第19話

「でもさ。その鍵で扉が開くってことは、その女の子は小瀬クリニックとなんらかの関係があるってことだろ? 東伍を騙してここまで連れてきて、殺そうとするってことはつまり、敵だよな」

「……あ。そういえばジンさん、さっき『俺を殺す手筈だった』そう言いましたよね? それって誰かに指示されたって事なんじゃ」

「悪いが東伍。話はここまでだ」

 

 前を行くジンが立ち止まる。

 懐中電灯で照らされた前方、そこに現れたのは、菱形が連なる模様の特徴的な扉だった。

 引き戸仕様の外扉と、格子形の蛇腹式内扉が重なる二層の構造のそれは、どこかレトロな雰囲気を纏う。

 

「もしかしてエレベータですか、これ」

「さすが社会科教師。造りは単純だけど、ちゃんと動く。親父が作ったんだ」

 

 ジンは幾つか操作をし、手動で外扉と内扉を開くと、東伍に乗り込むように促した。

 

「内側にボタンは一つしかない。それを押せば稼働して、到着した先は地上になる。動いている間、決して隙間から指を出したりするなよ?」

「え、それってどういう」

「それから地上といっても、たどり着く先は建物の中になる。エレベータを出てすぐ左に扉があるから、人に見つからないように静かに出ろ。道なりに進めば海が見えるから、そこにいる漁師なりに声を掛けて保護してもらえ。間違っても、建物の中を彷徨うろつくことは許さない」

「待ってください、まさかジンさん」

「僕は行かない。ここに残る」

「ジンさん!」

「誰も信用するな。僕でさえも、だ」

 

 首を横に振る東伍。ジンはその背中を無理やり押して、東伍をエレベータ内に突っ込むと内扉を閉める。

 

「ま、待ってジンさん! 一緒にいきましょう! 責任は俺が!」

「ソウ……それから、ヒナタ」

「え?」

「忘れるな。そいつらが、東伍を殺すよう僕に指示した奴らの名だ」

 

 ジンは孔子こうしの隙間からエレベータ内に腕を通した。手探りで内側の壁のボタンを押し、瞬時に手を引っ込めると外扉を閉める。

 

「さよなら東伍」

「ジンさん!」

「そうだ、最後だからついでに伝えておくよ」

 

 この時。東伍が見たジンはかつてないほど穏やかに笑っていた。

 ここ数日でさらに一回り小さくなった華奢な身体。その弱々しい見た目や行動に反して、瞳は活力に満ちている。

 

丸井理仁まるいりひと。僕の名前は、理仁だ」

 

 エレベータが上昇。東伍は膝をつき、ジンの姿が見えなくなる最後の最後まで、その名を叫び続けた。

 

 自責の念が押し寄せる。

 あの一瞬、どうして腕を引けなかったのか。責任を持つと、そう言ったのに。

 

(そうだ)

 

 東伍は思い立つ。地上に出たら再び、地下へとジンを迎えに行こうと。

 

「……うっ」

 

 立ちあがろうとした東伍の視界が揺れる。気圧のせいか、空腹のせいかはわからない。

 上昇する箱の中が無重力であるように、東伍の身体は自制を失いやがて。床に沈んだ。

 

 

 

 “丸井理仁まるいりひと。僕の名前は、理仁だ”

 

 

 

 身体の力が抜ける。細胞が地にへばりつき、瞼の裏には、ジンの最後の笑顔が思い起こされた。

 

「理……ひと」

 

 エレベータが地上に着くのを待たずして。東伍はうつ伏せのまま、意識を手放してしまった。

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