限定SS『炎と氷』



※こちらはアウル加入後の話となります。

どちらかというとifに近いです。


こんな日もあったかもしれない、という気持ちでご覧いただけましたら幸いです。





(別視点)






 それは、夕方に近い時間にもなろうかという時刻のことだった。


 シュザ、ハルク、そしてアウルの3人は狩猟・採集を終えて、冒険者組合の買取窓口で順番待ちをしていた。


 他のメンバーはそれぞれ、他の窓口に用事があったため、この3人だ。


 この日は、買取の窓口、もといカウンターは少々混み合っていた。


 なぜなら、近頃ミドレシアに流入してきた他国の冒険者が、王都でも増えていたからだ。


 所変われば作法も変わる。王都のやり方に慣れていない外国の冒険者たちと、元々王都で活動していた冒険者との間では小さなトラブルが多発していた。

 

 その日も、シュザと近くにいた者たちの間でいさかいが起きていた。


 よくある、どちらが先に並んでいたとか、荷物が多いほうを優先すべきだとか、そういった類のものである。


 ハルクとアウルは黙って成り行きを見守っていた。ハルクはシュザに口出しすることはしないし、アウルに至っては口を挟むことが不可能であるためだ。


 シュザは基本的に平和主義で、トラブルを好まない気質なので、その日も文句を言ってきた相手に順番を譲ってやっていた。


 それがまた気に食わなかったのか、因縁をつけた相手は順番を譲られたというのに捨て台詞を吐いた。



「太陽信奉者なんぞとつるみやがって……盗賊にくみするとは、王都の冒険者もたかが知れてる」


 どうやら、この冒険者はシュザたちがアキと共に行動していたところを見ていたようだった。それが原因でシュザに絡んだのかもしれない。 


 言いたいことを言った冒険者たちは、そのまま前を向いた。


 そして、すぐに言い表せない悪寒……いや、熱を背中に感じて振り返った。


 そこには、相変わらず微笑んだままのシュザが立っていた。


 しかし、彼は猛烈な熱を放っていた。温度差で空気が揺らいで見えるほどだ。


 周囲がざわつき始める。

 というよりも、周囲の者たちは即座にシュザたちから距離を取っていた。


 シュザ、因縁をつけた冒険者たち、アウルだけが取り残された。ハルクの姿はない。


 ゆらり。


 シュザが一歩踏み出し、周りの空気ごと揺れた。まるで、存在そのものが炎になったかのようだった。


 ちりちりと音がする。カウンターの上にある紙の端が焦げていた。


 猛烈な熱にさらされ、文句をいった冒険者たちはダラダラと汗をかき始めた。暑さだけではなく、喧嘩を売る相手を間違えたという冷や汗も含まれていた。


 シュザは微笑んでいた。

 しかし、猛烈に怒っていた。


 周囲の温度が急上昇し、紙の端が焼け始めるほどだ。


 紙の焼ける温度下において、普通は人体や衣服も無事ではいられない。これは魔法による熱であるが故の現象だった。


 シュザは魔法の操作が苦手である。しかし、怒りに我を忘れると、火魔法の周囲への干渉力が非常に強くなるという性質を持っていた。



「……今、何と言ったんだい?」


 彼らは、シュザの禁忌に触れてしまったことを悟って震え始めた。


 王都には王都のマナーがある。

 そして暗黙の了解と呼ばれるルールも。


 そのひとつが、「シュザの前でアキを『太陽信奉者』と見下したりけなしてはいけない」というものであるが、王都に来たばかりの冒険者には知る由もなかった。


 他の冒険者はそれを知っていたので、即座にシュザから距離を取ったのだ。


 アウルは、逃げ遅れてしまったが。


 シュザは微笑んだまま、彼らに距離を詰めた。

 ひぃっと小さな悲鳴をあげて身を竦ませる冒険者たち。



「いいかい?この王都には数多くの太陽の民が暮らしている。彼らは盗賊とは無縁の者たちばかりだ。そんな太陽の民が多く暮らすこの都市で、彼らを見下すような発言をしてはいけない。……わかったかい」


 冒険者たちは、こくこくと頷いた。



「何をしている」


 そこへ、アキがやって来た。


 その声を聞いてシュザの怒りが解けたのか、空気が軽くなった。灼熱から解放されて、冒険者たちは崩れるように地面に座り込んだ。



「アキ、そちらの用事は終わったのかい」

「何をしている、と聞いているのだが。この暑さは何だ」

「それは、彼らがアキのことを……」


 その瞬間、周囲の温度が下がった。

 文字通り、冷え始める。


 アキは地の底を這うような声を出した。



「シュザ、貴様またやったな?……こんなに熱くしたら、採集してきた物が痛むだろうが!」


 周囲は、吹雪の中にいるような寒さになった。

 怒ったアキが冷気を出しているようだった。


 ダラダラと汗をかいていた者たちは、可哀想なことに今度はガタガタと寒さで震え始める。



「俺が何だ、それは採集した物より大事なのか!?」

「でも……」

「お前はいつもそうだ。言いたい奴には言わせておけばいいものを。食えもしない無価値な物に手を出すな」


 灼熱から極寒へ。


 遠巻きにしていた人々も、あまりの寒さに上着の前を合わせて暖を取ろうとしていた。誰も、2人の言い合いに割って入る勇気はなかった。


 そんな中、勇者が現れた。


 逃げ遅れて、灼熱と極寒をもろに食らったアウルである。


 かの少年は、ガタガタ震えながらも懸命にアキのそばへ近づき、袖を引いた。



「なんだ?」


 言い合いを止め、アキは歯を鳴らし鼻水を垂らしているアウルを見下ろす。


 アウルは、震えながら天井の隅を指差した。

 その場にいた皆がつられて見上げる。


 果たして、そこにはハルクがいた。


 シュザの怒りを察知して、瞬時に荷物ごと避難していたようだ。まるで蜘蛛か何かのように、天井の隅に張り付いていた。


 つまり、アキの心配していた採集物は、シュザの放つ熱波を浴びず無事だったのだ。


 それを確認して、ふっとアキのまわりの空気が軽くなった。


 見ていた人々は、ホッとしたようにそれぞれの作業に戻る。内心では、見事に仲裁した話せない少年に称賛を送っていた。


 こうして、王都の洗礼を受けたガタガタ震える冒険者たちを残して、買取窓口は日常に戻っていった。


 温度差でアウルは風邪を引いた。



 後に、冒険者組合から、多額の賠償請求がシュザの元に届いて頭を抱えることになる。あの場で無事では済まなかった採集物や備品もあったようだ。


 これが初めてではなかったため、シュザは頭を抱えつつも賠償金をきちんと支払った。


 シュザとアキは、アウルが風邪を引いたことでダインからひどく叱られた。そして、採集物は救ったがアウルを救えなかったハルクは、ノーヴェからそのことを指摘されてひどく落ち込んだのだった。


 シュザとアキを怒らせるとどうなるか。


 その出来事は、アウルの心に深く刻まれることになった。

 




(おしまい)




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