第28話 月の令嬢
「そもそもなんだけど、先生に相談とかはしないの」
「ヴァルっちそれは野暮ってもんにゃ」
「野暮ってわけでもないんだけどね。こういうのはこじれると後々面倒だからさ」
僕には難しい問題だろうか。少なくとも、レディナさんには分かる複雑な学内政治があるのだろう。
「一応確認をしておきたいんだけど、最終的な目標はリゼさんを助けることとして、どうなったら助かったことになるって考える? ソーニャ?」
「リゼっちが事実を知ればそれでいいんじゃにゃいの? そこから先はリゼっちに任せたいにゃ」
「僕は、間違っていることは正すべきだと思う。もし本当にお金のやり取りがあったのだとしたら、リゼさんはお金を返してもらうべきだ。とは言っても、本当にそんなことがあったのか、きちんと確認するべきだよ。レディナさんの思い込みという可能性は捨てきれないのだから」
「そうね……二人とも、もっともな意見だね。思い込みの部分については、あたしも裏を取らなきゃって思ってる。それでなんだけどさ――」
レディナは何かを伝えようとしためらうが、思い直したように首を振る。
「――みんな仲良く終わる方法とかってないかな」
レディナはそう言ってから、「ないない……あはは、何言ってんだか」と自嘲気味に笑った。
◆
(じゃあ、あたしとソーニャが取り巻き二人、アルちゃんがリゼを引き留める役割ね)
レディナの言葉を思い出す。
そうは言われても、一人というのは荷が重い。
(心配しなくても大丈夫。彼女、あんたのこと気になってたみたいだし)
気になるってどういう意味だ。
尋ねようとしたがやめておいた。詳しく聞いて、変に意識してしまうと上手く話せる気がしない。
「図書館か」
最近は色々あって来ていなかったが、ここにはよく来ていた。
グランディオス第五学園は、剣に重きを置いているものの、知識を軽んじているわけではない。それゆえに、蔵書も充実していて、気づけば一日が終わってしまうことも珍しくはなかった。
学園の図書館の三階、少し奥まったところにある小さな空間に彼女はいた。
三日月を折り重ねたような金髪の令嬢が、窓辺に奥ゆかしく座っていた。こうしてみると、威勢が良い時とは印象が全く違う。
何かの本に夢中になっているようで、その顔は真剣そのものだった。どうしよう、何か適当な本でも読んで待とうかな。
これでいいか――
◆
リゼ=ライナザルは戸惑っていた。
これはいったいどうしたことですの?
ミルラさんとイルマさんをお待ちしていたら、どういうわけかアヴァルさんがいらっしゃいましたわ……!
アヴァルは静かにページをめくっては、リゼのことなど意識していない様子だった。
『アトラ式魔術の応用』……何だか難しそうなご本をお読みですわ。さすが特待生といったところでしょうか。
(そうですわ――)
これ見よがしに本の背をアヴァルに向け、本の題名を見せつける。
『剣と知』
既に半分ほど読み終わりましたのよ……内容はその半分も理解していませんけれど。
「読書中にごめんなさい。リゼさんも『剣と知』、読んでるんですね」
きましたわぁ!
どうしましょう、なんてお返事しましょう……そうですわ!
「あら、アヴァルさんも読んでいらして? わたくしは二日前から読んでもう半分まで読みましたのよ!」
「あっ……そうなんですね」
もしかして、二日で半分は少なすぎたのでしょうか……。
「普段はもっと読むのは早いんですのよ……!」
「すごいなぁ、僕はその本、半分読むのに5日かかりましたよ」
わたくしのおばかさん……!
「……気落ちする必要はございませんわ、人にはそう……それぞれペースというものがありましてよ」
「ありがとうございます。自分の中で理解したと言えるようになるまで時間がかかるから、どうしても時間がかかってしまって」
「……この本の内容を理解されているの?」
「説明するとなると、僕の言葉になってしまいますけど、ある程度は」
すごいですわ……。
「で、では、この……『剣を呼ぶという行為は、内在化した
「あぁ、
「…………ですわ!」
本に出てきていない言葉が登場しましたわ。
「でも、僕はこの意見については懐疑的なんです」
「懐疑的……ですの?」
「はい。疑わしく思ってます。もしも神剣が魂に在るというのなら、僕達はそれを直接感じ取って、少なくともそれに近い
「……? で、ですが、本に書かれていますのよ?」
「神様だって全てを伝えきれてないかもしれません。人ならば、なおさら僕達に伝えきれていないこともあるでしょう。あるいは、実際に本を書いた人と話をしてみれば、案外腑に落ちることもあるかもしれませんね」
「そ……うかもしれませんわ。ですが、アヴァルさんは神様達のお言葉も疑うんですの……?」
「はい。今伝えられている神様の言葉の多くは、僕達が直接聞いた言葉ではないですから。叶うなら、直接話せたらと願うばかりです」
そのようなこと、考えた事もありませんでしたわ。
「リゼさんは、よくここに来るんですか」
「ええ、最近はよく、ミルラさんとイルマさんと一緒にお話したりしていますわ。あ……もちろん図書館ですから、今みたいに静かに話してますわ。本当はそれも良くないのかもしれませんが……うふふ、何だか楽しくって……お許しくださいまし」
◆
アヴァルは目の前の少女の笑顔を直視できず、思わず手元の本に目を落とした。
剣を重ねた時とはまるで違う……高飛車な人だと思っていたけれど、こんなにもしおらしくなるなんて。
(アルちゃん知ってた? リゼちゃん、最近髪飾りが変わったのよ。会話に困ったら褒めてあげてね)
褒めてと言われても――
「リゼさん。その……髪……」
「髪……? 嫌ですわ、何かついていまして……?」
「髪……月みたいにきれいですね」
間違えた。
「……その、髪飾りもきれいです」
これでよし。
「こ、この髪飾りはイルマさんとミルラさんがくださいましたの! それで、その……髪はお母さま譲りですわ!」
リゼは明らかに動揺した様子で目線が定まらない。
どうしよう、何が『これでよし』だ。全然よくない。
必死に何か言いつくろうととしたが、何も浮かばなかった。
情けない僕よりも先に、リゼが先に口を開く。
「あのぉ……えぇと……わたくしと……おともだちになってくださいな!」
彼女の中にいったいどんな思考が巡ったのかは分からない。
けれど、ついこの前聞いたのと同じ言葉が、少し違って聞こえた。
「リゼさんにとって、おともだちってどういう存在なんですか――」
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