第5話 ドキドキして眠れません
想像はしていたけれど、想像以上だった。
「おやすみなさい、アル君」
「あ、ああ。お休み」
同学年の女子がおやすみと言ってくること。
日中とは異なり、髪を下ろしていること。
「あっ、引っかかっちゃった」
その子が薄い夜着を身に着けていること。
それが梯子に引っかかる光景。
胸元が少し、
それに気づいた彼女が直す動作。
「見た……?」
「見てません」
……。
「うわぁー、すごい! 天井が近いよ!」
確かに、すごい。
まるで、ベッド越しに彼女の重みが伝わってくるような気さえする。
これから、毎晩これがあるのか……。
普段から寝つきが悪い方だけど、違う意味で寝つけなくなりそうだった。
「アル君……」
「なんだい」
「ドキドキしてねむれません……」
「君にもそういう感覚があるって分かって安心した。嫌だったら隣のベッドに移るといい」
その方がこちらとしても落ち着くだろう。
「アル君……」
「なんだい」
「子守唄うたって……?」
「君、いくつだい」
「十六……」
「そうだね、十六ともなると、早ければ子守唄を聞かせる側になるらしいよ」
「アル君はいくつなの……?」
「……………………十六だね」
「じゃあ、聞かせる側になれるね……」
「……確かに」
「えへへ……」
エフティアが勝ち誇ったように小さく笑う。
ふと、母が聞かせてくれた唄を思い出した。歌詞があるのかどうかすらも知らないけれど、鼻歌くらいならできるだろう。
思えば、誰かに子守唄を聞かせるなんて初めてだった。昨日まで自分以外誰もいなかった部屋で、誰かに唄を聞かせるなんて、何だか変な感じだ。
エフティアは寝たようだ。かすかに寝息が聞こえてくる。
僕も寝よう。慣れないことをしたせいで、顔が熱い。
もう二度と子守唄なんてしないぞ。
どれくらい時間が経っただろうか。
突然、何かが激しくぶつかり合う音がした。
「アヴァルを連れて逃げろッ!」
「あなたを置いてはいけませんッ!」
父さんと母さんの叫び声だ。
僕は駆け出してドアを開いた。
黒いボロボロの衣を纏った男が、父さんと母さんに向き合っていた。
そいつは、湾曲した短い刀身を器用に動かして、父さんと母さんを相手に一人で立ち回っていた。
負けないで、父さん、母さん。
「こいつッ! 剣鬼か!」
父さんはその男を剣鬼と呼んだ。
剣鬼はただ黙々と父さんと母さんの間合いを飛び越えて、剣先をねじ込もうとする。
二対一なのに、父さんと母さんばかり切り傷が増えていった。このままでは、二人が死んでしまう。
思わず駆け出していた。
「殺さないでッ!! やめて!!」
愚かな子どもがおよそ完璧だった二人の剣技に隙を作った。
まずは、ほんの一瞬だけ視線をそらした母親切りつけるように見せかけて、それを庇おうとした父親の首を切った。
「あなたッ!!」
そしてすかさず、剣鬼は愚かな息子に対して禍々しい刀身を向けた。すると、意識を逸らされた母親がわずかな迷いの末、息子の方に駆け出す。無防備だったので、剣鬼は母親の両足の腱を切った。
「アヴァルッ!! 逃げ――」
間もなく母親の首に剣が突き立てられた。
剣鬼は、もう何度か二人の死体に剣を刺してから、遺児に近づく。
「殺してくれて、ありがとう。実を言うとね、君のお父さんとお母さんはとても強くて、もう少しで殺されそうだったんだ。とても、とても……助かった。どうしたんだい、君が殺してくれたんだ。お礼に君は殺さないであげるね」
「僕が……殺した?」
「そうだ……! 君が……君が殺してくれた! ……君が剣使を二人殺したんだ……大活躍だ。あは、あははははははは!!」
剣鬼は僕の顔をしていた。
そうか、僕は剣鬼なんだ。
二人を殺したのは僕なんだから。
だってほら、今僕が手に持っているのは捻じ曲がった剣だ。
「僕が殺したんだ……」
不意に手が硬い感触に包まれた。手に握っていたはずの剣が消えたかと思うと、さっきの父親と母親が僕の手を握っていた。
「もう、いいのよ」
「お前が悪いんじゃない」
何を言っているんだ。いいわけないよ。
だって……僕が全て悪いのだから。
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