第28話 月の令嬢

「そもそもなんだけど、先生に相談とかはしないの」

「ヴァルっちそれは野暮ってもんにゃ」

「野暮ってわけでもないんだけどね。こういうのはこじれると後々面倒だからさ」


僕には難しい問題だろうか。少なくとも、レディナさんには分かる複雑な学内政治があるのだろう。


「一応確認をしておきたいんだけど、最終的な目標はリゼさんを助けることとして、どうなったら助かったことになるって考える? ソーニャ?」


「リゼっちが事実を知ればそれでいいんじゃにゃいの? そこから先はリゼっちに任せたいにゃ」


「僕は、間違っていることは正すべきだと思う。もし本当にお金のやり取りがあったのだとしたら、リゼさんはお金を返してもらうべきだ。とは言っても、本当にそんなことがあったのか、きちんと確認するべきだよ。レディナさんの思い込みという可能性は捨てきれないのだから」


「そうね……二人とも、もっともな意見だね。思い込みの部分については、あたしも裏を取らなきゃって思ってる。それでなんだけどさ――」


レディナは何かを伝えようとしためらうが、思い直したように首を振る。


「――みんな仲良く終わる方法とかってないかな」


レディナはそう言ってから、「ないない……あはは、何言ってんだか」と自嘲気味に笑った。




(じゃあ、あたしとソーニャが取り巻き二人、アルちゃんがリゼを引き留める役割ね)


レディナの言葉を思い出す。

そうは言われても、一人というのは荷が重い。


(心配しなくても大丈夫。彼女、あんたのこと気になってたみたいだし)


気になるってどういう意味だ。

尋ねようとしたがやめておいた。詳しく聞いて、変に意識してしまうと上手く話せる気がしない。



「図書館か」


最近は色々あって来ていなかったが、ここにはよく来ていた。

グランディオス第五学園は、剣に重きを置いているものの、知識を軽んじているわけではない。それゆえに、蔵書も充実していて、気づけば一日が終わってしまうことも珍しくはなかった。


学園の図書館の三階、少し奥まったところにある小さな空間に彼女はいた。


三日月を折り重ねたような金髪の令嬢が、窓辺に奥ゆかしく座っていた。こうしてみると、威勢が良い時とは印象が全く違う。

何かの本に夢中になっているようで、その顔は真剣そのものだった。どうしよう、何か適当な本でも読んで待とうかな。


これでいいか――




リゼ=ライナザルは戸惑っていた。


これはいったいどうしたことですの?

ミルラさんとイルマさんをお待ちしていたら、どういうわけかアヴァルさんがいらっしゃいましたわ……!


アヴァルは静かにページをめくっては、リゼのことなど意識していない様子だった。


『アトラ式魔術の応用』……何だか難しそうなご本をお読みですわ。さすが特待生といったところでしょうか。


(そうですわ――)


これ見よがしに本の背をアヴァルに向け、本の題名を見せつける。


『剣と知』


既に半分ほど読み終わりましたのよ……内容はその半分も理解していませんけれど。


「読書中にごめんなさい。リゼさんも『剣と知』、読んでるんですね」


きましたわぁ!

どうしましょう、なんてお返事しましょう……そうですわ!


「あら、アヴァルさんも読んでいらして? わたくしは二日前から読んでもう半分まで読みましたのよ!」

「あっ……そうなんですね」


もしかして、二日で半分は少なすぎたのでしょうか……。


「普段はもっと読むのは早いんですのよ……!」

「すごいなぁ、僕はその本、半分読むのに5日かかりましたよ」


わたくしのおばかさん……!


「……気落ちする必要はございませんわ、人にはそう……それぞれペースというものがありましてよ」

「ありがとうございます。自分の中で理解したと言えるようになるまで時間がかかるから、どうしても時間がかかってしまって」

「……この本の内容を理解されているの?」

「説明するとなると、僕の言葉になってしまいますけど、ある程度は」


すごいですわ……。


「で、では、この……『剣を呼ぶという行為は、内在化した神剣イディアスの輝きを身体の内側に満たし、元々内側にあった影を外に押し出すということに他ならないのである』という記述は理解されていて……?」

「あぁ、神剣イディアスヒュリアスの関係を光と影に例えた部分ですね」

「…………ですわ!」


本に出てきていない言葉が登場しましたわ。


「でも、僕はこの意見については懐疑的なんです」

「懐疑的……ですの?」


「はい。疑わしく思ってます。もしも神剣が魂に在るというのなら、僕達はそれを直接感じ取って、少なくともそれに近いエイドスを呼び起こすと思うんです」

「……? で、ですが、本に書かれていますのよ?」


「神様だって全てを伝えきれてないかもしれません。人ならば、なおさら僕達に伝えきれていないこともあるでしょう。あるいは、実際に本を書いた人と話をしてみれば、案外腑に落ちることもあるかもしれませんね」

「そ……うかもしれませんわ。ですが、アヴァルさんは神様達のお言葉も疑うんですの……?」


「はい。今伝えられている神様の言葉の多くは、僕達が直接聞いた言葉ではないですから。叶うなら、直接話せたらと願うばかりです」


そのようなこと、考えた事もありませんでしたわ。


「リゼさんは、よくここに来るんですか」

「ええ、最近はよく、ミルラさんとイルマさんと一緒にお話したりしていますわ。あ……もちろん図書館ですから、今みたいに静かに話してますわ。本当はそれも良くないのかもしれませんが……うふふ、何だか楽しくって……お許しくださいまし」




アヴァルは目の前の少女の笑顔を直視できず、思わず手元の本に目を落とした。


剣を重ねた時とはまるで違う……高飛車な人だと思っていたけれど、こんなにもしおらしくなるなんて。


(アルちゃん知ってた? リゼちゃん、最近髪飾りが変わったのよ。会話に困ったら褒めてあげてね)


褒めてと言われても――


「リゼさん。その……髪……」

「髪……? 嫌ですわ、何かついていまして……?」

「髪……月みたいにきれいですね」


間違えた。


「……その、髪飾りもきれいです」


これでよし。


「こ、この髪飾りはイルマさんとミルラさんがくださいましたの! それで、その……髪はお母さま譲りですわ!」


リゼは明らかに動揺した様子で目線が定まらない。

どうしよう、何が『これでよし』だ。全然よくない。

必死に何か言いつくろうととしたが、何も浮かばなかった。


情けない僕よりも先に、リゼが先に口を開く。


「あのぉ……えぇと……わたくしと……になってくださいな!」


彼女の中にいったいどんな思考が巡ったのかは分からない。

けれど、ついこの前聞いたのと同じ言葉が、少し違って聞こえた。


「リゼさんにとって、おともだちってどういう存在なんですか――」

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