骨董品屋も道一本で繋がっている。
だから迷うことは無い…実はボクは結構方向オンチな面があるので、こういう場所は嬉しい。
だから危なく通り過ぎそうにはなったけど、ちゃんとお店につけた。
「ごめんくださーい」
暖簾をくぐり、暗めの店内に入る。
埃のかぶった古そうな品々が並んでいる。
「おお、メイちゃんかい、お使いご苦労様」
店の奥から年老いた店主がよろよろとやってきた。
ちょっと心配になる。
人が通り過ぎることが多いこの村で、長く滞在する異国風の人間…
ボクのことは村中の人が多分知っているのだろう。
「おじいちゃんは元気?」
「ああ、ああ元気だとも、最悪若返るという手もあるしの」
いししと歯抜けの口を開け、おじいさんは笑った。
「お皿、取りに来たよ、案内して~」
おじいちゃんがすぐ脇を指さす。
見ると腰ほどの高さの台に木の箱が置いてあった。
皿は10枚くらいかなぁ…結構重そうだった。
「どうする?台車を用意するかい?」
ボクは中腰になって風呂敷に包まれた木箱を軽く持ってみた。
「ん…これなら何とか持てそう…かなぁ」
足を広げ腰を痛めないように深く屈む…これでボクまでギックリ腰になったらたまったものじゃないしね。
ふんと、力を込めようとした時、ふと視線を感じた。
ボクの低くした視点の先には作りは古いけれど、埃はまだ全然ついてない緑色の筒状のものがあった。
「おじいちゃん、アレは何?」
さすがに股を大きく開いたままだと恥ずかしいので、一度閉じて座ってからおじいちゃんに聞いてみた。
「おお、これは最近買った古い絵巻物じゃよ」
「えまきもの?」
おじいちゃんは手に取ると、するすると剥くようにその物を開いて見せてくれた。
そこには綺麗な景色と動物たちが描かれていた。
「へぇ~これが絵巻物ね」
「なかなかの掘り出し物さ」
「でもなんか古臭い絵のタッチだね」
絵画と言えば、写実的なものばかり見てきたボクにとっては、なんだか簡素というか不思議な印象だったんだけど…
『お嬢さん、古臭いとは酷いではないか』
突然知らない声がした?
「おじいちゃん?」
「いや…違うぞ?」
『
え?
『正式には〈
巻物が喋った!?
おじいちゃんもビックリしてる。
「なんと、これは魔道具だったか!」
「魔道具…確かマジックアイテムだよね」
ボクのいた世界でも魔力や魔法そのものを封じた道具が存在するけれど…喋るのは珍しいよ。
『正式には長く大切にされた故、魂の宿った〈付喪神〉に当たります』
巻物さんは丁寧に教えてくれた。
「しかしワシが買うた際にはしゃべらなんだぞ?」
『ええ、某は長く眠っていた故、そこの幼い巫女の気に当てられて目覚めた様子』
みこ?ボクのことかな?
「ボクはみこじゃないよ?」
『そうでしたか、相すいません…どうも其方には神聖なる力を感じたものですからな。それが恐らく某を刺激したのでしょう』
なるほど、すこし、心当たりがあったけど…
『これも何かの縁…お嬢さん、いきなりですいませぬが…どうか某の願いを聞いてはくださいませんでしょうか?』
「マキさんの願い?」
『…某は〈新緑山水鳥獣絵巻〉と名乗ったはずですが』
「だって長いもん、巻物のマキさんでいいでしょ?」
しんりょくもうじゅう…ダメだ、二回聞いても覚えられない。
『よいでしょう、そこは譲歩します、話は戻して某の願いとは…』
突然マキさんの声が消されるほどの大きな音が外からした。
「なんじゃなんじゃ…」
嫌な予感がする。
「おじいちゃんは下がってて」
ボクは急いで行動した。
『待ってくだされ、お嬢さん~!』
後ろでマキさんがジタバタしていたようだけど、ボクは気にせずに外へ出たのだった。
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