第10話 もっと君を知りたい
ソーニャの言っていた通りなら、この森にいるはずだけど――
〈フテっちはたぶん、裏の森にいるにゃ。使う奴も全然ないけど、試しの岩に剣を振って鍛えているにゃ〉
――こんな暗い場所に一人で来ているのだろうか。
感覚を研ぎ澄まし、気配を探る。
何か――硬い金属同士がぶつかるような音が聞こえるな。
その音に向かって、慎重に歩みを進めてゆく。
一定の間隔で絶え間なく、鋭く、ぶつかる音。
それには意志が感じられた。鋼よりも遥かに硬い意志が。
「やあああぁぁぁ――ッ!!!」
試合ではまともに振るわれることのなかった大剣が、不動の大岩を震わせていた。
「うわあああぁぁぁ――ッ!!!」
もしも、彼女がいつでも今のように剣を振るえたなら――
「うぅっ……くそぉ……うおおおぉぉぉ――!!!」
――きっと誰も受け止められない。
そうか……エフティアはきっと物心ついたころから、ずっとこうして剣を振るっていたんだ。
彼女に歩み寄ろうと足が動いた――けれどやめた。彼女は泣いているけれど、きっと、ほしいのは慰めなんかじゃない。これは彼女が長年続けてきた大切な儀式なんだ。それを邪魔するなんて、ありえない。
その場を後にして、教室へと戻ることにした。
「――突然抜け出し、申し訳ありませんでした。今から戻らせていただきます」
「アヴァル君……きみという人は……一応理由を聞いても?」
「理由は言えません。ですが――」
「ですが?」
「――重要なことでした」
「それは、私の超絶おもしろい授業よりも大切なことですか?」
「はい。先生の超絶おもしろい授業よりも大切です」
「よろしい……座りなさい」
「はい」
もじゃもじゃ頭を抱える先生に頭を下げてから、ソーニャの隣に座る。
ソーニャは
「超絶おもしろいにゃ。フテっちには会えたかニャ?」
「見つけたけど、会わなかった。ありがとう、ソーニャ」
「どういたしまして。それまたどして?」
「彼女とは後で話したい。今は……邪魔したくなかったんだ」
「……いいにゃ」
「なにが?」
「気が合いそうってことにゃ」
「うん……?」
その日は結局、エフティアは一度も授業には参加しなかった。授業への出席は必須ではないが、出た方がいい。何が自分にとって大切なことかを判断するのは容易ではないのだから。今日習ったことは、彼女が望むのであれば伝えることにしよう。
不思議だ、こんなに他人のことを思い出す一日はなかった。
思い出すのはいつだってあの日の夜のことばかりだったのに。
エフティア……リゼ、ソーニャ、レディナ……顔は知っていたのに、彼らのことを僕は全然知らなかったんだ。
「楽しかった……」
楽しい……? そうか。知識を深めるのが楽しいように、人を知るというのは、きっとそれ自体が楽しいことなんだ。
そんなことを自室で考えていると、ドアが開く音がした。
「えへへ……ただいま」
「おかえり」
ひどく息切れした様子で帰ってきたエフティアだったが、相変わらずの笑顔だった。
「エフティア」
「……うん」
「少し、時間をもらえないかな」
「え……」
エフティアは少し困ったような表情を見せた。
けれど、かまわない。
「今日の訓練の続きがしたいんだ。君と」
「……ッ! うん!!」
エフティアの手は細かく震えていた。あれからずっと剣を振るっていたんだ。
きっと、今からやってもまともに剣なんて振るえないだろう。
だけど今日やろう。今日の痛みを、悔しさを忘れないうちに。
「今すぐしよう」
「わたしも、今すぐしたい……!!」
そうだ。君の手は、あんなことで剣を手放したりしない。
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