第2話
どこか電波がいい場所を探してみないといけない。
そう考えて、自分が普段からスマホにとらわれていることを理解して苦笑する。
1年前にあんな悲惨なことがあったのに、それでも手放せないなんて。
「明日新曲発表なのにニュースも見れないじゃん!」
美幸は好きな韓国スターの新曲をいち早く聞きたくて楽しみにしていたのだと言う。
あちこちからブーイングが起こり、先生は対応しかねている。
「まぁ、たまにはいいんじゃないか? スマホが使えないのも新鮮だし」
大河がみんなに聞こえるように大きな声でそう言った。
一瞬美幸は不機嫌そうな表情を浮かべたけれど、すぐにそっぽを向いてしまう。
「ま、まぁたまにはいいよね!」
結は慌てて大河に便乗して、みんなの雰囲気が明るくなるように努めたのだった。
☆☆☆
1階のメイン教室の中へ入ると、先生が黒板に1日の予定を書き込んで行った。
朝7時起床。
食事は全員で作る。
8時までに朝食を終える。
9時から自分の苦手科目を勉強。
11時まで。
休憩時間は30分。
それぞれで取ること。
11時から昼食作り。
12時から昼。昼休憩1時間。
13時から17時まで自習。
好きな科目を勉強する。
休憩時間30分。
17時から夕飯作り。
18時から夕食。
1時間自由時間。
19時から風呂掃除。
掃除は全員参加。
20時から入浴。
2時間自由時間。
22時就寝。
想像以上の過密スケジュールにまたあちこちからブーングが起こる。
先生は手を叩いて黙らせると「遊びに来たんじゃないんだ。勉強をしに来たんだぞ。本当なら先生だって夏休み期間だったんだ。ちゃんと勉強してくれないと困るんだぞ」と、言い聞かせる。
わかってはいるけれど、ここまで縛られるとは思っていなくて結の心は重たくなる。
すべては自分の成績のせいなんだけど……。
次に先生は2階の部屋割を黒板に書き始めた。
「部屋割ももう決まってるんですか?」
手を上げて質問したのは豊だ。
豊がその質問をしたことで、毅と哲也がニヤついた笑みを浮かべた。
「明日香と一緒に部屋になりたいんだろ」
とヤジを飛ばしている。
由香里は少し頬を赤くしてうつむいてしまった。
が、当然男女が同じ部屋になることなんてない。
先生が提示した部屋割はこうだった。
結、明日香、由香里の3人。
美幸、静の2人。
毅、哲也、大河の3人。
匠、豊の2人。
同じ部屋になった美幸と静がまたはしゃぎはじめた。
きっとふたりの部屋はいつまでも消灯せずに明かりがついているんだろう。
結は明日香へ視線を向けた。
「よろしくね」
視線がぶつかり、口パクでそう伝えたのだった。
☆☆☆
1日目の今日は1時間だけ勉強をして、夕食作りと風呂掃除に分かれることになった。
「俺料理なんてしたことない」
広いキッチンで不安そうな顔をしているのは大河だ。
てっきり男子は掃除に回るものだと思っていたのだけれど、『意外と考え方が古いな』と先生に笑われてこっちへ回されてきたのだ。
大河の他に男子は豊も匠もいる。
毅や哲也に料理をお願いするよりはずっとやりやすいメンバーだった。
料理に慣れない大河たちに教えながら作ったのはカレーライスとサラダだ。
こういう場所で一番手っ取り早く作ることができて、美味しい食べ物の定番だった。
みんなで料理をかこんで食事をしていると、知らない間にスマホの電波がないことなど忘れてしまっていた。
もちろん、1年前のあのことも。
結は笑いに包まれた空間に安心して、無邪気に笑っていたのだった。
このときまでは……。
みんなで夕食を食べ終えて片付けもして、あとはお風呂に入って眠るだけとなったときだった。
食堂から出ていこうとしていた先生がふいに立ち止まり、ポケットの中からスマホを取り出した。
そして画面を見つめて険しい表情を浮かべている。
スマホは使えないはずなのに、どうしたんんだろう?
「先生、どうしたんですか?」
結が尋ねても先生は画面を見つめたまま硬直してしまっている。
その顔は少し青白く変化している。
「先生?」
大河が先生の腕を掴んで揺さぶると、ようやく我に返ったように視線をこちらへ向けた。
「あ、あぁ。悪い。なんでもない」
「なんでもないって感じじゃなかったですよ?」
大河に言われて先生は引きつった笑顔を浮かべた。
「ただのイタズラメールだ。たちが悪いな本当に」
「イタズラメールって、電波がないのに?」
大河の呟き声はここにいる全員に聞こえていた。
みんなの視線が先生へ向かう。
「そうだな。電波もないのに……おかしいな」
ごまかし切れなくなった先生はしどろもどろに言葉を濁し、部屋を出ようとする。
それを大河が止めていた。
「なにがあったんですか?」
「別に、お前たちには関係ないことだから」
それでも大河の手を振り払おうとしない。
きっと誰かに見てもらいたいからだろう。
「先生、ここまできて隠し事はなしだよ」
そう言って先生に近づいたのは美幸だった。
美幸は躊躇することなく先生のスマホを取り上げてしまった。
「こらっ!」
怒る声も虚しく、スマホ画面が全員の前にさらされる。
「え……」
画面を見た瞬間結は氷ついた。
全身から熱が奪われて冷たくなっていく。
ついさっきまでの楽しい気分は一瞬にして消えていき、嫌な記憶が蘇ってくる。
結の代わりに死んでいった愛しい人。
これですべてが終わると思っていた。
それなのに、1年を得てまた自分の前に現れてしまった。
「なにこれ」
そう呟いたのは静だった。
眉間にシワを寄せて気持ち悪そうに顔を歪めている。
「シャレになんねぇじゃん」
いつも元気な毅が引きつり笑いを浮かべる。
画面に写っていたのは先生の写真だった。
だけど普通の写真じゃない。
先生の首にはロープがきつく巻き付いていて、顔は土気色だ。
口の端からだらしなく唾液を垂れ流し、白目を向いている。
写真の中の先生が死んでいることはひと目でわかってしまった。
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