第29話 喧嘩はおやめになって

――友達とは何か。

素朴な問いは、リゼに戸惑いを与えたように見えた。


「それは、一緒にお話をしたり、お食事をとったり、授業でお隣に座ったり……そういうものですわ」


リゼにとっての友達は、至極普通のものに思える。

ただ、それが何なのかを分かっているのに、言葉で確かめたがる。

エフティアもそういうところがある。


「リゼさんのおともだちがそういうものなら、もうなってるじゃないですか」

「?」

「おともだちに」

「えぇっ?」


素っ頓狂な声を出した後、口を抑えて目だけでこちらを見た。


「今、おともだちって」

「はい。言いました。だって、今お話しているじゃないですか」

「ですが、お食事とか……」

「別に、ぜんぶしないとおともだちになれないなんてこと、ないんじゃないですか。それに、今できてなくたって、これからすればいいじゃないですか」

「そうですの……?」

「友達って、勝手になってるものだってソーニャも言ってましたよ」

「ソーニャさんが……」


本当に意外そうな顔で、口元を覆っていた両手を胸に下ろした。


「わたくし……」

「リゼさん?」

「……いつの間にか、たくさんおともだちができていたのですね」


リゼは頬を紅潮させ、涙ぐむ。


「あの、リゼさんのおともだちって、いつも一緒にいる二人ですよね」

「えぇ……ミルラさんとイルマさんですわ」


「二人とおともだちになって……リゼさんいつも楽しそうですよね」

「ええ、今まで剣のお稽古とお勉強ばかりでしたけれど、お二人が色々なことを教えてくださいましたの! そうですわ! 最近お仕事も始めましたのよ! あっ……」


「どうかしましたか……」

「秘密でしたの……一生の不覚ですわ。アヴァルさん、お仕事の話はどうか内緒に――」


秘密にしなければならない仕事をしているのか。

想像を膨らませる間もなく、聞きなれた声がそよいだ。


「にゃ、いたにゃあ」

「ソーニャ……!」

「そうにゃ」


これまた読みにくい表情でのお出ましだった。


「――ソーニャさん?」

「そうにゃ。リゼっち顔が赤いにゃ」

「そんなこと、ありませんわ!」

「さてはヴァルっち、また女の子泣かせたにゃ」

「なっ……またってなんだよ……!」

「今はそんなことより」

「そんなこと!?」


「二人とも、おいらに着いてくるにゃ」

「あの、せっかくのお誘いはとても嬉しいのですが、ごめんなさい。わたくし、待ち合わせをしていますの」

「ミルラとイルマにも、おいらに着いてこれば会えるにゃ」

「まあ、本当ですの! おともだち大集合ですわね!!」


……


機嫌よく鼻歌を歌っている令嬢を背に、アヴァルは猫人の読み難い顔をうかがっていた。


「ねえ、そっちはどうだったの……?」

「ヴァルっちはリゼっちと友達になれたのかにゃ」

「うん……」

「じゃあ明日も友達でいてやればいいにゃ」


ソーニャの答えが、期待した結果はないことを示していた。


「お二人とも何をお話しされているの?」

「明日はリゼっちも一緒にご飯を食べようって話にゃ。にゃ?」

「あ、あぁ。そうだね」

「まあ、なんて素敵なのでしょう! 」


リゼはさらに浮足立つ。

それにしても、ソーニャがこういうその場しのぎでわざわざ同意を求めるなんて、意外だった。



普段は人気のないはずの訓練場裏に人影が三つ――レディナさんと、例のおともだち二人。


「みなさ――」

「ちょっとだけ静かにするにゃあ」


令嬢の口を獣人ファウナがふさいだ。

ソーニャ……女の子を丁重に扱ってくれよ……?


「あのさぁ、うちらに関わらないでくれる!?」

「ミルラ……」


「そうだよ! 自分から離れたくせに!」

「イルマ……そうだね。これで最後にするよ。けどさ、これだけは言わせてよ。あの子……リゼと本当の友達になってあげて」


「あはは! うちらは本当じゃなかったってわけ? ねえイル?」

「ほんとそれ。友達なのは自分の都合のいい時だけなんでしょ」


「……ようやく、やりたいことが見つかったの。ごめん」

「謝られても」

「ねぇ?」


「……っ! せめて、リゼにはきちんとお金を返してあげて!」

「うちらがにどう関わろうが勝手でしょ?」

「あんたが勝手なようにね?」


「勝手にするのはいいよ……でもさ、お金に困ってるとかいう嘘をついて、友達から騙し取るなんてやりすぎだよ」

「お金に困ってるのはほんとだよー? お金があるところから、ないところに流すのはいいことじゃん?」

「そうそう。いくらあっても足りないし、あのお嬢様、嬉しそうに渡してくれるし」


「あんたたち……リゼがあんたたちのために働いているのを知らないの?」

「は? 何の話? ねぇ?」

「さあ? なんで貴族が働くの?」


確定だ。あの二人は、リゼさんの友達なんかじゃない。

偽物だ。


「ソーニャさん、離してくださいまし」

「にゃ」


リゼは「いきなりびっくりしましたわ!」とソーニャに小声で文句を言うと、「にゃはは」とだけ返されていた。

これ、見たことないけど知ってる光景だ。


リゼは「人の口をいきなり塞ぐなんていけません事よ」と言ってから、堂々とした足取りで三人の間に入っていった。


「喧嘩はおやめになって」


リゼが現れると、レディナは落胆した様子で下を向いた。

後の二人の冷めた顔を見ると、こちらまで嫌な気持ちになった。


「……レディナってほんと、せこい事は上手いよね。タイミングぴったし」

「せこいからでしょ?」


ミルラとイルマは笑い合った。

リゼのことはまるで見ていなかった。


「……ごめんね」

「何を謝っていらっしゃるの?」


レディナの謝罪には、複雑な想いが込められていたと思う。

しかし、リゼは気に留めない様子で、ミルラとイルマに向き直る。

二人はため息をつく。


「さっきので分かったでしょ。」イルマは腕組みをした。

「うちらはってこと」ミルラが羽虫を避けるように手を払った。


それでも、リゼは手を差し出した。


「こちら、今日お渡ししようと思っていた分ですわ! 二人とも図書館にいらっしゃらないから、少し心配してましたのよ?」


ミルラとイルマは顔を合わせてニヤリと笑った。


「待てッ!!」


自分を止めることができなかった。

この感情を知っている気がしたが、上手く表すことができそうにない。

今はただ、目の前の光景を見過ごす気にはなれなかった。

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