第6話 愛の神が見せる夢
――鳥の鳴く声に目が覚めた。いつも機嫌がいい生き物たちがうらやましい。
いつも寝起きは頭が痛いのに、今日は不思議と軽い感じがする。
でも、妙に身体が熱い。熱でもあるみたいだ。
窓は閉まっているのに、首筋を這うように生暖かい風が通り過ぎた。
「……えっ」
全身が震えた。
大きな生き物が、その口を首筋にあてがうようにして、身体に巻き付いてくる――抗いがたい感触に、身動きが取れない。
「んっ……うーん……」
おかしい。だって、彼女は上のベッドで寝ていたはずじゃないか。
これは夢だ。愛の神が見せる夢に違いない。
自分の右手が、いつの間にか、エフティアの硬い両手と柔らかい胸の間に挟まれていた。
本当に夢なのか。この硬さと柔らかさは本当に神の御業なのか?
いや、こんなの神の成せる業に決まっているじゃないか。
何を考えているんだ?
「ん……」
甘い声につられて、自然と胸元から視線が移る。あどけない顔の少女が、目を瞑ったまま見つめてくる。その口元に目を奪われると、あらぬ想像が頭に浮かんできてしまう。
もうだめだ。無理だ。僕は動けない。どうしようもない。寝たふりをするしかない。この温もりと感触を振り払うことができそうにない。こんなのおかしい。
ん……?
「えっ、ちょっと――」
――やばい。
彼女が両手を首に巻き付けてきた。
獲物を逃さないかのように、力強く……さらに足まで……。
もういい加減分かってきた。これは夢じゃない。現実だ。
こんな夢が存在するならば、それはもう夢ではないんだ。
時が止まったかと思うほど、長い時間だった。彼女が起きる気配を感じたかと思うと、「わあッ!」と耳元で大きな声が聞こえた。
僕は一切反応せず、耐えて見せた。
「アル君ッ! 違うの! これはね……えっとね! うぅ……」
いいんだ。なかったことにすればいい。全く何もよく分からないけれど、そのまま何事もなく起きたことにすればいいんだ。僕は寝ている。何も知らない。
「アル君……寝てる?」
寝ている。何があっても起きない。
ん……何を……。
「……寝てるよね」
エフティアは僕の頬を指でつついているらしかった。
不意打ちだったが、今さらこの程度のことで動じるわけにはない。というより、頬をつつかれる感触よりもいまだに絡まっている足の方に意識が持っていかれている。
「よかったぁ……」
「……」
「ぐっすり寝てる……」
エフティアは安心したのか、落ち着きを取り戻していた。
こちらは一向に落ち着けない。
……さて、どうしようか。どのタイミングで起きるのが……正しい選択なのだろうか。
「……あなたは剣鬼じゃないよ。だって、剣鬼はわたしの――」
エフティア……?
「――倒すべき人だから」
「……」
剣鬼……倒すべき……そうか。
いつものように悪夢を見て、彼女が……エフティアが手を握ってくれた。そうだ、その感触を覚えている。そして、彼女は僕のうわ言を聞いて――
「――君も大切な人を剣鬼に……」
「アル君!?」
「そんな君が悪夢を見る僕の心を癒そうとしてくれていたのに」
「あぅ……」
「それなのに……僕はとんだ恥知らずだ」
「うぅ……」
「ごめん」
「アル……くん……」
そうだ、これでいいんだ。
そもそも、僕は最初から恥知らずだったのだから。
なぜかは知らないが、彼女は半裸だった。今それを認識したことで、これまでの彼女と触れ合った感覚を再定義している自分がいる。嘆かわしい。
本当に正しく定義するのは違うことだ。
「アル君……ずっと……起きてた……?」
「君が起きる前から、起きていた」
「うううぅ……なんで、そんなにまっすぐ……」
「今、己の恥を直視したばかりなんだ。むしろ、君をまっすぐ……正しく見ることをするべきなんだ」
「え……」
「……?」
「えっちッ!!」
エフティアは僕の頬をはたこうとした。
覚悟はしていたが、彼女は一度その手を引っ込めた。
代わりに、両手の親指と人差し指で頬を引っ張ってくる。
この頬を引っ張られた痛みを、恥の証としよう。
「ごめん……」
「ばかぁ!」
エフティアは叫ぶとベッドから飛び出していこうとし――
「いたぁッ!!」
――おでこをぶつけた。
「はは……」
「……うぅー」
「昨日も見た……」
「……ふん!!」
ぐにぃ~
もう一度、念入りに頬を引っ張られてしまう。
彼女も懲りないが、どうやら僕も懲りないらしい。
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