第13話 見舞い猫

ベッシュ先生の個人授業が終わってしばらくしてからのことだ。

誰かが特待生寮に周りをうろついている気配があったので、だいぶ良くなった身体を起こして正体を探ることにした。


リビングに入ると、その気配が窓に近づいていく。

窓の向こうに猫のような影が一瞬見えたかと思うと、それは人の形を成して窓ガラスをたたき始めた。


「おーい、元気にゃー?」


ソーニャ……!

急いで窓を開けると、ソーニャは器用に中に飛び込んできた。


「うわ……どうしたんだい。自主訓練は……?」

「にゃあ、訓練をするもしないもおいらの自由……にゃ」

「自由にも限度がある」

「元気にゃ?」

「うん。お見舞いに来てくれたの?」

「にゃ、そんなとこにゃ」


ソーニャは自分の部屋かのようにリビングを歩き、ソファーにくつろいだ。


「ヴァルっちも座るにゃ」


なんだか色々と急だな。

そう思いつつも、少し浮足立つ自分がいた。

ソファーに座ると、ソーニャは「一人で暮らすには広すぎにゃー」と言ってこっちを見てきた。すると間もなく獣人ファウナ顔になる。


「やっぱり匂うにゃ……獣の内臓を煮詰めたようなすごい匂いにゃ……」

「ほとんど正解。ベッシュ先生からドラゴンの臓物を煮詰めた薬をいただいたんだ」

「うげぇ、おいらだったら絶対飲まないにゃ」

「でも実際少し元気が出てきたよ」

「しばらくこっち向くにゃ」

「向けばいいのかい」

「向くんじゃないにゃ。さっきから向かなくても鼻が利かないにゃ」

「それは失礼しました」


しばらくは顔を合わさない方がよさそうだ。


「にゃあ、ヴァルっち」

「なんだい?」

「フテっちのこと、どれくらい知ってるんにゃ?」

「どうしてエフティアの話に……」


彼女について知っていることか――


「にゃ、えっちな顔してるにゃ」

「なっ」

「冗談にゃ」

「なんだ、冗談か」


焦らせてくれる。

ソーニャの顔は見ないようにしていると、長い尻尾が視界に入ってきた。

早く話せと催促しているらしい。


「僕がエフティアについて知っているのは……彼女が剣使の器であるということだよ」

「にゅーん」

「それは……どういう感情なんだい?」

「言葉にできないって感情にゃ」


答えになってない。


「じゃあさ、どうしてそんなことを僕に聞いてきたんだい」

「にゃ、なんとなくにゃー」

「人には聞いておいて、その返答はどうなのさ」

「それもそうにゃ」


ソーニャは足を揺らしてソファにもたれかかる。


「純粋に興味が湧いたんにゃ。今まで他人と関わろうとしてなかったヴァルっちが、にゃんで急に自主訓練に参加するようになったんかにゃーとか」


確かに、他の人からしてみれば僕の変わりようが気になるのは当然だ。


「それは、君が想像している通りエフティアがきっかけなんだ。彼女の実力が知りたかった」

「やっぱりにゃー。けど分からないにゃあ」

「何がだい?」

「ヴァルっちはフテっちが普段一人で修行してる場所も知らなかった……にゃのに、どうしてフテっちと試合をしたくなったのかにゃ」

「それは――」


どう伝えるばよいのだろう。


「別に無理に言わなくていいにゃ。本来お見舞いに来ただけだし。にゃんか食いもんないにゃ?」

「一瞬で矛盾してないか?」

「矛盾するのも自由にゃ。分かってればそれでいいにゃ」

「自由というか、自分勝手というか」


ソーニャはこちらの指摘など意に介さずにくつろでいる。まるで猫だ。

こういう人とはあまりあったことがない――が、不思議と気楽な気持ちになった。


「ソーニャ、君はエフティアについてよく知っているの?」

「にゃ、そんにゃに知らにゃい。けど、おいらよりももっと知ってるやつは知ってるにゃ」

「ベッシュ先生?」

「にゃはは。にゃー、先生なら確かに知ってるかもにゃあ」


違うということか。


「おいら、そいつがフテっちのことを大事にしてるの知ってたから、フテっちの秘密の修行場所のことを教えてやったにゃ。ヴァルっちよりもずっと前ににゃ」

「そんな人がいたんだ。それはいったい――」

「そのうち分かるにゃ。多分、近いうちににゃ」

「――なるほど」


思わせぶりな態度は気になるが、今はよしとしよう。


「にゃあぁ……みんな、不器用なんにゃー」


そう言って天井を見上げて手を伸ばすと、ソーニャは大きくあくびをする。

不器用――その言葉の意味を尋ねる前に、ソーニャはソファから立ち上がった。


「おいらそろそろ帰るにゃ。ヴァルっち、身体は大事にするにゃー」

「うん。ありがとう」

「にゃ、そういうことで」

「待って」


窓の方に向かっていくソーニャを呼び止める。


「ドアはあっちだ」


入口を指で示すと、「にゃははー」と笑いながらドアを開けに行き、手を振る代わりに尻尾を振って帰っていった。


「ふぁぁ……」


僕も寝足りないらしい――

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