第25話 影

「じゃあにゃー」


食事の後、食器を洗う自由を謳歌したソーニャ。

少々くたびれた様子でもあったので、引き留めるついでに誘ってみたくなる。


「君もうちに暮らしたら、ちょうどよくなるんだけど」

「はぁん? 何言ってるにゃ?」

「ほら、数とかね」

「珍しく意味が分からないにゃ」


やっぱり。でもこれが彼らしいとも言える。

ソーニャは肩をすくめて歩き去っていった。


それにしても、ソーニャはどこに住んでいるのだろうか。

今度聞いてみなければ。


振り返ると、エフティアが複雑そうな表情をして立っていた。


「どうしたの?」

「なんか――仲いいなぁって」

「ソーニャ?」

「うん」

「まあ……話してて楽しいよ?」

「わっ、わたしは!? ……わたしとは?」

「楽しいよ」

「えへへ……そっか」


安心した様子で、エフティアは後ずさる。


「ふぁーあ……眠いわ。あたしのベッドは掃除済みかしら」


レディナがあくびをし、冗談めかしながらわがままを言う。


「そんなこと急に言われても……と言いたいところだけど、使わないベッドもきれいにしているから、使えるよ」

「……あんたは宿屋をやれるわね」

「それなら僕が店主でレディナさんが料理人だね」

「ふふ、そうね。それじゃエフティアは……」

「ねえねえ、わ、わたしは?」

「エフティアは、用心棒かな」

「……寝る」


エフティアは少し不機嫌そうな足取りで寝室に歩いていった。

レディナが悲しそうな顔で僕を見る。


「用心棒はないよ……」

「……いいと、思ったんだけど」

女将おかみさんとかさ、言ってあげればいいじゃん」

「……?」


接客しているエフティアの姿を想像してみた。少し物足りないので、その手に剣を持たせる。彼女は「他のお客様にご迷惑をかけるようならば、銀貨ではなくその首を置いていきなさい」と言って、客の喉元に剣を差し向ける。


「いいかもしれない。女将じょしょうって感じで。でも、よくよく考えると女将おかみがいる宿屋なんて相当立派だから、三人では回らないね」

「そうね。あたしも寝るわ」


眠気と呆れが混ざった顔で、レディナは寝室へと向かおうとするが、立ち止まる。


「あんたは寝ないの?」

「何だか眠くなくて」

「そう? じゃ、おやすみ」

「おやすみ」


寝室のドアが閉じられるのを見届けてから、僕は特待生寮の訓練場へと足を運ぶ。正直……運動でもしないと落ち着かなかった。



一人で剣を振るうのが、久しぶりのことに思える。

最近はいつもエフティアと一緒だったから、たまにはこういうのも悪くないだろう。


「剣に想いを――」


――馳せる資格なんてない。殺人鬼を呼び覚まし、穢れた剣を想起する。思い出したくもないこの短剣を、身体の奥深くまで根を張るように染み込ませていく。そうすると、存在しないはずの剣使が、目の前に死霊として現れる。それを切って、切って――切り刻んで、二人分の首を落としたらそれで終わり――のはずだった。


「……ッ!」


影がもう一つ現れた。

距離を詰め、新たな影の剣を逆手で受け止める。刀身の根元から先端まで火花を散らし、すり抜け様に首を刺突しえぐる。

吐き気を催すような感触があった。


ひどく疲れた足取りで、寝室に向かう。

先ほどの嫌な感触から逃れたかった。


……


朝の光が差し込む寝室に、四つのベッドと三人の生徒――当然ベッドは一つ余るはずなのだが、二つ余っていた。

それはなぜか。


向かい側に見える昨日までは空いていたベッドが、今日も空いている。レディナはもう起きているのだろうか。


昨日の疲れが残っているのか、まだ何となく寝ていたい。

寝返りを打つとそこには夜着のレディナの寝顔があった。


「ひぃっ――」


――情けない声が自分の喉から出てしまい、目の前の少女が目覚める前の前兆を見せた。逃げる間もなく、彼女の目が開かれた。

どうしよう。僕が取るべき行動はいったい何通りあるんだ。エフティアのように即座に選択肢が浮かんでこない。

少し違うけど、彼女の気持ちが分かる気がした。


「んぅ……あー、まだいたんだ。おはよ、

「おはようございます、レディナさん。ちゃんはやめてください……」


「ふふ……」

「はは……」


「昨日は……ね」

「何がッ!? あぐっ!」


思わず立ち上がろうとしてしまい、上段のベッドの裏に頭をぶつけてしまう。


「アル君……? どしたの……」


今、最も起きて欲しくない子が鈍い音と振動に目覚めたらしく、上段から眠たい声が聞こえる。


やばい――こんなの、男女二人で一緒のベッドで寝ていたら思うことなんて一つだ。この状況を打破するという難題に、僕は立ち向かわねばならなかった――

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