死体写真2

西羽咲 花月

第1話

いくら山道といっても真夏の真っ昼間に歩いていると汗が吹き出してくる。



鼓膜に容赦なく突き刺さるセミの声とうだるような暑さにバスから降りたばかりの10人はすでにへとへとだった。



「いつまで歩くんだよ!」



先生の真後ろをついて歩いていた杉山毅(スギヤマ ツヨシ)が不服そうな声を上げる。



「もう少しだから、頑張れ」



担任の矢沢先生が一旦生徒たちへ振り向いてそう声をかける。



その先生の額にも汗がにじみ出てきている。



先生の隣にはさっきまでバスの運転をしてくれていて、運転手さんが並んで歩いている。



最初に自己紹介されたのだけれど、忘れてしまった。



「ねぇ、まだ歩くの?」



毅と同じような質問を呟く程度の声で言ったのは渡辺明日香(ワタナベ アスカ)だ。



明日香は大きな声で文句を言うことはできないが、誰かの言葉にのっかって文句を言うタイプだ。



「あと少しだって、先生言ってたじゃないか」



そんな明日香をなだめたのは古瀬豊(フルセ ユタカ)だ。



ふたりは寄り添うようにして歩き出す。



そんな様子を見ながら中西結(ナカニシ ユイ)はふたりの後ろをついて歩いていた。



バスを降りてからもう10分は経過していると思うけれど、一項に建物らしきものは見えてこない。



舗装されている道と言っても人がふたり並んで歩くといっぱいになってしまあうような狭い道だ。



歩きにくくて仕方ない。



更に林間学校に宿泊するために背中には大きなリュックを背負っている。



着替えにタオルにメーク道具。



それだけでリュックの中はパンパンで背中にずっしりと重たさを感じている。



「すごい荷物だけど、大丈夫」



ちょっとふらついたところで後ろから横内大河(ヨコウチ タイガ)が声をかけてきた。



「大丈夫だよ。ちょっと荷物多すぎたかも」



ドライヤーや暇潰しのトランプまで持ってきてしまったことが今更ながら悔やまれる。



大河は手の甲で額の汗を拭って「どこまで歩くんだろうな」と、細い歩道を恨めしそうに見つめる。



「そろそろ到着してもいいのにね」



結がそう呟いたときだった。



不意に前方の木々が開けて広間が現れたのだ。



それを見た数人の生徒たちはわっと駆け出す。



広間はフェンスで囲まれているが、その一角が門のようになって左右に開かれている。



その先には広いグラウンドがあり、更に奥に大きな建物が見えていた。



「なんだ、結構綺麗じゃないか」



大河が建物を見た瞬間呟いた。



目の前の建物はつい数年前に塗り替えられたのか、白く清潔感のある外観をしている。



太陽の光を浴びてキラキラと輝いて見えた。



「それにしても、こんなところで勉強なんてしなくていいのにね」



建物へ向かいながら結は唇を尖らせる。



今回林間学校へ集められたのは3年A組の中間テストで平均点が取れなかった生徒たちばかりだ。



一科目だけ平均点を逃してしまった生徒もいれば、ほとんど全科目平均点以下だった生徒もいる。



「学校の教室は特別進学クラスが使うらしい。夏の強化訓練だってさ」



「そうなんだ」



大河の説明に結は苦笑いを浮かべる。



将来性のある成績のいい生徒たちが学校の教室を使って、自分たちは島流しにあったというわけだ。



建物内は予想に反して涼しかった。



1階は学校と同じような教室、体育館、料理室などがあり、2階が宿泊施設になっている。



「それにしても結が赤点とか珍しいよな? やっぱり、あの事件のせい?」



大河に質問されて結は一瞬黙り込んでしまった。



2年生のある頃、結の周りでは不可解な事件が多発した。



自分が死んでいる様子が写された写真がスマホに送られてきて、24時間以内にその写真と同じ死に方をするのだ。



死にたくなければ、写真と同じ死体を作り、送られてきたアドレスに添付して返信すること。



その事件がきっかけで、結は恋人を失っていた。



この荒唐無稽な事件の詳細はほとんどの生徒が知らないままになっているが、同じ学校だった恋人や友人が死んでいってしまったことはここにいる誰もが知っていることだった。



それ以来、結の成績はあまりよくない。



頑張って勉強しているつもりでも、つい上の空になってあの恐ろしい出来事を思い出してしまうのだ。



「大河こそ、いつも成績いいよね?」



「最後の試験の日に体調崩しちゃったんだ。だから2科目赤点」



大河は指で2を作って笑って見せた。



その笑顔に少しだけホッとする。



あまり深堀りしてこないのは大河のいいところだ。



この林間学校に参加しているのは中西結、加藤美幸(カトウ ミユキ)、前田静(マエダ シズカ)、渡辺明日香(ワタナベ アスカ)、宮下由香里(ミヤシタ カナコ)。



そして杉山毅、河本哲也(コウモト テツヤ)、大島匠(オオシマ タクミ)、古瀬豊、横内大河の10人だ。



施設内の部屋を案内されている間、一番騒がしかったのか毅と哲也の仲良し二人組。



それに続くようにして美幸と静がきゃあきゃあ声を上げながら歩いていく。



一番後ろから会話もせずについてきているのは由香里と匠のふたりだった。



ふたりはさっきからうつむき加減に歩いていて、ほとんど部屋の様子を見てもいないようだ。



明日香と豊のカップルは手をつなぎあって、こんな場所でも楽しげにしている。



「あれ? スマホの電波ないんだけど」



施設の様子を写真に撮っていた美幸が気がついたように声を上げる。



「うげっ。まじかよ」



毅や哲也も自分のスマホを取り出して確認しはじめた。



「今どき電波がないなんて珍しいな」



大河がぼそりと呟いてスマホを確認している。



結も自分のスマホを確認してみたけれど、同じく圏外になっていた。



「これじゃ暇つぶしできないんですけどぉ!?」



静が名前とは正反対な大きな声を上げて講義する。



先生は呆れ顔で「遊びに来たんじゃないんだから、我慢しろ!」と、注意している。



それでも現代でスマホが使えないとなると、少し心配になってきてしまう。



家族や他の友人への連絡が取れないということだ。



「今日から5日間、電波なしか」



大河がふっと息を吐き出すように呟いた。



「5日間は長いよね」



結の言葉に苦笑いを浮かべる。

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