第27話
ただ、それが長時間続くとさすがに精神を保っていることが難しくなる。
結は座っていることすら困難になり、その場にずり落ちて膝をついた。
「結?」
ドアが開いて名前を呼ばれても返事ができない。
だけどこれは明日香の声だ。
結がなかなか戻ってこないから、心配して様子を見に来てくれたんだろう。
「どうした? 大丈夫か?」
ついで大河の声が聞こえてきて結は一瞬目を大きく見開いた。
しかし、そのまま体は横倒しに倒れていく。
意識が遠のいていくなか、大河が駆け寄ってくるのが見えたのだった。
☆☆☆
過労で貧血を起こしてしまった結は、次に目を覚ました時部屋の中にいた。
「大丈夫か?」
その声に視線を向けると大河が心配そうに覗き込んできている。
咄嗟に身を起こそうとしたけれどメマイがしてすぐに布団に戻ってしまった。
「ゆっくり寝てた方がいい」
「大河がここまで運んでくれたの?」
その質問に大河は小さく頷いた。
それを見て結の頬が赤く染まる。
彼氏でもない人に抱っこやおんぶをされたことなんてない。
きっと重たかったに違いないと懸念していると「軽すぎだから、ちゃんと食べて」と言われてしまった。
その言葉にひとまずホッとしたものの、こんな風に動けなくなったことが情けない。
みんな不安な状況にいるのに、余計な心配をかけてしまった。
「今にも倒れそうなのは結だけじゃない。みんな、いつ倒れてもおかしくない」
大河が真剣な表情でそう言うので結は頷いた。
「みんな、気を張ってるんだね」
「もちろんだ。でも、結は特別しんどいと思う」
そう言われて結は首をかしげる。
「死体写真の経験者だから」
大河の言葉が胸の重たくのりかかる。
この中で唯一死体写真を知っていた。
そんな結を回りのみんなはどういう目で見ているだろう。
それは結が気が付かない間に自分でもずっと気にかけていたことだった。
脅されて回避方法を話してしまったけれど、あの時話すべきじゃなかったかもしれない。
自分のせいで関係のない生徒が殺されてしまった。
「それに、1度届いてるんだろ?」
「メールのこと?」
「あぁ」
結は頷く。
だけどそれがどうしたんだろうと大河を見つめる。
大河は眉間にシワを寄せて「1度届いているなら、もう結には届かないかもしれない。みんな、そう考えてる」と伝えた。
そんな……!
一瞬愕然とするものの、それは内心結も考えていたことだった。
死体写真は1人1回しか送られてこない。
だとすれば、結のもとにはもう送られてくることはない。
元に、1度目に送られてきてから随分時間が経過しているけれど、次が送られてくる気配はなかった。
高みの見物をしているだけだと言われたことを思い出して下唇を噛みしめる。
だからこそ余計に結の心は疲弊してしまったのだ。
「だけど、今の状況では結も被害者だと思う。こうして倒れるまで疲労が重なってるんだし」
大河が結の手を握りしめる。
大きくて暖かな手が結の心を少しだけほぐしてくれる。
「みんなに会いたくないな」
みんなが結をどう思っているのかわからない。
敵視されている可能性だってある。
「それなら今日は無理しなくていいよ。食事は運んでくるから」
そう言われて起きてから時間を確認していないことに気がついた。
スマホ画面を確認してみると、すでに夕方近くになっている。
朝起きてから随分長いこと眠ってしまっていたみたいだ。
それでも起き上がる気にはなれなくて布団の端を握りしめた。
「今日はまた誰にもメールは届いてないの?」
布団の奥からくぐもった声で質問する。
その質問に大河は微笑んだ。
「あぁ。今日はまだだ。でも……」
「でも、なに?」
「朝から美幸の姿を見てないんだ。部屋には鍵がかかってるし、なにしてるんだろうな」
美幸?
静が死んでしまって部屋から出てくる気力がなくなっているのかもしれない。
心配になり、布団から顔を出す。
特別仲がいいわけじゃない結が行ったところで美幸が部屋から出てくるとも思えないけれど、気になる。
試しに上半身を起こしてみると、どうにか起き上がることはできた。
メマイも随分マシになっている。
「大丈夫か?」
声をかけてくる大河に結は大きく頷いたのだった。
☆☆☆
食堂へ向かうとすでに夕飯の準備が終わっていて、美味しそうな匂いが立ち込めている。
今日は明日香と豊のふたりが率先してチャーハンを作ってくれたみたいだ。
「ありがとう。おしいそうだね」
そう声をかけて席に座ると明日香が「レトルトの具を混ぜただけだけどね」と、笑ってみせた。
美幸のことも気がかりだけれど、まずは腹ごしらえすることにする。
一口食べてみるとほとんどなかった食欲が湧いてくる。
朝からなにも食べていなかった結は一皿ペロッと平らげてしまった。
隣でそれを見ていた大河が笑いながら「その元気があればもう大丈夫そうだな」と、言ったのだった。
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