第27話 心のつかえ
見慣れた王の間、出入り口の左右には二体の近衛兵。
俺たちは、これで三度目の『デモニック・キャステラン』の世界に来ていた。
「あらら、またこちらに来てしまいましたね」
「といっても、やることは特にないんだけどな」
「それでは尾張……じゃなかった、テンマさまの小説についてお話しませんか?」
「うーん」
歯切れの悪い言葉を返す。
彼女は、相談に乗ったお返しにこちらの添削でもするというのか。すでにいくつか断片を語ってしまったものの、人に読ませたことがないため気恥ずかしい。
「どこで詰まっていらしたんですか?」
「肝心の主人公がね、動き出してくれなかったんだよ。敵も味方も、設定はあらかた固まってたんだけどな……」
「ええ、そんなことが? どうしてなんでしょう」
彼女は情報を引き出すのが上手いようだ。
真摯な瞳をじっとこちらに向けていて、逃げることはできなかった。
「俺の敬愛する作家が、『気に入ったキャラクターをいちど捨てて、物語に合わせたほうがいい』と仰っていたんだ。だから主人公を自分から切り離した。そうしたら、途端に動かなくなってしまった」
「私とは逆ですね。キャラクターが先にあって、物語を悩んでいます」
「ああ、そうした書き方もあると思う。でも俺の場合、物語のほうが完全に固まっていたから、先生の言葉が刺さったんだ。序盤で詰まっていたのが一気に進んだから、これならいけると思ったんだけどな」
「どういう主人公なんですか?」
「おとなしくて優しくて良い子なんだよ。ゆくゆくは魔術師にしたい」
「それだけですか?」
急に問われて、返事に困る。
「それだけとは?」
「得手不得手とか決まってないんですか?」
「そうだな、得意なことは特になく、傷ついたことを引きずるタイプだ」
「それだけじゃ足りないのかもしれませんね」
「たしかにそんな気はするな……。俺は、最強とかそういうのは興味ないから、弱く設定しすぎているのかもしれない」
「それではほかのキャラに食われてしまいますよ」
「言えてるな。師匠キャラのほうが明らかに魅力的なんだ」
これは痛いところを突かれた。
現実の自分が惨めだから、主人公を強くするのにためらいがあったのだ。
作者の願望だの、そういうことを馬鹿にする意見ばかり目にしてきたせいで。
「君のほうはどういう主人公なんだ?」
「そうですね。昔の弱かった自分の分身です。いえ、今だって弱いからこうなったんですけど……。『
「身の周りにそういう子はいたな」
「私は先輩のお陰で少しずつ自信がもてました。あのころの私と同じような子に勇気を分けられたらいいなと思って、主人公はそうするって決めてるんです」
「それはすてきな考えだ」
ぐうの音も出ない。
とはいえ、自分も出発点は似たようなものであったはずなのだが。
「性格だけでなく気質も考えてはいかがですか? それを自分と同じくすれば、理解してあげやすくなるはずです。自分とは異なるその主人公の、悩みや痛みを」
「ふむ、気質か……」
「それが決まれば、あとは書くのみです。状況を作って追い込んでしまえば、嫌でも動き始めますって」
「なんだか生き返るのを前提に、その先の未来を想像しているようだが」
「当然です。私はすでにそのつもりです。テンマさまも一緒に頑張りましょう」
横に座るこの娘は、どうやら思い違いをしているようだ。
あの女神がもともとミヤをどうするつもりだったのかは知らないが、今は俺が試練を乗り越えることで、自分の代わりに彼女の復活をしてもらう約束になっている。
果たせなかった創作を彼女に託すことができるのなら、それも悪くはない。こちらの分まで幸せをつかみとってもらいたい。
ふと嫌な考えが頭をよぎり、気まずい心を振り切って、言っておくことにした。
「なあ、こんな暗いことを言いたくはないんだが」
「なんでしょうか」
「二度とあんなことをしないと約束してくれ」
「…………はい。もちろんです」
肘掛けに横座りしていたサキュバスは、静かに降りて、うつむきながら答えた。
「俺は、自分がこうなった理由を他人のせいにしてきた。特に教師どもをな」
「学校がお嫌いだったんですね。私もです」
「でもな、最も俺に苦痛を与えたのは、嫌味な教師などではない。それは、自ら命を絶った者だ」
「そんな、先生が?」
「数少ないまともな教師と思っていたんだが、人知れず悩みを抱えていたようだ」
怒っているわけではない。だが、恨みに近いものはあった。
「自殺とは自らを殺めるだけでは決してない。想ってくれる人の心まで、
「はい」
「生き返った先でも頑張れよ。俺が見守っていてあげるから」
「……? それはどういう意味でしょうか。尾張さんは──」
「今はテンマだ、間違えるな。せっかく来たんだ、見回りでもするとしよう」
女神にお仕えして、この世界に居座り続けるのも悪くはないかもしれないな。
惨めだったこの俺が、大魔王として君臨できるのだから。
「そうだ! いいことを思いついた!」
「な、なんですかいきなり」
「フハハハハッ! アルディナ、余に付いてまいれ!」
「ちょっと、待ってください~!」
「お前たちも来い、カコクセン、ダイジェ!」
「陛下! まさかその名前は?」
「お、お供いたします!」
下を向くのはもうやめだ。
元近衛兵CとDを従え、俺は地下のとある施設へと向かった。
この世界を遊び尽くしてきた俺が、唯一、完璧にするのを諦めた場所。
なぜなら、それは無限のコンテンツであるから……。
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