第18話 言葉

二段ベッドの上段から逆さのエフティアがにらみつけてくる。動悸を抑え、かろうじて睨み返す。


「いやだっ!」

「エフティア、君がレディナともう一度話し合うまでは君と訓練をしない。これは決定事項だ」


「嘘つきッ! わたしを強くしてくれるんじゃなかったの!」

「あの日以来、君は全く剣に集中できていない。これじゃあ、全然強くなれないよ」


「うぅー!」


頭を引っ込めたかと思うと、再び逆さで現れ――


「いじわるッ!」


――枕をぶつけてきた。

逆さの体勢からそのまま床に一回転して着地すると、勢いよく寝室の扉を開けて飛び出した。


「エフティアっ!」


さらに、もう一度扉を開く音がしたので、自分も飛び起きる。


「まずいっ――」


彼女、夜着のままじゃないか!

急いでエフティアの制服を引っ張り出し、追いかけた。


「あっ――」


――僕も着替えてない!




「騒々しいな――なんで、寝巻?」

「……」


眠そうな表情でドアから顔をのぞかせたレディナは、エフティアの乱れた装いを上から下まで眺めると、外れた胸のボタンだけとりあえずつけ直す。


なぜか全速力で走ってきた特待生(寝巻)のアヴァルが、女子用の制服を抱え、レディナとエフティアの顔を交互に見てから……一礼してレディナに預けた。


「ほんとに一緒に住んでんだね」

「……」

「とりあえず、入りな?」

「……」


レディナは自室にエフティアを入れると、ベッドのしわを伸ばしてから、そこに座らせる。


「あんたが部屋に来るの初めてだね」

「……」

「あらら、ぼさぼさじゃん。いてあげる」

「……」

「ひょっとしてさ――」

「……」

「――なに話すか、考えてなかった?」

「……ぅ」


エフティアは声にならない音を出した。


「エフティア、人付き合い苦手だもんね」

「……レディナは……人付き合いも、できて……剣も、強くて……すごい」


「ありがと。あんたさ、なんで会いに来たの? あたしはもう、つもりだったんだけど」

「アル君が……レディナと話さないと……強くなれないって……」


「アル君がねぇ」

「……」


「そうなんだ」

「……ほんとは、わたしが……ぁ」


「……」

「……うぅ」


「そっか」


長い沈黙が二人の空間を満たす。レディナはエフティアから話すのをじっと待つ。


「わたし……きっとなんだ」

「どうして?」


「昔からずっと、そう言われてたし、いつも皆から笑われるし、なんで笑われるのかもずっとわからないし、どうしてみんなみたいに剣が強くなれるのかもわからなかったし、何を話せばいいのかわからないし……だから、アル君が初めて、わたしのことをちゃんと見てくれたんだって思ったんだ。『使として見ている』って言ってくれたんだよ? アル君は、思ってることぜんぶ言葉にしてくれる――だから……」


柔らかな笑顔を浮かべるエフティアの横顔に、つられてレディナが微笑む。


「あたしも全部、言葉にすればよかったのかな」


思わずこぼれたレディナのつぶやきを聞いたエフティアは、レディナの手を握り、逃げようとした手を放さなかった。

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